2年目OLの恋愛譚 | ナノ


 2−6



着いたのはなんだか高そうな雰囲気を放つお店。何だか気後れしてしまう。緊張するんだけど…とか考えていたけど案内されたのは個室で、周りの店員やお客さんの姿は隠される。完全に個室なので2人きりというのは緊張するが、こちらの方が落ち着いて食べられる気がする。メニューの中身も多少値は張るが、自分のお財布の中から届かない事もない。普通の女性は分からないが私ならきっと、これで目玉が飛び出るような金額だったならば、あまりの場違いさに美味しいはずの食事ものどを通らなかったに違いない。ジャーファルさんは気遣いの出来る人だし、そういう所も分かっててこのお店を選んだんだろうな。やっぱりすごいなジャーファルさん。

そして先に頼んだ飲み物が来た際に食事を頼み店員が扉を閉めて出て行く。乾杯をした後に飲み物を飲むふりをしてジャーファルさんの顔色を窺がうと…やっぱり不審者…。さっきまではいつもの笑顔を見せてくれて、普通に戻ったと思ったのにな。ここはやっぱりその挙動不審さを聞くべきだろうか? それとも放置するべき? この二つがぐるぐると頭の中を駆け巡る。すると少し俯いていた目の前の彼が顔を上げる。旋毛の辺りに視線を置いていたため、いきなり視線が合い驚いてしまった。それは向こうも同じだろう。お互いに見つめあったまま固まる。無言だ。どうしたらいいのか分からなくて、見つめ返すしかない。しかしこの張りつめた空気の中で、先に沈黙を破ったのはジャーファルさんだった。

「あの、新坂さん、」
「、はい!」
「月曜日の、資料庫での話なんですが、」
「はい」
「………」

そこで一度、言葉を止めたあとにもう一度此方を見据えて口を開く。

「あなたが寝室に上がったあと、そのまま、そのまま一体…?」

気迫迫る勢いで問いかけるジャーファルさん。あの金曜日の出来事が聞きたいようだ。私はその気迫に押されそうになりながらもよく分からないままにあの日の出来事を思い出しながら答える。

「えっと、ジャーファルさんにつられて私も飲み過ぎてしまいまして、寝室まで送り届けて私も力尽きてしまいました」
「………」
「頑張って帰ろうとはしたんですが、ジャーファルさんが私の腕を引っ張ってベッドに倒れ込んでしまいまして、そのまま意識が飛びました」
「…え、飛んじゃったの?」
「はい、飛びました。それで目が覚めたら明け方で、そのままジャーファルさんのお部屋に泊まってしまってたんです」
「………」
「それで、えーと、ジャーファルさんにお礼と謝罪を伝えようとは思ったのですが、まだ寝ていらっしゃいましたし、人様のお部屋で起きるのを待っているのもどうかと思いまして、そのまま部屋を出てしまったんです」

そこまで所々誤魔化しながら告げると、目の前の彼は唖然としたかのように問う。

「…リボンは…?」
「リボンはジャーファルさんの肩の下にあって、起き上がろうにも起き上がれない状態だったので解いてしまったんです。そうしたらそのまま解いた事も忘れて帰宅してしまいまして」
「………」
「遅くなりましたが勝手にベッドをお借りして申し訳ございませんでした。それと天ぷらもご馳走様でした」

私はそのまま頭を下げる。やっとお礼と謝罪が言えた! そうやりきった気持ちでいるが、いくら待てども目の前の彼からは何の反応もない。え、怒っていらっしゃる? そう思いながらも気になって恐る恐る視線を上げると、彼は額に手を当てその表情は窺い知れない。え、えっ!? なんか力尽きてる? この状況がよく分からなくて慌て始めた瞬間、

「はあぁー……」

ジャーファルさんはとっても大きなため息をついた。何故…? そうして顔を上げるとなんだか疲れ切った、それでも安心したかのような顔を覗かせる。すると彼は目の前にある自分の頼んだお茶を飲み込んだ後にもう一度だけ溜息をついた。そして少しだけ恥ずかしそうに話し出した。

「実はね、あの夜に一度だけ目を覚ましたみたいで…あなたが私の横で寝ていたのを見たんですよ。それで朝起きたら昨夜の記憶は曖昧で、新坂さんに迷惑をかけた事はなんとなくわかるのですが、」
「迷惑だなんてそんな!」
「あなたが私の横で寝ていたような記憶はあるし、リボンもあるし、私はてっきり、あなたと……」

そこで言葉を切るジャーファルさん。あなたと、あなたと…?

