2年目OLの恋愛譚 | ナノ


 2−7



話が纏まった所で料理が運ばれてきた。和風の大根サラダから始まり、お造り、鯛の山椒焼き、煮物、揚げ物、きのこと鶏肉の炊き込みご飯、デザートには抹茶のムースが出て来るらしい! お酒はそこまで詳しくないし強くないけれども、これで焼酎なんて飲んだら最高だろうな。地酒もいいかもしれない。流石に運転手がいるこの場では飲まないが(勧められたが断った)。ああ、もう、幸せすぎる!! 何から食べようかな!? そんな事を考えて料理を見つめていると目の前から笑い声が聞こえてくる。もちろんこの場にいるのは私とジャーファルさんだけ。という事は今の笑い声は彼という事になる。そういえばさっきも車内で笑っていたが、一体何だろう? そう思いジャーファルさんを見つめるとその視線に彼が気付く。

「あ、すみません。ただ食べる事が好きなんだなって」
「、え?」
「さっきも車内で何が食べたいか聞いたら悩んでいたでしょ、百面相しながら」
「…してました?」
「してました」

そうにっこり笑顔で笑うジャーファルさん。あ、さっきの車内でも見たけど、誤解が解けて初めて見せる笑みだ。やっと以前のような笑みが見られた嬉しさと、彼の前で百面相していた恥ずかしさに微妙な顔になった。

「天ぷらが好きって言ってたけど、和食全般が好きなの?」
「和食も好きですが洋食も好きですよ。甘い物はもっと好きですし。さっきジャーファルさんが言っていたように食べる事が好きなんですよ」
「それなら遠慮しないでたくさん食べなさい」

食べる事が好きなのは本当だが、な、なんだか、食い意地の張った子だと思われたのでは…? そう思いながらも目の前に広がる輝かんばかりの食事にそんな考えはすぐにどこかへと飛んで行ってしまい、目の前で箸を掴んだジャーファルさんに倣って自分も箸へと手を伸ばす。手を合わせていただきます! の前に、流石に上司の目の前なのでサラダを最初に取り分ける。なんだか女子力が試されているようで緊張する。

「ありがとう。でも私の事は気にしないで食べていいよ」
「……どうも」

私から早くご飯食べたいオーラが出ていたのか、私の顔を見たジャーファルさんは耐えられない、とでも言うように笑いながらそう言った。とりあえず自分の分のサラダも取り皿へと取り、さっそく頂くことにする。一口食べれば大根とみず菜のシャキシャキ感が堪らない。上にかかったきざみ海苔と特製のドレッシングがこれまた合う。次に炊き込みご飯に箸を伸ばす。ご飯自体にしっかりと味が付いていて、鶏肉もきのこも軟らかくて本当に美味しい! 

「ふふっ」
「……笑いたければ笑って下さい」
「い、いや、本当に美味しそうに食べるなって」
「だって美味しいですもん」

拗ねたようなその言葉にまた吹き出すジャーファルさん。確かにニーコにも幸せそうな顔でご飯食べるよね、と言われた事もあるが、そんなに顔に出ているのだろうか…? そんな事を何回か繰り返しながら食事を続ける。やっぱり2人の共通話題である仕事の話から始まり、いつしか部長の話へと流れていた。

「本当にあの酒癖の悪さと女癖の悪さは昔から変わらない」
「あ、あはは。昔って事はジャーファルさんが入社されたころからあのような感じなんですね」
「ああ、部長とは小学生の頃からの知り合いなんだよ。幼馴染っていうのかな」
「えっ! そんなに幼いころからのお知り合い何ですか!?」
「ヒナホホさんとドラコーンさんも。マスルールもそうだね。シャルルカンとスパルトスは私が通っていた大学の後輩なんだよ。だから2人が入社前から知っているんだ。あともう1人大学時代の後輩が人事部に、もう1人は来年入社予定」
「へー! それで皆さん仲がよろしいんですね。しかも全員で同じ会社に入社なんてすごいですね」
「私たちは全員シン、部長にお世話になったからね。何かしら部長の役に立ちたくて、部長に着いて来たんだよ」

そういって笑ったジャーファルさんの顔はいつものにっこり笑顔なんだけど、でもいつもと少しだけ違って、なんだか柔らかい。へぇ、ジャーファルさんってこんな笑い方もするんだ。先ほどまでは酒癖の悪さや書類作業が嫌で逃げ出す部長の話を鬼のような血相で語っていたのに、そんな面影はまったくない。何だかんだ言いながら、やっぱり部長の事を慕っているんだな。そう思うと自分の表情まで笑顔になる気がした。しかしその優しい表情は一瞬で引っ込む。

