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あと九十六...「追いかけてくる」




いつも通りの時間に起き、いつも通りの時間に家を出る。電車もバスも同じ時間に乗り、同じ時間に降りた。そのまま数分歩けば学校に着く。校門を越え、昇降口を潜り、下駄箱で上履きに履き替える。階段を上り廊下を歩けばB組に到着だ。いつも通り。ただいつも通りじゃない事が一つ、B組の扉の横で赤い髪の持ち主が立っている。何やってんだ、あいつ。しかしそのまま教室に入らない訳にもいかず、おはよ、と挨拶をして扉を潜ろうとした瞬間に赤い髪の持ち主こと、丸井が私の左腕を掴んだ。そのままたった今通った廊下を逆走し、先ほど通った階段に辿り着き、上へと上って行く。は? 意味が解らない。


「ちょっと! 一体何なわけ!?」

「………」

「丸井!」


無言でどんどん上って行く。そのため先ほどからずっと注目の的である。冗談じゃないんだけど! 昨日だけでも何人かに見られてるっていうのに、こんなに人が沢山いる所で見られたらどうなる事か! 今この間にも、此方を見ながら女の子たちがこそこそと話している。しかしそんな周りの状況に気づきもしないのか丸井は足を止めない。二年生、一年生の階を抜けて屋上の扉前まで来てしまった。扉前は多少のスペースがあり、そこでやっと丸井の足は止まり私の腕を掴んでいた手を放した。振り返った丸井の表情は暗く、心なしか顔色は悪いような気がする。しかしそんな事知った事じゃない。


「会うなりこんな所に連れて来て、一体何なの?」

「………」

「………」

「………」


イラっとしても、文句は言われないはずである。


「…用がないなら戻るから」

「俺、憑りつかれたかも!!」

「…はぁ?」


教室に戻ろうと足を踏み出した瞬間に叫ぶ丸井。憑りつかれた? 何言ってるんだこいつ。訳が分からん。


「ヤバいって! 俺、マジで憑りつかれた! 追いかけてくるんだけど!」

「待って、まったく意味が解らない」

「だから追いかけてくるんだって!!」

「落ち着け! 一つずつ順に話せ!」


丸井はその言葉で止まり、一度大きく深呼吸した。


「…昨日洗面所の鏡に昨日の手が映った」

「…昨日の手って図書室の?」

「あぁ。俺の肩の所から出てきたんだ。直ぐに振り返ったけど何もなくて見間違いだと思ったんだけど……風呂場でも水面に映ってたり、窓をノックして来たり、俺の行く所に必ず出て来るんだよぃ!」

「…一昨日から変なのを見過ぎて気が動転してんじゃない?」

「んな訳ねぇって! 絶対に見たんだよ! ていうか朝岡も俺と一緒に見たのにお前ん所には出てねぇの!?」

「この通り何も見てません」

「何で俺だけ!?」

「日頃の行い?」

「俺の日ごろの行いが悪いってか?」


丸井の見間違いじゃなかったとして、確かに図書室で見たのは二人一緒だったのに丸井の所だけ出るなんておかしいな。まさか最初は丸井で次は私の所に出たりして…うわぁ…。


「夜も、もしかしたら手の持ち主の血まみれの女とかが出て来るかも、とか考えたら寝れねぇし」

「今日も見たの?」

「昨日と同じ洗面所の鏡とか、テーブルの下とか、バスの座席の影とか…」

「ただ其処にあるだけなの? 何もしてこないなら、見えても無視してれば何時か何処かに行くんじゃない?」

「お前無視って! 明らかに俺の事追いかけてきてんだぞ! 何もしてこなくてもマジで怖いんだぞ! それに今は何もしてこないだけで、何時か殺されたらどうするんだよぃ!?」