「えっ!?」

も、もしかして、それって、ソレの事ですかっ!? た、確かに、そんな状況だったならば、そういうふうにも考えられる。幸い私には記憶があったからナニもなかったと確信を持って言えたが、ジャーファルさんの方は違う。そういう勘違いをしてしまってもおかしくないだろう。何故、気づかなかった私!

「まぁ、服ちゃんと着ていたし、えっと、そういう事がなかったのは分かってるんだけど、リボンがあったし、私があなたに何かしてしまったんじゃないか、と思いまして、」
「ないないない! ないです!」
「そうみたいだね」

そういって苦笑するけれどその顔には安堵も浮かんでいる。私だってジャーファルさんの横で起きた瞬間には驚いたけれども、何もない事は分かっていたしそういう考えには至らなかった。うわ、私とジャーファルとか、想像するだけで恥ずかしい! ありえない! そう頭を抱えてしまいたい衝動に駆られていると、一つ気づくことがあった。そういえば、

「それでここ最近、ジャーファルさんの様子がおかしかったんですね」
「え、おかしく見えた…?」
「え、見えてないと思ってたんですか? かなりの不審者、ふ、不審な行動をしていましたよ」
「ふ、ふしんしゃ……」
「うそ、嘘です! すみません! 不審、不審です!!」

いや、不審者だろうが不審だろうが、どちらも上司にその言葉は駄目だろ! そう思いながら顔の前で手を振り否定する。しかし私の言葉を聞いた目の前の彼は、なんだかショックを受けている様子である。ど、どうしよ……

「え、えっと、同期の子もジャーファルさんの様子がおかしいって言っていましたよ。私も何度か視線を感じていましたし、顔も引き攣っていましたし。でもそれは勘違いしていたからで…」
「………」

あ、あれ? なんだか余計にジャーファルさんの表情が陰っていく。失言だったかもしれない。しかし彼は一度溜息をつくと視線を此方に向ける。

「いやね、いつもシン、部長に酒癖と女癖の悪さを注意しておきながら、まさか自分が職場の部下に手を出してしまったんじゃないかと思って、それでね…」
「あー…あはは……」

何と返せば…。そしてジャーファルさんは続ける。新卒、事務職、他部署の女性がイケメン集団に片想いしてはその後の現状に職場を去っていく事が頻繁にあったらしい。その後の現状とは告白するが振られる、という事だ。職場を辞めなくとも、気まずさから他部署への異動願いなど、イケメンが就職するたびに起こっていたそうだ。挙句、部長は一夜遊びをする→遊ぶけど彼女にはしない→いつしか女性の方が耐えられなくなる→職場を去る&異動願い、になるらしい。

「そんな事が続いて、とうとう人事部からクレームがきてね…」
「え!? く、クレームですか…?」
「ええ、いい加減にしろ、と」
「………」

疲れ切った顔で呟くジャーファルさんになんと言ったらいいか分からなかった。笑えない。彼は続ける。今後このような事があった場合、新卒も中途も異動もそちらの部署にはまわさない、と言われたらしい。うわぁ……。そのお陰で部長は多少落ち着いたが、それは多少だったらしい。なんとかジャーファルさんやヒナホホさん、ドラコーンさんで今まで誤魔化してきたんだとか。そういえばいつだったか部長が受付嬢に手を出して大変だったと言っていたなぁ……。

「そこへきてのこんな状況で、焦ってしまいまして……本当にすみませんでした」
「いえ……」

なんだかジャーファルさんが可哀想でならないんだけれども………。




(2014/08/07)



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