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あと七十一本...「自殺の名所」





「きもちわる………」


荒い呼吸のままにそう呟き自分の席へと向かう。無意識に自分の教室へと戻って来ていたらしい。そのまま椅子へと座り両腕を枕にして、机へと全体重を預けるかのように倒れ込んだ。走った事と別の意味で、心臓がどくどくと脈打っているのを感じる。冷静になろうと目を瞑って深呼吸するが、先ほどの光景が目に焼き付いて離れない。髪と、腕。あまりにも鮮明に思い浮かべてしまい、慌てて目を開いた。そうすれば電気を点けていない、いつもより少しだけ薄暗い教室内が目に入る。しかし今はその少しの薄暗ささえ恐ろしく感じるのだ。今更ながらにこの教室内に自分1人なのだと自覚して教室前へと駆け足で進み出る。そのままドア横にあるスイッチに手をかけて、教室内を明るくした。


「はぁ…」


ほんの少しの違いだが、この明るさだけで少しは安心できるような気がしてしまうから不思議だ。なんだか先ほどよりも冷静になれた気がする。やっとそう思う事が出来て、今度こそ自分の席へと自分の体を預けた。はぁ、ともう一度溜息を吐いて自分を落ち着かせ、頭を働かせることにする。最初から考えてみよう。昨日の放課後、廊下で窓ガラスが割れた。居合わせたのはこの階にいたかなりの人数の生徒。そしてその時に不審な音を聞いたのは恐らく私と、真田、柳生の3人。そして先ほどの不可解な事。通路周りには誰もいなかったし、通路幅だって図った事はないが2メートル近くはあるはず。それなのにその幅をレールごとカーテンが飛び越えて、体育館の床へと落ちてきた。勿論レールだってそう簡単に取れるほど設置されていないだろうし、今までそんな事が起きたなんて聞いた事がない。まぁ、そこまで噂話に敏感な訳ではないが、あの体育館にいた皆の驚きようからいえば、日常茶飯事的に起こりえない事は分かる。そして私があの体育館から逃げようとした時のあいつらの顔。仁王の顔は若干ながらも引き攣っていたし、丸井は一目見て体調を心配されるような顔だった。柳生だってこれから何かが起こるのでは、という感じだったし、そう考えるとあの時聞こえた音は、あいつ等にも聞こえていたわけだ。ここまでくるとテニス部レギュラー共は全員聞こえていたに違いない。


「………」


しかしそれだけでは、何が目的なのか分からない。もちろん今まで見てきたものに明確な理由があったとは言い難いが、確実に自分の意志を持って動いていた。最初の放課後の出来事は飛ばすとして、丸井の時は恐らく本を取り返そうとしてあの手は動いていた。真田の時は真田に近づく私(勘違い)に許せず、私を真田から引き離そうと。桑原の時は子供が遊びたがっていたとか…。いや、それも意味分からんが、意思を持って桑原に絡んでいたはず。そして仁王の時に至っては、私と仁王が付き合っているという噂が流れ(盛大な勘違い)、そんな私を許せないと思った女子共の訳の分からない呪いじみた儀式で私と仁王が狙われる羽目に。そう、何かしらの明確な意思があったのだ。しかし今回の出来事ではまだ、それが見えてこない。いや、見えないなら見えないでこのまま通り過ぎてくれていいのだが…。とにかくその意思が分かるまでは誰が狙われているのか、私がそれに入っているのか、まったく分からない。あの不可解な音、きっと先ほど見てしまった天井にいたアレが音の出所だろう。その音の後に何かが起こる。きっと窓ガラスもカーテンもアレの仕業。しかし何故、自分のする事を音で知らせようとするのだろうか? まったくもって意味が分からない。まぁ、幽霊と呼ばれる類の考える事等、分かるはずがないのだが……。しかしこれは柳に伝えるべきなんだろうな、そこまで考えた所で廊下が騒がしくなってきたことに気づく。きっと体育館にいた生徒が教室に帰って来たのだろう。自分ではわからなかったが考えている間に、それなりの時間が経っていたらしい。


