2年目OLの恋愛譚 | ナノ


 3−5



私はお昼ご飯を食べ終えて大満足のまま、午後の仕事に取り掛かろうとしていた。しかしそれには必要になる資料があるためにそのままの足で資料庫へと寄り、やけにかさばるファイルを片手に戻って来たのだ。その帰り。

「あ、」

たった今、目の前を通り過ぎた人物から聞こえてきたであろう言葉を拾った瞬間、目の前を1枚の紙がひらひらと目の前を通り過ぎていこうとする。私はそれを視界に捉えて直ぐ、反射的にその紙を資料を抱えていない方の手で掴み取った。きっとどこかの書類だろう。そのまま紙が飛んできた方へと顔を向けるとびっくり。そこには先週、我が部署を震えさせた美人がファイルを抱えて立っていた。

「ごめんなさい、ありがとう」
「ぁ、いえ」

ヤムライハさんだ。私が掴み取った書類を差し出すと彼女は礼を言い、そのままそれをファイルの中へと入れた。確かにあの部長を怒鳴って引かせた相手とはいえ、こうして本人を目の前にするとそれすら忘れてしまうほどに見惚れてしまう。肌も綺麗だし、髪だってツヤツヤ。こりゃああんな姿を見てしまったって、また惚れ直すほどだと思う。そんなふうに彼女の一つ一つの行動に釘づけになっていると、背後から今朝以来の声が聞こえる。

「あれ?」
「あ、ジャーファルさん!」
「、え?」

ヤムライハさんの視線が私を通り過ぎて、背後の人物を捉える。ジャーファルさん、と彼女が彼の名前を呼んだ所で彼女の姿を見つめて呆けていた頭が我に返り、彼女の視線を追って背後を振り返った。そこには外から帰って来たのであろう、鞄を持って此方へと向かってくるジャーファルさんの姿が。今朝の朝礼から部長とジャーファルさん、マスルールさんは外に出ていたのだ。今ここに残り2人の姿が見えないという事は、次の場所へと向かったのだろう。私とヤムライハさんは目の前へとやって来た彼に、お疲れ様ですと声をかける。

「お疲れ様です。それにしても、」

ジャーファルさんはそこで言葉を切り、私たち2人の間に視線を行ったり来たりさせ首を傾げた。

「2人が知り合いとは気づかなかった」

そう言って本当に不思議そうに笑った。ああ、確かに2人で一緒にいれば知り合いに見えるかもしれない。だが2年目の私が、ベテラン人事部と仕事上で関わりはそうそうない訳だし、そんな2人が一緒に居れば不思議に思うだろう。そこでヤムライハさんが笑いながら答える。

「彼女は私が落としてしまった書類を拾ってくれたんです」
「ああ、そうだったんだ。あ、人事部に届けようと思ってた書類、今渡してもいいかい?」
「はい、もちろんです」

ジャーファルさんは思い出したように鞄からファイルに入ったままの書類をヤムライハさんへと差し出す。彼女はそれを受け取り、中身を確認してから一つ二つ質問を投げかけて確認作業をしていく。私はそれを横で見ていた。ああ、本当に美男美女でお似合いな2人。やり取りも自然でとてもじゃないけどこの中に入り込める勇者はいないと思う。もちろん私だって入り込めない。見ているだけで目の保養だと思う。ニーコのように騒ぎはしないが、気持ちはよく分かる。ああ、前にジャーファルさんの隣に並ぶ人は綺麗で淑やかな人なんだろうな、って想像したけど、まさしくヤムライハさんの事だと思う。本当にお似合い。すごいなー。それに2人とも二重人格だし丁度良いよ。いや、何が丁度良いのかよく分からないけど。ああ、何を考えたいのかもよく分からない。仕事の話を続ける2人をぼーっと見つめる。

うーん、私ってこれ、戻ってもいいのかな? 彼女に書類は渡したし、上司に挨拶はしたし、私には関係ない話だし、ここに居ても私は邪魔になりそうだし。そう思いながら足を一歩引こうとした所で丁度話は終わったのか、ジャーファルさんの視線がこちらを向いた。そのままにこりと笑顔を見せる。

「前に話したでしょう? 人事部に大学時代の後輩がいるって」
「ヤムライハさんの事だったんですね」
「ええ。ヤムライハ、彼女はうちの事務で新坂さん」
「営業部事務の新坂未央です。よろしくお願いします」
「………」
「あ、あの…?」

やっぱりジャーファルさんが言っていた後輩ってヤムライハさんの事だったんだなーと思いつつ、せっかく紹介して頂いたのだからと挨拶をし頭を下げた。しかし待てども何の反応もなく、不思議に思いながら顔を上げてヤムライハさんへと視線を向ける。そこには無言で、真剣なまなざしをもって私を見つめる彼女の姿が。顔を上げた事によって視線が絡むが、それでも気にせずに今度は食い入るように私の顔を見つめている。え、な、なに…? なんでこんなに見られてるの? そう思いつつ彼女を見つめ返すけれども、じっとこちらを見つめるまなざしは変わらない。わ、私、なんかしたっけ。え、挨拶しただけだよね? そう思いながらも顔は引き攣らないように笑顔を保ちつつ、このよく分からない状況に心の中は冷や汗が止まらない。

「ヤムライハ」

混乱した頭で原因を探すが見つからなくて、固まりながら困り果てていると隣から助け舟が出る。ジャーファルさんだ。彼は苦笑いしながら目の前の彼女の名前を呼んだ。すると今まで真剣だった顔つきがふわりと崩れて、とっても綺麗な笑みをこちらへと向けて下さる。え、えっと………、

「人事部のヤムライハです。よろしくね」
「え、あ、はい」
「ジャーファルさん、この書類は確かに受け取りました。それじゃあ失礼します。新坂さん、またね」
「ぁ、はい」

えー!? い、一体、何だったんだ!? 何故あんなに見られてた!? 頭の中に疑問符が浮かぶも本人に直接聞く事も出来るはずがなく、よくわからないままヤムライハさんは私たちを通り過ぎて行ってしまった。そのまま彼女の背を見送る。何かやらかしてしまったわけでもないとは思うのだが、それでも思い当たる節は無い。結局は考えても答えは出てこない。すると隣で同じようにヤムライハさんの背を見送ったジャーファルさんが私へと声をかける。

「資料を取りに行った帰り?」
「あ、はい」

そういってジャーファルさんは対して重くはないが、やけにかさばる大きいファイルを片手に持っていた私へと腕を伸ばし、3冊中、2冊のファイルを何か言う間もなくさらりと奪って行った。

「あ、」
「それじゃあ戻ろうか」

片手に鞄、片手に2冊のファイルを持ちこちらを振り返るジャーファルさん。きっと私の手元に1冊残したのは、私が変に遠慮したり申し訳なさを感じさせないためだろう。そんな気遣いにやっぱり紳士だなと感動してしまうのは仕方ないと思う。でも本当はそういう事を考える以外に他の事と向き合わなければいけない気がしたのだが、私は色々な事に気づかないふりをしてジャーファルさんに笑顔でお礼を言い彼の横に並んで歩き出した。




(2014/08/19)



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