「そんな事言われても私にどうしろって言うのよ」


丸井と二日連続で幽霊を見たとはいえ、今まで霊感があったわけじゃないんだし、幽霊を追い払う方法なんて知らないし。


「朝岡言ってただろ、立海に怪談話がないかって。もしかしたら対処法が分かるかもって思って昨日の内に友達に電話して聞いてみた」

「何か分かった?」

「一昨日の女の怪談も図書室の手の怪談もなかった」

「は? なかったの? それって立海で知れ渡ってる怪談にはないって事だから、誰も対処法を知らないってことだね」


多少でも何かあれば、それは怪談話となって噂されるはず。だけどなかった。でも立海の怪談話になかったとしても、私たちは実際に見た。もちろん怪談話だって実際に起こった事ではないだろうけども、怪談話にないなら本当に誰も知らない事になっちゃう。


「なぁ、マジでどうしよ!?」

「そんな事言われても…誰かテニス部の人に話してみたら?」

「朝、ジャッカルに相談しようとしたけど、邪魔するみたいに手が足を掴んだり肩を掴んだりして妨害してきやがる」

「何それ」

「他の奴も一緒で、誰かしらに話そうとするけどそのたびに邪魔するんだよぃ!」

「私は今、丸井と図書室の手に着いて話してるけど?」

「お前も昨日一緒にいたからじゃねぇの? 朝岡とは昨日話してても何もなかったし、一緒にいて事情を知ってるから頼れるのはお前だけなんだよぃ!」


完璧に私も巻き込まれてんじゃないか! でも他の人には話させないくせに、私と話てる時は妨害してこないって、何かしら私にも被害を被る可能性があるって事だ。冗談じゃない! あー仕方ないな!!


「分かった。とりあえず何か対処法がないか探してみる」

「頼む! 毎日怯えながら生活しなきゃいけないなんて冗談じゃねぇよぃ!」

「そのかわり、さっきみたいに急に連れてきたり、人前で話しかけないで」

「は? なんで?」

「あんたテニス部のレギュラーで顔が良いから女の子にモテるでしょ。嫉妬半端ない。さっきも私、睨まれてた」

「…そんなの俺が何かしてるわけじゃねぇし、女子が勝手に彼女面して嫉妬したり、盛り上がってるだけだろぃ。俺が誰と話してようと周りは関係ねぇんだし、ほっときゃいい」

「それでも丸井の事を好きな人にしてみれば、私が丸井と話してる事が気に食わないんだよ」


丸井はいつもの笑顔とは違い眉間に皺が寄っている。はぁー、イライラすんのは巻き込まれた私だっての。


「確かに丸井からしたら勝手に女子が盛り上がってて、誰かと話すことも制限されちゃうような環境なのかもしれないけど、それは自分でも原因を作ってるんだからね」

「は?」

「あんた女の子からお菓子貰うためにわざと自分から優しい言葉かけたりしてる時あるでしょ? お菓子いっぱいくれる子には好きかもとか勘違いさせるような事言ったり」

「……」

「好きな人からそんな事言われたら、女の子は真に受けちゃうんだよ。もしかしたら私の事好きなのかもしれないって」

「……」

「あんたがそれらしい事を言うたびにその分だけ、女の子は勘違いしてるんだよ。勘違いしてる女の子は、自分の事を好きだと思ってる男の子が自分以外の女の子に優しくしてたり、自分をおいて他の女の子と二人っきりになってたら嫉妬するでしょ。独占したいと思うでしょ。全部が全部あんたのせいってわけじゃないけど、あんたにも原因があるんだから一方的に女の子たちを責めるのは止めなさいよ」

「……」


それじゃあ約束守ってよね、と言い階段を下りる。教室に向かえばなぜ丸井が私を連れて行ったのか、と質問の嵐だったが誰かと間違えたみたいだ、と適当に誤魔化し席に着いた。いつも丸井の登校はHRギリギリか遅刻なのに私に相談するために早く来やがったんだな、あいつめ! と丸井に心の中で悪態をつき、友達と話しながらHRまでの時間を潰した。










まさかの急展開
(2013/06/24)



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