「早稀ー途中で抜けてったけど大丈夫?」

「あー、大丈夫大丈夫」

「体調悪いんだと思って保健室に鞄を持ってこうかと思ったんだけど、教室にいたんだね」

「うん。気分が悪かったんだけど直ぐに良くなったし、教室で休んでた」


まぁ、あんなのを見た後で気持ち悪いのは本当だし、嘘はついていない。しかし私の言葉に納得したのか心配そうにしていた顔が、とても楽しい、と言わんばかりの笑顔になる。


「ねぇ、ねぇ、早稀。さっきのカーテンが落ちてきた時、まだ体育館にいた?」

「あー…まぁね。すぐ出ちゃったけど。あの後、どうなったの?」

「もうね、凄かったんだよ!」


2人の話によるとカーテンはすぐに教師が回収してしまい、進路の話が再開されてしまったらしい。しかしそんな事があった後だ。数分前と同じように大人しく話を聞いていられるわけがあるまい。流石に堂々と話すわけにもいかないが、近くの友人たちと声を潜めて話す事は止められない。実際に教室に戻って来た周りの人たちは、学校の七不思議やら幽霊の仕業やら、話題が尽きない。まぁ、実際にそんな被害に合っている身としては、まったく笑えない。しかしこの通り、先ほどの出来事は幽霊騒ぎとして広まっているらしい。確かに当事者に近い状況でなければ気になる話題ではあるし、普通に考えて人の気配のなかった場所からレール付きでカーテンが落ちて来るなんて事は有り得ない。しかしここ最近、怪奇現象に酷い目に合わされている私自身からすれば、知らない方が幸せな事もあるよ、と言ってやりたい。それか私以外のやつも全員巻き込んでやりたい。流石に出来ないが。


「けどさ、昨日の窓ガラス事件に続いて、今回のカーテンでしょ? やっぱりこの学校になんか居るんじゃない!?」


ええ、居ますとも。とんでもないヤツが居ますとも。しかし言えない。


「でも窓ガラス割ったり、カーテン落としてみたりする七不思議なんてあったっけ?」

「さぁ? なかったような気もするけど、学校にいるオバケなんて七不思議だけじゃなさそうじゃん?」

「そういえば学校に来るとき窓ガラスの話をしてた時に友達から聞いたんだけど、裏門から帰ると踏切があるじゃん? そこってやけに事故が多いらしくて、しまいには自殺者が多発してるとか」

「それ知ってる。でも実際は本当に事故らしいよ」

「えっ! そうなの!? そこの踏切が廊下から見えるじゃん? だから地縛霊とかそんな感じの幽霊が学校に来たんじゃね? とか話してたんだけど」

「私はそっちから帰るんだけど、確かに死んでる人は多いらしいよ。でも自殺ってのは聞いた事ないけど」

「じゃあ1人か2人はいるんじゃん?」

「それが学校に来て、窓ガラス割ってったって?」

「こわーい! あはははっ!!」


聞いていれば随分といい加減な話だ。なんで学校の窓ガラスを割ってくんだよ。意味分からん。だが確か科学室の女の子は殺されて死んでしまった子だったはず。海から来たらしい女性も事故か自殺。他は知らないけど普通に死んでしまった人よりも、恨みとかそういう重たい感情を持っている人が幽霊になるってイメージがあるのだが、もしかして今回の怪奇現象の原因もそういった類のものなのだろうか? この子たちが言っているように自殺したとか…。そう考えるとさっきの踏切の話だって馬鹿には出来ないかもしれない。実際には自殺じゃなくて事故らしいが、先ほど言っていたように、自殺の1人はいるかもしれない。いや、むしろ事故死という事は自分が望んで死んだわけではないのだから、それこそ恨みとかがあるのでは? それが何らかの形で学校に来てしまったとか? でも私とテニス部にだけ聞こえるあの音の意味が分からないし…。あーまったく分からない。考える仕事は柳が専門だ。全部柳に投げ捨てる事にしよう。そう考えいまだにざわめきの収まらない教室を見渡して目の前にいる友達の輪に入った。








