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スカートを穿き替えて、ワイン染みの付いたスカートはクリーニングに預ける。その後はまたタクシーに揺られ、会社近くの駅ビルへと着く。そのまま8階まで行くとそこはレストラン街。迷わず歩くジャーファルさんの後に付いて行くと、付いた先は…
「天ぷら…?」
「ほら、入ろう」
そう言って天ぷらのお店の暖簾を潜った。中に入ると直ぐに店員さんが近づいて来る。
「何名様ですか?」
「2人です」
「それではこちらへどうぞ」
そう言って背を向けた店員さんの後を付いて行く。端の席へ通され、メニューを置くと店員は去っていった。
「何でも好きなものを頼んでね」
にこりと綺麗な笑顔のジャーファルさん。イケメンである。というか、え? 本当に私とジャーファルさんの2人でご飯を食べるの? そういえばさっき凄い勢いで謝ってたし、それで責任を感じてお詫びのために連れて来てくれたって所か。申し訳ない! 私のスカートなんて高かったとはいえ、ジャーファルさんの着ているスーツに遠く及ばない安物だ! ストラップだってまぁ、ショックだったが……それでもわざとやった訳じゃないし、仕方ない事なのだ。それなのに! ここまで気を遣わせてしまうなんて! こちらが土下座かましたい気分である。
「頼まないの?」
「え、あ、えっと、」
「あれ? 天ぷら好きなんだよね?」
「え!?」
うん。好きだ。好きだけど、なんでジャーファルさんが知っているのだろう?
「先週の金曜日に歓迎会を楽しみにしてたでしょう? その後、天ぷらって言っていたし。さっきも私の隣にいた時、天ぷらを見ていたから好きなのかと思って」
「…はい。好きです…」
「うん。何でも頼んでね」
お得意のにっこり笑顔。えっ! えぇぇぇぇええええ!! ちょ、イケメン過ぎんだろジャーファルさん!! あの時、やっぱり天ぷらと言った本音は聞かれていたらしく恥ずかしいが、こうやってさり気なく相手の好みのお店に来られるなんてイケメン過ぎるよっ!! 顔も性格も良いとか、どんだけ神様に愛されてんの!?
「決まった?」
「え!? えと、じゃあこれ…」
と、ジャーファルさんのイケメン具合について考えていた私は、勿論まともにメニューなんて見ているはずもなく、適当に指さしたのはメニューの中で一番高い膳。って、高っ! 夕飯代を自分で出すか、出してもらうか、別にしても高すぎる! そう思って急いで1番下にある、1番安い膳を指さす。
「嘘、嘘です! 間違えました! これ、やっぱりこれにします!!」
「え、さっきので良いよ? お詫びなんだから気にしないで好きなのを選んで下さい」
「いやいや、違うんです! 本当に間違えたんです! これで良いんです!!」
「…もしかして遠慮してる?」
そう訝しげに聞いて来るジャーファルさん。そんな感じでまたもや押し問答が続き、結局一番高い膳のその下を選んだ。ジャーファルさんはそれでも渋っていたのだが、そんなに食べられませんと断り、なんとか納得してもらえた。そんなに天ぷら好きに見えるのだろうか? というかこの状況は一体何なんだろう…。今まで本当に仕事以外では関わりのなかった人と、夕飯をご一緒するなんて。
「えーと、酔っぱらった部長を置いて来てしまって良かったんですか?」
目の前で先ほどと同じくウーロン茶を飲むジャーファルさんへと話しかける。流石に毎回話題を振ってもらう訳にはいかない。なんとなく頭に浮かんだことを聞いてみた。
「ああ、ヒナホホさんとドラコーンさんに状況を説明して、くれぐれもよろしくと頼んでおいたから大丈夫です」
「そうですか」
「それに今から戻ったんじゃ、素面の新坂さんは酔っぱらいの介抱で終わってしまって、ゆっくりご飯も食べられなかっただろうし…」
そう言って申し訳なさそうな、悲しそうな顔をするジャーファルさん。止めて! その顔は止めて! こっちが申し訳なくなるから!!
「いやいや! 結局はゆっくり天ぷらを食べられる訳で、私的にはとっても嬉しいです!」
「……ありがとう」
ジャーファルさんのにっこり笑顔。眩しい! でも悲しそうな顔をしているより全然良い。今まで話す機会はなかったけれど、こういう機会に話してみるのも良いかもしれない。どうせ来週からまた仕事が始まれば、昨日みたいに仕事場だけの関係に戻るんだから。ちょっとぐらいこのイケメンを1人占めしてみても良いだろう。そう思って手元にあるジャーファルさんと同じウーロン茶のグラスを持ち上げた。
しかしこの時の私は知らない。
次の日、私は見知らぬベッドの上で目を覚ます。
(2014/08/05)