2年目OLの恋愛譚 | ナノ


 3−4



今日もいつも通りに書類と格闘していると、いつも通りに空腹を訴えてくるお腹。どれだけ朝ご飯を食べても、12時に近づくにつれてお腹が空いてくるのだ。ああ、お昼まではまだ少しあるけど、間食ぐらいはいいよね…。そう思いながらデスクの右側に付いている2番目の引き出しを開ける。そして常に常備してあるお菓子を漁り始めた所で、隣から声がかかった。

「あーもー、あんたのお腹の大合唱が気になって仕事にならない!」
「あんたはいつもイケメンばっかり眺めて仕事にならないでしょー」
「イケメン眺めてたらお腹なんて空かないもん」
「きもちわるっ! 心底きもちわるっ!」
「言葉の暴力って知ってる?」

そんなくだらないやり取りをいつも通りにニーコと交わしていると、入り口から聞きなれない、でも落ち着いた綺麗な声で入室の挨拶が聞こえてくる。私とニーコが無意識に入り口を振り返ると、驚くぐらいのものすっごい美人がいた。肌は白く、スッピンにも見えるぐらいに薄めのメイク。それでも目鼻立ちが整っていてはっきりしている。髪はストレートロングなんだけど、毛先はふわふわしていて柔らかそう。出るとこは出ていて、引っ込んでいるとこは引っ込んでいる完璧な身体。手足はすらりとしていて、全身から大人の色気が溢れ出ている。

「う、うぉあ、あの人って、人事部の人だよね?」
「うんうん。こんなに近くで見るの初めて。本当に同じ人間?」

歩くたびに周りを圧倒させるような人だ。一歩一歩進むたびにふわりとした髪の毛先が揺れる様させも、計算されたかのような完璧さを思わせる。ニーコの言う通りあの女性は人事部の人であり、確かヤムライハさんという名だった気がする。男性はもちろん、女性さえあの人に憧れるという話だ。確かにあんな人なら憧れてしまう気持ちも分かるし、自然と目で追ってしまう。ヤムライハさんはパンプスの音を響かせ、部長のデスク前まで来る。左手に抱えていたファイルを両手で持ち直し、控えめな笑みを浮べていた桜色の唇を開く。そして、

「部長!! 女性に手を出すのお止め下さいとあれほど言ったのにっ! 一体っ! どういう事ですかっ!?」

物凄い剣幕で部長を怒鳴りつけ、物凄い勢いで手にしていたファイルを部長のデスクに叩き付けるヤムライハさん。その表情に先ほどとは違う意味で圧倒された我が部署は、揃いも揃って肩をびくつかせる。ひっ! この二重人格具合は知ってる! 知ってるぞ! そう思いながら私も周りの人たちと一緒に、恐ろしい血相のヤムライハさんに震える。そして当の部長はといえば、そんなヤムライハさんに引き攣りながらも懸命に笑顔を浮かべ、右手を上げて挨拶をしている。勇者だ。

「や、やあ、ヤムライハ」
「やあ、じゃありません! 次女性に粗相をしたらこちらの部署に人は回さないと申しました!」
「ち、違うんだ、ヤムライハ、」
「何が違うのですっ!?」
「ひぃっ!!」

ヤムライハさんに責められ続ける部長は頭を抱えて涙目だ。しかし次の瞬間、部長の顔色は急激に悪くなる。何かを視界の端に捉えたようだ。ヤムライハさんの後ろからふらりと現れたその人。ひっ! で、出た! もう一人の二重人格者!!

「…部長?」
「ジャ、ジャーファル! お、落ち着こう! 落ち着くんだ!!」
「ええ、私はこれ以上ないぐらいに落ち着いています」
「落ち着いている人間は充電コードなんて構えません! どうするんだ! その充電コードをどうするんだ!? おいっ! 何故首元に持ってくる!? え、えっ!? 本当に!? 本当にやるの!? ごめん、ごめんなさい! もうしませ、」

そこで部長の言葉は途切れた。今ここにいる人たちは皆、顔を部長のデスク周辺から逸らしているため様子は窺がえない。いや、窺がえなくていいと思う。あやうく殺人現場を目撃してしまう所だった。そして仕事をしているふりをしつつも全員部長の安否が気になるのか聞き耳を立てるのだが、何やら不審な音が聞こえて来るだけで部長の声は拾えない。え、これとうとうジャーファルさんが部長を殺ってしまったんじゃ、と全員が疑い始めた時、ジャーファルさんとヤムライハさんの会話が聞こえてくる。

「本当にすみません」
「いえ、ジャーファルさんのせいではありません。とりあえずうちに情報が入った時点で、上に行く前に止めましたので」
「ああ、ありがとう、ヤムライハ」

そう心底疲れ切った声でお礼をいうジャーファルさん。え、よくこの場で普通に会話できますね、と誰もが思っているはず。というかジャーファルさんって女性の事を必ず敬称を付けて呼ぶのに、ヤムライハさんの事は呼び捨てで呼んだ? え、あのヤムライハさんとジャーファルさんってそれだけ仲がいいという事なのだろうか? 確かにジャーファルさんはイケメンだし、ヤムライハさんは美人だし、お似合いの二人なのかもしれない。でも2人のそんな噂なんてまったく聞いた事ないのに。そんな事を考えつつ何故だか気になって2人を視界に入れようとパソコンから視線を上げた所で、そんな事をしなければよかったと後悔する。

部長が充電コードで、椅子へとぐるぐる巻きに縛りつけられていた。パソコン用の充電コードのため、そのコードの長さは人一人ぐらい縛るのに苦労しない。そして極めつけに部長の口元に貼ってあるガムテープ。クラフトではないため、ぴっちり部長の口と頬へと貼りついている。その目の前で普通に話すジャーファルさんとヤムライハさんに戦慄した。ひっ! い、嫌なものを見てしまった。

「流石にこれ以上は庇い切れませんよ」
「ええ、本当にありがとう。後は私がシメておくから」
「お願いします。あ、あとこれ書類です」
「分かりました」

ジャーファルさんに書類を手渡し綺麗にお辞儀する。そして来た時と同じように颯爽と歩くヤムライハさん。しかしもう誰も見惚れたりしない。皆、さっと目を逸らしパソコン画面を覗き込む。あれ? 人事部といえば………そういえば後輩が人事部にいるとジャーファルさんが言っていたけど、もしかしてヤムライハさんの事だったり、するのだろうか…? あのジャーファルさんが名前を呼び捨てなんて、それぐらいしか考えられないよなー。そうに違いない。だってあの部長ともなんだか親しげだったし。ジャーファルさんみたくあんなふうに怒れるんだから、きっとそうだ。私は何故かそう無理やりに思い込んで、考える事を放棄した。




(2014/08/12)



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