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あと九十五本...「自転車」




結局何の収穫もないまま一日経ってしまった。あの後友達に立海にある怪談話を聞いてみたが、丸井の言う通りあの図書室の手についての話はなかったし、それらしき話も知らないみたいだった。一応丸井には探してみると言った手前、他に対処法なるものを考えてみてはいるが、そもそも幽霊なんぞ初めて見たわけで対処法なんて分かるわけもない。ちなみに当の本人である丸井は、昨日の朝私が言った通りに話しかけて来ていない。しかし席が離れているために私には見えないが、授業中にいきなり立ち上がったり、何かに怯えているような仕草からまだあの手は丸井の周りに出現しているみたいだ。だがそのまま放課後になってしまったのである。

友達は結局今日も借りている本を忘れたらしく騒がしかったが、今日の夜に忘れないようにとメールをして上げるという言葉で大人しくなった。(ちなみに私が昨日借りられなかった分は、友達に借りて来て貰った)そしてそのままバスで駅まで向かい、電車に乗った。友達はこの先の駅なので私が先に降りる。階段を下り改札を出る。そのまま何時ものように鞄の中から音楽プレーヤーを取り出そうとした時に声をかけられる。


「朝岡」


振り返ると自分の物だと思われる自転車に寄りかかった丸井がいた。は? 何でいんの、こいつ? 確か丸井は次の駅って言ってなかったっけ?


「朝岡、こっち」


そう言って丸井は自転車を押しながら歩き出す。何、付いて来いって事? とりあえずこんな所で私を待ってるぐらいなんだし、あの手の話だと思いとりあえず付いて行く。丸井は駅の裏手にある駐輪場に向かって行く。そこは駅から出てきた人が自転車を取りに来たり、逆に置いて行く人がたまに通るぐらいだ。さらに入り口を通り過ぎて道路を渡った所で足を止めた。ついでに自分の横に自転車も停める。丸井が此方を向いた所で私は話し始めた。


「悪いけどまだ対処法は見つかってないよ。友達もそれらしい話は聞いた事ないって言ってたし。でも図書館であの手を見たのは私も一緒だったのに未だに私の所には現れないって事は、丸井を追いかけてる理由が何かあると思うんだよね」

「…何かって?」

「さぁ? そこまでは解らない」

「…そっか」

「丸井は何か解った?」

「…いや」


そう言って丸井は私から視線を外す。というかさっきから凄い挙動不審だ。本当に何なの? それっきり丸井は無言になってしまった。やっぱり丸井も収穫はなかったようだ。丸井の目の下には昨日よりもはっきりと隈が出来ている。昨日も寝れてないって言ってたし、こいつまじでヤバいんじゃない? だけど対処法が解らないんじゃどうしようもないし…まじでめんどくさ…。


「朝岡!」


考え込んでいると急にでかい声で私の名前を呼ぶ。どうしたの? と口にしようとした瞬間に分けの分らない事を話始める丸井。


「俺、今日は女子から菓子受け取らなかったぜぃ!」

「…は?」

「自分から話しかけなかったし、勘違いさせるような事も言わなかった!」

「……」

「お前と約束した通り学校で話かけなかったし、この場所も立海生通らないだろうし!」

「……」

「…俺、まだ何かいけない事、やってるか…?」


丸井は恐る恐るといった感じで此方を窺がう。…まさかこいつ、昨日の朝に私が言った事気にしてたわけ? それでわざわざあんな所で私の事待ってた挙句、こんな所で話す事になったわけ? 


「…別に女の子が自分からお菓子をくれるならありがとうって言って受け取ればいいと思うし、友達なら普通に話せばいいんじゃない?」

「え?」

「あんた極端過ぎ! 別に女の子からお菓子貰うなとか話すなって言ってるわけじゃないし、そんな事言う権利は私にはない。ただ周りで盛り上がってる女の子を全部その女の子たちのせいにするなって言ってるの。まぁ、それも私が言う権利はないけども」

「……」 

「…でも女の子たちを勘違いさせる事を言わなかったんだから偉いんじゃない? それとわざわざ約束守って待っててくれてありがとう」

「!」


丸井は一瞬驚いた顔をした後に笑った。


「俺、朝岡の言う通りわざと勘違いさせるような事言って大好きなお菓子を受け取ってた。そのせいで周りがどんどん勘違いしてるのも気付いてたし、気付きながら知らん振りしてた。なんか自分の言葉一つで動いたりとか、そういうのを見て馬鹿にしたり、優越感に浸ってたのかもしれねぇ」

