2年目OLの恋愛譚 | ナノ


 3−2



「未央ー、呼んでるよー」

ニーコのその声に振り返るとオフィス入口に立つ、上の階の同期の友人がいた。同じ事務職であり、入社当時は一緒に研修を受けた仲だ。部署や自分の受け持った仕事によってそれぞれ休憩時間は変わって来てしまうので、同じ部署のニーコはともかく他部署の同期とは、研修時のように話す時間も少なくなってしまったので懐かしいような感情が湧きあがる。急ぎの仕事もなく、そろそろ食事に行こうと思っていた所なので待たせる事なく入口へと向かった。

「久しぶりだね、どうしたの?」
「あのね、今から時間あるかな?」
「うん。ちょうど休憩に行こうと思ってたし。何かあった?」
「んー…ちょっと来てもらえるかな」

そう言って歩き出す友人。ニーコと顔を見合わせながら首を傾げるも、とりあえず付いて行くしかい。

「いってらっしゃーい」
「いってきまーす」

そんな緩いやり取りを交わし、先に行ってしまった友人の後を追う。その様子からどうやら急いでいるようだ。本当に何かあったのだろうか。そのままエレベーターへと乗り込み、6階まで上がる。6階には他の部署や課と他にもう一つ営業部があり、私の配属されたシンドバッド部長の営業部とは別物なのである。お互いの部署が営業成績を競い合い、使える場所、エリア、人件費、人、全てを奪い合っているとかいないとか…。またお互いのやり方が気に入らないのか、ついには隣に並んでいたオフィスが5階と6階に離れたという噂まである。その様は他部署とはいえ同じ会社内なのに、他会社同士の争いのようだと囁かれているのだ。部長たちの腹の探り合いも中々恐ろしいと聞いている。この同期の友人はその6階の営業部配属であり、もしかしてそのオフィスに行くのかと思えばやって来たのは給湯室。

「あのね、実は今、うちの部長へ大切なお客様がいらっしゃってるんだけど、その部長と補佐がもう1人の厄介なお客様の対応をしていてね」
「うん」
「それでそのお客様にはそこの会議室でお待ちいただいているんだけど、部長が未央にそのお客様の対応を任せろって」
「え!? ちょ、私、ここの部長となんの接点もないのに、なんでその大切なお客様の対応を私がやるの!?」
「前にシンドバッド部長へのお客様と一緒にそのお客様もいらっしゃったんだけど覚えてない? 外人の方で、未央の入れたコーヒーを褒めてたじゃん」

コーヒー? そういえば少し前にうちの部長とここの部長あてに2人のお客様がいらっしゃった。2人ともお知り合いだそうで2人の部長をお呼びだったので、一緒にお通ししたのだ。その際にコーヒーをお出ししたのだが、何だか話しかけられて、でも英語は得意じゃないし、なんか適当に返していたんだけれどよく分からない感じに会話が成り立っていた。コーヒーだって入社した当初に先輩に教わった通りに入れただけで、特に難しい入れ方をしたわけじゃないのだが、そのお客様なのだろうか…?

「お客様がね、うちの部長に未央の事を話したらしくて」
「え、あのカタコトの英語のどこに気に入る要素があったの?」
「さぁ? それを部長が思い出したらしくて、部長が前にコーヒーをいれた人を連れてこいって。未央だったでしょ」
「私だと思うけど……」
「部長が戻るまでの繋ぎとして、お願い! ここでお客様を帰らせちゃったら、私が部長に睨まれるよー!!」

そういって手を合わせる友人。ま、まぁ、コーヒー出すぐらいなら………もっとちゃんと英語を勉強しておけば良かった、そう思いながらコーヒーの用意をする。しかしうちの部長と犬猿の仲と噂の人が敵の部下を呼ぶなんて、それほどまでに大切なお客様なんだろう。こりゃ失敗したら大変な事になるんじゃ…? 気を引き締めて頑張らなきゃ!

