2年目OLの恋愛譚 | ナノ


 2−2



どうやら古い資料が必要になる書類らしく、1つ下の階にある資料庫へと向かう。この資料庫は使わなくなった要保管の資料を、全部署と課が共有で使うための場所だ。勿論棚は部署ごとに別れており、年代別に並べられている。それもありかなりの広さの資料庫なのである。一番奥までは言った事がないが、この広さなら迷子になってもおかしくないと思う。そんな事を考えながら中に入れば、人の姿はない。勿論奥は分からないが、近い範囲には人の気配を感じられない。ジャーファルさんに付いて行き、私たちの部署の書類が置いてある棚へと辿り着く。

「どの年代ですか? 去年ならこれですよね?」

そう言いながら一つのファイルを取り出そうとした所で、ジャーファルさんが口を開く。

「いえ、実はこれを渡そうと思いまして」
「え? あ、リボン!」

ジャーファルさんがポケットから取り出したのは、金曜日に私が付けていたブラウスのリボンである。そういえば朝まで覚えていたのに、すっかり変な方向に思考回路がいってしまい忘れていた。私はジャーファルさんからリボンを受け取って、自分のジャケットのポケットに押し込んだ。それで資料庫まで来たのか。確かにこんな物をオフィス内で渡されたら確実に不味い。流石気遣いの出来る人である。

「ありがとうございます。実は家に着いてから気づきまして、そのまま忘れてました。本当にありがとうございます」
「…いえ」

そう言っていつものにっこり笑顔を浮かべるのだが、何故だか引き攣っている気がする。はっ、もしや! 私が泊まっていた事に気づいている!? おまけにお礼も言わないで帰った事を怒っている!? うわぁ、どうしよう。今から謝ったら許してくれるかな? そう想い土下座も辞さない覚悟で口を開いたのだが、一瞬ジャーファルさんの方が早かった。

「先週の金曜日!」
「はい!」
「先週の、金曜日……」
「はい!」
「先週の………」
「…は、い?」

何だかジャーファルさんの様子がおかしい。視線は行ったり来たりで挙動不審だ。いつも部下への指示や、部長へのお説教にははきはきとしているのに。もしかしてそれほど私の事を怒っているのだろうか…。ひっ! 部長への女癖、酒癖の悪さを説教するかのように怒られたら立ち直れない! そう思いつつびくびくしながらジャーファルさんの言葉を待つ。そこでやっと意を決したのか此方を見据えた。

「実は、先週の金曜日の記憶がほとんど残っていなくて!」
「……え?」
「何だか新坂さんに、とてつもない迷惑をかけた断片的な記憶と………」
「記憶と…?」
「記憶と………」
「………?」
「…記憶、だけはありまして……」

そこまで言うとジャーファルさんは私から視線を外した。

「な、何故、あなたのリボンが、私の、べ、ベッドにあったの、でしょうか?」
「え? 何も覚えていないんですか?」
「え!? 何があったんですか!?」

そう私に詰め寄るジャーファルさん。何だかちょっと涙目である。もしかして酔っ払い、私に迷惑をかけたかもしれないと心配しているのかもしれない。何も覚えていないって事は、私がジャーファルさんのベッドまで送った事も覚えていないのかな? それなら泊まってしまった事も覚えていないだろう。むしろ泊まった事を説明しなければリボンの説明も出来ないのでは? ただ送っただけでリボンを解くわけがないし。勝手に帰った事は適当に誤魔化して、やっぱり説明して謝罪とお礼をした方が良いよね。そう思い直す。

「実はジャーファルさんがまともに歩けそうもなかったので、寝室まで上がらせて頂いたのですが、そのまま、」
「ジャーファルさん」

私が金曜日の事を説明しようとした所で、背後から声がかかる。誰かが入ってきたことにも、近くまで人が来ていた事にも気付いていなかったために驚く。後ろを振り向くと赤い髪と大きな体、常にジャケットを羽織らずにシャツを腕まくり状態のマスルールさんがいた。そしてもう一度名前を呼ぶ。

「ジャーファルさん、シンさんが出るみたいですよ」
「えっ! ああ、あの取引先に行くんだったね! 今行くよ!」

そう言ってマスルールさんに近づく。結局金曜日の説明も、謝罪も、お礼も言えなかった。まぁ、仕方ない。それに私に迷惑をかけた心配をしているのだろうけど、ご飯代もタクシー代も出して頂いて、その上ジャーファルさんのお部屋にまで泊まらせて頂いたんだから、そんなの全然気にならない。かなり怖かったけど、部長と上の部署への呪詛の聞き役と、家に送っただけだし。そう思いながらジャーファルさんを見ると、その顔色は真っ青。そのままマスルールさんを連れて、ふらふらと資料庫から出て行った。え、何故?




(2014/08/05)



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -