2年目OLの恋愛譚 | ナノ


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「ぉ、終わらなぁーい……」

誰にも聞こえないぐらいに小さな声で呟く。といっても事務は私しかいない訳で、誰にも聞こえないのだが念のため。しかし独り言というのはついつい漏れてしまう。それぐらいにジャーファルさんに渡された量は果てしないのだから、頭が痛くなってくるのは仕方がない。かなりの量をコピーしては班へと届け、入力を終えてはメールで添付した資料をジャーファルさんに送った。それでも友人の机にある紙の束はまだまだあるのだから恐ろしい。まぁ、本当は事務6人総出で処理する予定だったのだからしょうがない。こんな事なら携帯なんて取りに来るんじゃなかった、なんてもう後には引けない事を考えながら、もうひと頑張りするために気合を入れてマウスを動かした。


どれぐらい経っただろう? いきなり右肩をぽんと叩かれた。集中していた私が背後の気配に気づくわけもなく、いきなりの事に驚きその勢いのままに振り返った。するとそこには先ほど恐ろしいまでの量の紙の束を渡してきた張本人が。

「ジャーファルさん!」
「あ、驚かせてごめんね」
「いえ、追加ですか?」

まさかこの紙の束の他にもまだ何か追加する気か、と警戒しながらそんな事は表にも出さずに問いかけた。するとジャーファルさんはその言葉に眉を八の字にさせながら笑った。

「まさか。もう21時だよ。」
「えっ! 嘘!?」

私はジャーファルさんの言葉に驚き自分の腕時計を覗き込む。すると確かに21時4分前を示しているではないか。確か携帯を取りに戻ったのは18時少し過ぎのはず…。集中しすぎて約3時間も残業してたなんて! こんなに残業したのは入社以来である。自分にびっくりだ。そんな私を見つつ、ジャーファルさんの苦笑いは変わらない。

「こんな時間まで本当にすみません。でも新坂さんのお陰で自分たちの仕事に集中出来たからとても助かったよ」
「まだかなりの量が残ってますけどね…」
「でもこれなら来週の月曜、火曜で片付くね。本当にありがとう」

そう言ってジャーファルさんは軽く頭を下げた。こうやって部下にも誠意をもって接する所が、ジャーファルさんのモテる所以だろう。そんな事を考えながら目の前の彼の顔を見上げる。なんたってイケメンだし。というか部長を含め此処の課はイケメン生息率が高い気がする。いや、確実に高い。此処の部署と一つ上の階にある部署は、イケメン率が高くて有名なのである。異動願いが後を絶たないとか…。まぁ、そんな不純な動機なんてばっさり人事部に切り捨てられるのだが。

「もう遅いし送って帰るよ。残りの書類はこっちで預かるね。さっきまでの入力途中の分は出来ている所まででいいから、またメールで送って置いて」
「はい、………はいっ?」
「え?」

なんだか驚くべき言葉が聞こえた気がしてパソコンに向かった体をもう一度ジャーファルさんへと向ける。当のジャーファルさんは何かあっただろうかと、きょとんとした顔でこちらを見下ろす。なんだその可愛さ。

「いえ、送って頂かなくてもこれぐらいの時間なら一人で帰れますよ」
「でももう21時だし。新坂さんは電車だよね?」
「はい。でも直ぐですよ」
「それなら車の方が直ぐだよ。書類の処理も助かったし、女性を一人で帰すわけにはいかないよ」

そう言って困った顔をするジャーファルさん。いや、私の方が困ってます。だが営業担当の人たちも帰り支度を始めだしているのが視界に入り、何故だか追い立てられているような気持になってしまう。え、上司からここまで言っていただいてるのに断るのはマナー違反? こんな所でもたもたしている方が迷惑なのか?

「えっと、本当に良いんですか?」

ぶっちゃけ疲れたし、お腹空いたし、早く帰りたいから送ってくれるのは有り難い。上司をタクシー代わりにするのは気が引けるのだが。

「勿論。隣の課の事務も帰ってしまったので本当に助かりました。お礼だと思って」

前半部分は疲れ切った顔で、後半は笑顔でそう言った。そのまま隣のデスクに置いてあった書類を持ち上げて、裏で待ってて下さい。ちゃんとタイムカードも切ってね、とそれだけ伝えると自分のデスクへと戻って行った。とりあえずさっきまで入力していた分を保存し、メールでジャーファルさんへと送った。そしてパソコンをシャットダウンする。タイムカードを切り携帯がジャケットに入っている事を確認し、鞄を肩にかける。そのまま3時間前に通った扉を開けて廊下へと出た。

こんな時間でも電気が点いているオフィスもあれば、真っ暗闇に包まれているオフィスもある。昼間とは違い静かな廊下は、人が行き来し話声で溢れ返っている同じ場所とは思えなく感じさせるから不思議だ。エレベーターで5階から1階へと降り、エントランスへは向かわずに裏へと回る。この時間はもう正面は閉まっており、警備員が駐屯している裏からしか出入り出来ないのである。途中自販機へと寄り自分用にカフェオレと、ジャーファルさん用に無糖コーヒーを買った。お茶くみは事務が担当しているため、無糖コーヒーをジャーファルさんが飲めるのは知っている。一応お手伝いしたから送ってもらうとはいえ、上司に送ってもらうのだからこれぐらいはしといた方が良いだろう、と出てきた缶を取り出した。そのまま警備員さんに頭を下げ、やけに重たい裏の扉を開けて表へと出た。

駐車場は地下にあるため、ジャーファルさんはそのまま5階から地下まで降りて、表の駐車場出入り口から出て来ることになる。私はジャーファルさんが直ぐに気づくよう、地下から車が出て来る出入り口横に立つ。ああ、本当にお腹空いたな。とにかくご飯食べて、お風呂に入って、早く寝たい。家に帰ってからの大まかな予定を立てていると、背後で車のエンジン音が聞こえてくる。振り返ってびっくり。車に詳しくない私でも知っているお高い車。勿論運転席はジャーファルさん。高級車をさらりと乗りこなし、にこりと微笑むジャーファルさんはイケメン以外の何者でもなかった…。




(2014/08/04)



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