そう決意して扉を開けたのだが私の姿を見つけるなり、笑顔になるそのお客様。相変わらず流暢な英語で何を言っているかさっぱりだが、所々聞き取れる単語を拾い集めて頑張る。しかし私が淹れたコーヒーを優雅に飲むその姿に、この人は一体いくつなんだろうか? と頭では場違いな事を考える。外見からはとても若いように感じるのだが…。肌は白く、綺麗な整った顔立ち。天然の金髪は後ろで三つ編みにされていて可愛らしさも感じる。しかし時たま見せる表情は落ち着いていて、人を安心させる笑みも見せる。私と変わらないのか、部長たちよりも年上なのか、まったく見当もつかない。それが余計に年齢を分からなくさせているのだ。こりゃニーコが見つけたら飛び付くだろうな。そして私の返答に笑ったり、時たま吹き出す目の前のお客様に自分でも何の会話をしているのかさっぱりなんだがどうしよう。

そんな感じでよく分からないままに対応をしていると、扉の開く音が。え、ノックは? この人、大切なお客様じゃないの? そう思いながら振り返ると、顔を覗かせたのは待ちわびた人。我が部署の部長と敵対関係にあり、6階営業部の部長、練紅炎部長。きっと高いんだろうな、と思わせるスーツを完璧に着こなし、もう一つのイケメン部署の筆頭とも言われるに相応しいその姿。うちの部長に勝るとも劣らない。そして上に立つ者だと一目見て思わせる威厳が満ち溢れている。初めてこんなにも至近距離から見た姿に一瞬だけ圧倒されるが、私はすぐさま端へと避け部長の通り道を作る。そして練部長が目の前を通り過ぎるその瞬間、

「よく取り逃がさなかった」

そういって私の肩をぽん、と叩いた。まさかそのような事をされるとは予想もできずに驚くが、表情には出さずに退出した。び、びっくした…。こちらの部署とは階が違うという事もあり、大層な噂を聞くことはあっても実際に関わる事はなかった。色々な話やイケメンでも見た目からの怖さで、もっと俺様な感じの人だと思ってた。ちゃんと人を労わる事が出来るんだな、なんて失礼な事を考えてみる。まぁ、そうじゃないと誰も着いてこないよね。そう思いつつなんとか無事に大仕事を終えたようだ。休憩時間は減ってしまったが急いでご飯を食べに行かないと! 昼食を抜くなんてありえない、と自分のオフィスに戻ろうとエレベーターに向かおうとしたその時、背後から声をかけられる。

「あの、」
「はい、え? …練補佐?」

振り返ってびっくり。明らかに高そうなスーツなのによれよれ、ネクタイはぐしゃぐしゃ、髪はぼさぼさ、肌はぼろぼろ、立ち姿はよろよろ、そんな言葉がぴったりお似合い。先ほどお会いした練部長の弟、練紅明補佐がいらっしゃった。練補佐は我が部署でいうジャーファルさんのようなお立場だ。兄弟という事で区別をつけるためにそう呼ばれているのだが、実際も部長の補佐をしたり支部に出向いたりという仕事をなされているらしい。そもそもこの6階の営業部は練部長の弟さんや妹さんたちが多く働いていて、皆で部長を支えているとか。その部長の有能な補佐が今、目の前に。

「えーと……」
「あ、5階営業部事務の新坂です」
「新坂さん、すみませんね。他部署のあなたに対応を任せてしまいまして」
「いえ、とんでもございません」
「いやね、あのお客様はあっちへふらふら、こっちへふらふらしている方なんで、いつの間にかどこかへ行っちゃうんですよ」

そう疲れた顔で溜息をつきながら頭をかく練補佐。ああ、ぼさぼさの髪が余計にぼさぼさになっていますよ、とは言えない。一応曖昧に頷いておく。

「なので助かりました。ありがとうございます」
「いえ、お力になれたようで何よりです」
「またお任せする事があるかもしれません。その時はよろしくお願いします」
「はい」
「それじゃあ失礼します」

今にも倒れそうになりながら去っていくその後ろ姿に、気づかないだろうとは思いつつ頭は下げて置く。こちらも遠目では見た事はあるが近くで見ると、あまりの人生疲れ切った感に言葉を無くしそうになる。それでもうちの部署と並んでイケメン部署と言われるだけあって、顔のつくりは綺麗だ。練部長の弟でもあるしね。ただ睡眠と栄養が足りていないのか肌荒れが半端ないが、それでもイケメンには変わりない。まぁ、我が部署からすればライバルに変わりはないのだろうが。

それにしても部長の補佐役になる人は皆、ああなってしまうのだろうか? ジャーファルさん然り、練補佐然り。隈を作ってこそ一人前、とかそんな風習がうちの会社にあるの? こんなくだらない事を考えながら5階にある我がオフィスへと戻るため、エレベーターへと乗り込んだ。




(2014/08/08)



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