「まぁ、逆に言えばこんな事しか出来ないんですけどね」
「え…?」
「いえ、それよりこの鯛も美味しいですよ」

そういって私の方に鯛の乗った大皿を差し出すジャーファルさん。一瞬だけ見えた気がした悲しそうな顔は、今は笑顔に変わっている。先ほどの表情がまるで嘘だったかのようだ。でも確かに聞いた。こんな事しか出来ない、って言ってた。こんな事? あんなに朝から晩まで働いてて、それでもジャーファルさんにとってはこんな事なの? 皆に指示を出して、それでも自分が一番書類を片付けて、ご飯を食べる間も惜しんで。でもそれだけ彼にとって部長は大切な人なのだろう。だから役に立ちたいのだろう。私が働くのは生活のためであって、誰かのためでもなんでもなく、自分のためだ。じゃあ彼は? 自分のためじゃなくて部長のためだけに働いてるの? それは、それは、なんてすごい事なんだろうな。私にはまったく想像もつかないや…。

「それならちゃんと休まないとですね」
「え?」

私のいきなりの言葉にジャーファルさんは不思議そうな顔で疑問を投げかける。

「だってジャーファルさんが倒れてしまったら大変ですよ。いつもあんなに書類を片付けて、皆に指示を出して。それが全部皆に回ってくるんです」
「はぁ」
「きっとヒナホホさんもドラコーンさんもその下にいる皆が大慌てですね。事務も忙しくなりますよ」
「はぁ、それは、そうでしょうが、私は倒れませんよ?」

そう曖昧に頷きながらも私の突拍子もない話に、頭に疑問符が浮かんでいるのが分かる。

「それは時間の空いてる時、順番に皆さんが食堂に連れ出しているからですよ。部長が書類仕事から逃げ出して、それをジャーファルさんが追いかけていきますよね。外回りがほとんどな部長はともかく、一日中座りっぱなしのジャーファルさんは身体に良くないですよ。部長を追いかける事で適度な気分転換になってるんじゃないですか」

私のその言葉にジャーファルさんが目を見開く。そして何かを思い出すかのような仕草を見せる。

「そういえばシンはいつも私が食事を抜き続けている時、しかも昼時に逃げていたような。結局なし崩しに食堂に向かう事になってたけど、重要な仕事は全て片付いていた…」
「………」
「え、私のために逃げていたの?」
「さぁ、結局は自分が逃げたかっただけかもしれませんが、ジャーファルさんがそう思うなら、そうなんじゃないですかね」
「………」
「でもそれってジャーファルさんと同じでジャーファルさんが大切だからですよね。ジャーファルさんに倒れて欲しくないって思ってるからですよね。ジャーファルさんの事が必要だと思ってるからですよね」
「………」
「ジャーファルさんと部長は同じですね。だからこんな事しか出来ないなんて、それだけ想ってくれてる部長が可哀想な気がしませんか? もし部長がそんな事思ってたら悲しくないですか?」

私の言葉を静かに聞くジャーファルさん。うん、出過ぎた真似だって分かってる。でもさっきのジャーファルさんの悲しそうな顔より、その前の柔らかい笑顔の方が絶対に良い。

「だから5分だけでも休みましょう。私みたいな事務と違ってジャーファルさんはとってもお忙しいから休む間も惜しいでしょうけど、コーヒーを飲んで、甘い物を食べればリラックスして仕事も捗りますよ。そっちの方が効率的だと思いません? 部長との追いかけっこも良いですけど、5分の休憩でも部長は喜びますよ」
「………」

い、言ってしまった。自分なんて最近ちょろっと話し始めた2年目の部下で、部長たちのように昔からの仲でもない。すごく、ものすっごくお節介なのも分かってる。何も知らない分際で何故口出しするんだと思うかもしれない。で、でも、もう全て言ってしまった後だ。戻れない。ジャーファルさんは何も返してこない。個室内に沈黙が流れる。ちなみに怖くて視線も上げられない。どうしたらいいのかも分からない。後先考えないで口出しするからだ。しかしこれ以上何も言う言葉が見つからずに、結局先ほどジャーファルさんが勧めてくれた鯛に箸を伸ばした。うん。山椒が効いていてとても美味しい。

「………」
「………」
「………」
「……ぶふっ」
「っ!?」

この緊張感に耐えられず無言で鯛を食べ続けていると目の前の彼が吹き出す。え、一体どこに吹き出す要素があったの!? そう思いつつ恐る恐る視線を上げると此方を見ながら笑い続けるジャーファルさん。

「ご、ごめん。だってあの場で食事を食べ始めるものだから! しかもやっぱり美味しそうに食べてるし」

そういって口元を抑えながらいまだに笑い続けるジャーファルさん。肩まで揺らして笑っている。な、なんだかそこまで笑われるのも腹が立ってくるんですが…。そう思いながらもいつものにこり、とした笑顔ではない、本当に楽しそうに笑っている姿を見ていると何も言えなくなってしまう。なんだか今日はいろんなジャーファルさんの表情を見た気がする。そのまま彼の笑いが収まるのを待っていると一つ息を吐いてこちらを見つめた。

「私、仕事が趣味なんです。だから誰が何と言おうとやり続けるよ」
「………」
「でもやっぱり効率的に仕事がしたい」
「…え?」
「だから5分休憩の時には、新坂さんに甘い物を譲って貰おうかな」

柔らかな笑顔を浮かべてそう言ったジャーファルさんに、私の心臓が一度だけ大きな音を立てた気がした。




(2014/08/07)



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