2年目OLの恋愛譚 | ナノ


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「未央ー!」

エントランスでエレベーターに乗るため列に並んだところ、丁度同じ部署の友人が私の後ろへと並ぶ。ちなみに同期であり、イチくんと同じで何だか難しい苗字のため、覚える事を放棄した頭のおかげでまたあだ名を付けてしまった友人である。同期その二、女の子なので゛子゛を付けてニーコ。まったくもって自分のセンスが恐ろしい。

「おはよー、ニーコ」
「おはよ!」

朝から元気いっぱいである。別に羨ましくはない。

「ねぇ! 金曜日、ジャーファルさんに送って貰ったんだって!?」
「え? なんで知ってんの?」
「本当だったのか!」

そう言って大げさに頭を抱えるニーコ。どうやら昨日、仕事の事で電話したイチくんに聞いたらしい。イチくんはといえば、帰り道がエントランス側から歩いた駅ではなく、駐車場出入り口側を通って歩いた所にある、地下鉄へと続く階段から帰宅しているらしい。そのせいで駐車場出入り口横にいた私がジャーファルさんの車に乗るのを見たのだとか。皆は裏からエントランス側に回って帰ると思っていたので油断した! イケメンジャーファルさんに車で送って貰ったなんて他の女子にばれたら恐ろしい!

「一体何があってジャーファルさんに送って貰う状況になった!?」
「来週の取引が今週に変更になって人手が足りないから手伝ったの。そしたら21時になっちゃったからってジャーファルさんが車で送ってくれただけだよ」

簡単に事のあらましを説明しつつ、前に進んだ列を追いかけて自分も足を動かす。勿論ニーコも着いて来る。

「羨ましい! ジャーファルさんと密室なんて! どれだけ美味し、羨ましい状況!!」
「言い直してもバレバレなんだよ」
「それにしても応援要請を断った隣の課の子は可哀想だねー。きっと退社間際はほとんどのイケメンが外出中だったし、応援要請に行ったのがイチくんだったから、ジャーファルさんが残ってる事に気付かなかったんだねー」

そんなくだらないやり取りをしている間にエレベーターに乗り込む。エレベーターの台数はそれなりにあるものの、出社時間が被るこの時間帯はエントランスが人で溢れかえる。エレベーターに乗り込むのも一苦労だ。ぎゅうぎゅうのエレベーター内からやっと解放されて自分たちのオフィスがある階へと降りる。出社するだけで体力が奪われるなんて…。

「あーあ、それにしても本当に羨ましい」

我が友人のせいもあり、余計に体力が減る。まだ言ってんのか。

「だってさー、ジャーファルさんってイケメンで、いつも笑顔で、でも仕事の時は真面目で。女子が放っておかないでしょ?」
「まぁね」
「でも誰が誘ってものらりくらり。本当に仕事人間だから、仕事とジャーファルさんの間に入り込む隙もない!」

確かにニーコの言う通り、あれだけのイケメンでありながら女性との浮ついた話は、まったくと言っていいほど聞いた事がない。いつでも仕事、仕事、仕事ばかりの人なのである。

「それに比べて部長は忙しいけど、誘いには応じて下さるし」
「え、あんた誘ったの!?」
「まさか。さすがに2年目のぺーぺーが部長に声をかけるなんて出来る訳ないでしょ!? お局さんとか先輩たちの話だよ」
「びっくりした」

本当にびっくりした。確かに部長はとても気さくで優しい方だが、私たちみたいな2年目が誘うには畏れ多く、また他の先輩方の牽制も恐ろしい。まぁ、私に誘う気持ちなんてまったくないのだが。

「でも部長とかジャーファルさんみたいなイケメンが彼氏だったら、いつ死んでもいい」
「大げさ。でも部長って女性に目がないから、彼氏には向かなくない?」
「あーまぁねー。部長は遊びと目の保養かなー。付き合ったら部長の元カノに100回ぐらい刺されそう! なんか執念深そうだし! あははっ!」



「…………」
「自業自得ですよ、シン」



「え?」
「え?」

私とニーコは背後でジャーファルさんの声と、ジャーファルさんの呼んだ名前に青ざめる。今、私たちは誰の、何の話をしていた? なんだかとんでもない話を、とんでもない人に聞かれた気がする。振り向きたくない。そう思いながらも振り向かない訳にはいかなくて、私たちは壊れたブリキのおもちゃのように、ギッギッと今にも音がしそうなほど不自然にゆっくりと振り向く。するとそこには涙目でぶるぶると震えながらスーツの裾を握りしめる部長の姿が。

「ひっ!」
「部長!」

私とニーコはとんでもない話を本人に聞かれてしまった事に、驚きと恐怖で部長と同じように震える。ど、どうしよう! なんでこんな誰もが通る廊下で、このような事を話していたのか…。むしろ仕事場で話す話じゃない! もしかしてOL2年目にしてクビ!?

「ひゃ、100回は、言い過ぎだと、思うぞ……」

そう震える声でいつもの姿からは考えられないくらいに、ぼそぼそと話し出す部長。

「ここ最近は、真面目に、仕事をしていたんだ」

涙目で私とニーコを見つめる部長。居た堪れない!

「申し訳ございません、部長!」
「本当に申し訳ございません!」
「え、謝ってくれるけど、さっきの話は否定しないの…?」
「だから自業自得だと言ったでしょう。ほら、さっきの会議で決定した案をまとめる!」

ジャーファルさんはそう言って部長の背をオフィス内へと押し込んだ。そして謝罪する私たちに頭を上げさせると、にこりと綺麗な笑顔を見せて下さった。

「部長にはあれぐらい言ってもらった方が良い薬になるんだ。あなた方が言った事は何一つ間違っていないから、何も気にしないで」

そう言い切るジャーファルさん。後ろ、ジャーファルさん後ろ! 今にも泣きだしそうな目で、先ほどよりも震えてこちらを見つめている部長がいらっしゃいますよ! それでも素晴らしい笑顔で言い切ったジャーファルさんに、背後の部長の姿を伝える事は出来ない私たちだった。




(2014/08/04)



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