「……」

「でもさ、最初は違ったんだよぃ。皆一生懸命テニスの応援してくれたり、お菓子とかプレゼントとかくれて純粋に嬉しかった。だけどそれが当たり前になってきて、いつの間にか感謝とかなくなってた。試合してるのは俺たち選手だけどさ、親とか先生とかファンの支えがあってこそなんだよな。もう、ずっと忘れてた。」

「……」

「朝岡に言われてやっと思い出した。思い出したら今まで支えてくれてたファンに、俺なんて事してたんだって…せめてもの償いに、」

「大好きなお菓子受け取らなかったり、話さなかったりに繋がんのね。別に思い出したなら良いじゃん。昔と同じように感謝の気持ちを持って受け取ってれば。そんでありがとうって笑って言えば女の子は満足でしょ」

「…そっか…朝岡ありがとな!」


私が見た中で一番綺麗に笑う丸井。私の友達はこいつのこんな面を知ってたからこいつの事を好きだったのかな、そんなくだらない事を思った。


「ていうか、お前人の事よく見てんだな」


…もしかして、丸井が女の子に勘違いさせてるって話?


「私の友達、彼氏がいるにも関わらずあんたのファンだからね。色々と話を聞かされるの」

「まぁ確かに、お前が俺のファンで俺の事見てたってのは考えられねぇ」

「そうだね」

「分かってたけどそこだけ即答だと腹立つぜぃ」


まぁ、図書室の手とはまったく関係なかったが、とりあえず話が一段落ついた。すると丸井が思い出したように私を見る。


「お前と約束したし、学校で声かけたら目立つと思って駅で待ってたけど、毎回待ってる訳にもいかねーし、緊急事態って場合もあるだろうからお前のアドレスと番号教えてくれね?」

「…は?」

「なっ、そんな嫌そうな顔する事ねぇだろぃ! てか昨日から思ってたけどお前って冷たくね!?」

「今更気付いたの?」

「うぁー!! とりあえずアドレスと番号!!」


携帯を差し出す丸井。まぁ、また待たせてこの状態を立海生に見られないとも限らないし、仕方ないか…。そう思い自分の携帯をブレザーのポケットから取り出し、赤外線で交換する。丸井は満足そうに笑いながら、とりあえず今回はお互いに収穫がなかったって事で解散するか、と自転車のロックを外し、元来た道を戻ろうと足を踏み出す。するとがしゃん、と何かが倒れる音がした。何事かと音がした方を見ると、駐輪場の中に停めてある自転車が倒れている。きっと変な停め方をしていたのだろうと気にしないで歩き出すがまた同じ音が聞こえる。それどころか誰もいないはずの駐輪場で次々と自転車が倒れていく。


「お、おい、朝岡、自転車!」

「うるさい、見れば分かる!」


次に何が起こるかと身構える。しかし予想に反して先ほどまで倒れ続け、その音を駐輪場内に響かせていたというのに、それがぴたりと止んだ。


「……」

「……」


お互いに喋らない。


どうやらこれだけで何も起きない、そう思った瞬間、


「うわぁっ!!」

「!?」

「今、自転車が引っ張られた!!」


丸井が叫ぶ。丸井は自分が引いていた自転車の後ろ側を振り返っている。私はこいつの叫びに驚き横を向く。すると丸井の肩にかかっているテニスバッグが視界に入り、あっ、と思う。丸井、と呼ぼうと口を開いた瞬間に自転車が倒れる音と、教科書やノート、筆記用部やガムなどのお菓子類が地面にばら撒かれる音がし、丸井が尻餅をついた。


「……」

「…は?」


隣の赤髪は唖然としている。そりゃあそうだろう、いきなり自分の肩にかかっていたテニスバッグが引っ張られてバランスを崩した挙句、中身をぶち撒かれたんだから。とりあえず近くにあった教科書やノートを拾っていく。それを見て意識が戻って来たのか丸井も起き上がり、急いで拾い始める。


「私が気付いた時にはあの手がチャックを掴んでて、丸井のバッグを引っ張ってた」

「…マジで、びっくりした…」


そう言った丸井の顔は青い。


「…一昨日から今日まで、こういう被害は?」

「…なかった…今が初めてだ」


…こりゃあ本当にヤバいかもしれないな…。昨日丸井が言ってた今は何もないけど、もしかしたら何時か殺されるかもしれないって話は案外当たってるかもしれない。その証拠に、此処が車の多い通りだったらとしたら…。ばら撒かれていた物を拾いながら考えているとある物が目につく。








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