2年目OLの恋愛譚 | ナノ


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先週の金曜日に残った書類と通常の仕事を何とか片付けて乗り越えた水曜日。先週のような残業まではいかなかったとはいえ、それなりに切羽詰まった状況ではあった。しかし大変な事が終われば楽しい事が待っている訳で…。

「かんぱーい!!」

部長の合図でそれぞれが手に持ったグラスを頭上に掲げる。待ちに待った新人歓迎会だ。普段なら絶対に入らないであろう、高級天ぷら専門店! 普通は居酒屋とか食べ放題のお店になるのだろうが、部長のコネでこんな高級店が貸切になった挙句、ほとんどが部長持ちらしい。普通の食べ放題より安い金額でこんなに美味しい物が食べられるなんて感激だ。食事の量も申し分ない。お酒も美味しいし、天ぷらなんて衣がサクサクで食材の甘味がしっかりあり、仕事終わりにこんな物が食べられるなんて幸せだ!

「ちょっと未央! 食べてばっかりいないでお酌に行くよ!」
「えー、それってニーコがイケメン先輩たちにお酌したいだけじゃん」
「あんたは天ぷら食べたいだけでしょ! いいから行くのー! これも2年目の仕事!」

そう言ってニーコは私が持っていた箸を取り上げて、代わりにビール瓶を渡す。そこからの行動は早かった。まず向かったのはマスルールさん、シャルルカンさん、スパルトスさん。部長、ジャーファルさんに勝るとも劣らないイケメン集団の3人だ。忙しい部長やジャーファルさんの雑用を一手に引き受け、営業には付き添いという形で参加しているマスルールさん。部長のように明るく気さくで、ほとんどの初見の方に好印象を与えるシャルルカンさん。その反対に既に出来上がった関係維持のために外回りをし、ほとんどが不備のない状態で事務へと書類を回してくださるスパルトスさん。顔も仕事ぶりも完璧である。そんな3人へとニーコは、にこりともニマニマともつかない微妙な笑みを浮べ、シャルルカンさんのグラスにビールを注いだ。

「お疲れ様ですー!」
「おっ、かわいこちゃんたちがお酌に来てくれたぞ!」
「下品な言い方はよせ」

開始早々から酔っぱらっているシャルルカンさん。既にその頬は赤い。食事よりもお酒が中心らしい。ビールの他に熱燗やワインまで置いてある。私はシャルルカンさんの右側に座っているスパルトスさんとマスルールさんの空いているグラスへビールを注ぐ。スパルトスさんは若干目線を逸らしながら、マスルールさんは海老の天ぷらを加えながら礼を言って下さった。私ももっと天ぷら食べたかった…。するとシャルルカンさんとの会話に満足したのか、ニーコは私の手を取って立ち上がらせ、次なる場所へと向かおうとする。

「よし、次は部長とジャーファルさん!」
「あんな話を聞かれた後で、よくお酌しようって気になるね…」
「それはそれ、これはこれ」

月曜に廊下で話していた部長の悪口とも取られない話を、部長本人に聞かれてしまった。まぁ、部長は常に部署内にいるわけではないし、ねちねち小言を言うタイプでもない。次に会った時は笑顔で挨拶して下さったから、特に気にしている訳ではないのだろうが、話していた本人であるニーコも気にしていないのはおかしいと思う。そんな事を考えながら新人と先輩事務の方たちが蔓延る中心地へと向かう事に。こうしてみると女子に囲まれた部長は、どこかの国の王様みたいだ。無駄に女性を侍らせているイメージだ。そんな所へニーコが突入。流石に先輩たちの前に出る事は出来ないのか、さり気なく近づいて行く。めげないなぁ…。私には近づく気力もない。このまま自分の席に戻ってもいいかな。綺麗に天ぷらが盛られたお皿は、既に2枚目が配膳されている。1枚目も満足に食べていないのに! そんな事を考えていると、部長と女性の集団から誰かが出て来る。

「あ、」

ジャーファルさんだ。誰にも気づかれないように、抜け出してきたみたいだ。その顔はまだ開始30分ほどしか経っていないにも関わらず、とても疲れ切った顔だ。一瞬だけ戻るか、お酌に行くかで悩んだが、どうせ上司の席は一周しなければいけないのだ。そう想い、端の方に座り込んだジャーファルさんへと近づく。

「ジャーファルさん、お疲れ様です」
「新坂さん。はい、お疲れ様です」

そう言って疲れた顔に、にこりと笑みを浮べて下さる。そのまま目の前にある使われていないグラスにビールを注ごうとした。

「あ、すみません。私は、お酒はちょっと…」
「え? あ、そういえば飲めないんでしたっけ? それならソフトドリンクの方が良いですね。何にされます?」
「それじゃあ…ウーロン茶で」

私はジャーファルさんの要望通りにウーロン茶を頼むべく、周りの声にかき消されないように大きな声で店員を呼び出して注文を伝えた。そういえば去年もお酌に回ったけど、お酒は飲んでいらっしゃらなかったかもしれない。もしかしてまったく飲めないのだろうか? 見た目通りで可愛らしい。

「随分お疲れですね」
「ええ。部長の酒癖の悪さは天下一品なので」

そう言って苦虫でも噛み潰したのか、とでも言いたくなるような苦々しい顔で呟いた。ひっ! この人のこういう所は慣れなくて怖い! 慣れたくもないが。

「ウーロン茶をお待ちのお客様!」
「あ、はーい! こっちです!」

何と返したらいいのかも分からず、いつかの車内のような微妙な空気が流れた所で、天の助けとばかりに先ほど頼んだウーロン茶が来た。それを受け取りジャーファルさんの前へと置く。すると先ほどの恐ろしい顔が嘘のように笑みを浮べて、お礼を言った。え、もうこれ自分の席に戻っていいかな? ウーロン茶は来たことだし、ニーコは部長に夢中だし、天ぷら食べたいし。そう思って私はジャーファルさんへと一言告げて立ち上がろうとした、次の瞬間。

「あっ!!」
「え?」

端のテーブルにいたために瓶やグラスが寄せてあり、ジャーファルさんがウーロン茶を置こうとした瞬間に、その腕が中身の入っているボトルに当たってしまった。

「しかも赤ワイン!!」
「うわっ! すみません! え、どうしよう! おしぼり、おしぼり下さーい!!」

慌てた様子で店員におしぼりを頼むジャーファルさん。よりによって赤ワインかよ! しかも今日穿いていたスカートは白で、値段もそれなりに張ったものだ。そんな時に限って赤ワイン!

「ど、どうしよう……全然落ちない…」

そう真っ青な顔で呟くジャーファルさん。何とかおしぼりで落ちないかと頑張ってみるも、当たり前のように落ちない。もうこのスカートは駄目かもしれない。そう思った瞬間、私はスカートのポケットに入れていたある物を思い出す。

「ひっ! 携帯とストラップがワイン塗れ!!」

携帯は防水加工なので拭けばいいとして、ストラップは布製で出来た和テイストの物であり、とても気に入っていた物だ。う、うそ…。もうこれ一種類しかなくて、凄く凄く気に入ってたのに。ストラップをケータイから取り外す。赤塗れで哀れな姿に変貌してしまったそれは、スカートよりもショックかもしれない……。ジャケットは店内に入った時にハンガーにかけたから携帯だけ取り出して、スカートのポケットに入れていたのだがそれが仇になってしまったようだ。とても泣きたい気分である。しかし次の瞬間、私の横にいたジャーファルさんが私の手を取って立ち上がった。




(2014/08/05)



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