「と、いうわけなんだけど」

「踏切か。確かにそんな噂もあるが、先ほど言っていた通り事故がほとんどだった気がするが。というより事故件数は多いのかもしれないが、それほどまでに多発しているというわけではないぞ。どうやら拡張されて噂が流れたらしいな」


そういって紙を捲る音が携帯越しに聞こえてくる。さっそく夜になると柳から電話がかかって来た。柳の話は私が体験したものと同じで、カーテンが落下してきた後に、あの髪と腕を7人は見ていたらしい。もちろん他の生徒がそんなモノを見たとは聞いていないし、私とテニス部7人だけがたまたま見たというのはありえない。やはり私とテニス部だけに見えて、聞こえているようだ。その後は友達に聞いた通りの話らしい。ちなみにあの髪と腕も天井に吸い込まれるかのように消えてしまったという。なんという恐ろしい話だ。そして私はあの時聞いた話を柳にしているわけなのだが、やはり自殺と言う話は聞いた事がないらしい。しかし、と柳は話し出す。


「学校にいる何か以外の可能性もあるな。前回の海の事もある」

「気づかない間に連れてきた、とか?」

「考えられなくもない。ここ数日間の行動を振り返ってみて何かあるか?」

「…いや、振り返ってって言われても、いつも通りに生活してるだけだし…。何かしたとか、あったとかはないと思うけど」

「些細な事でも何か今回の出来事に関係する事があるかもしれない。あの放課後とジャッカルの出来事は突発的だったとはいえ、それ以外にはそれぞれ前兆や理由があった。それに当てはまるなら、今回の出来事も何かあるはずだ」

「…これ以上被害がなければいいんだけど」


柳は同じ話をあいつ等にもしておこうと言い、溜息をついた。そしてノートらしきものを閉じる音の後に、小さな笑い声が聞こえてきた。


「そういえば柳生が体育館で体調悪そうにしているお前を見たと言っていたが大丈夫か?」

「……あんたそれ、気づいてて言ってるでしょ?」

「もちろん。俺も名前順でいえば後ろ側に座っていたからな。確かに体調悪そうにしていたが、あの音が聞こえてきて逃げようとしていたのだろう?」


そう言ってもう一度笑う柳。ちなみに幸村も最後尾に近かったため、それを見ていたらしい。心配していたぞ、という言葉を聞いて思わず眉間に皺が寄る。まぁ、柳生とか、最初の放課後の時以来合っていない幸村、私が助けたと勘違いしている真田や、桑原なんかは心配する可能性があるかもしれないが、それ以外の丸井、柳、仁王は私が逃げた事に気づいているだろう。私以外にも聞こえてるかもしれないと思って2人の様子を見たのだが、丸井は分かりやすいぐらいに顔に出てたからね。仁王は若干とはいえ引き攣っていたし。


「丸井はお前が逃げた事に気づいていたな。もちろん仁王も」

「別になんて思われようといいし。いつも澄ました顔してる仁王の顔も引き攣ってた。ざまぁみろ」

「仁王の方も、いつも冷静な顔が引き攣っていてざまぁみろと言っていたな」

「………」


黙り込んでしまった私に柳は、同属嫌悪もここまでくると面白いな、と言う。ちっとも面白くない。余計に眉間に皺が寄るのが分かった。そんな私の姿が分かっているのか柳はもう一度笑うと、確認するかのように何か気づいた事があれは直ぐに教えてくれ、と言った。それに返事を返して通話を終える。結局情報交換どころか、碌な情報も得られなかった。そもそも何故私とテニス部にしか見えない、聞こえないのだろうか? 放課後の事件から、今回の事件まで。関わって来たのは私とテニス部。どうして? 明らかにおかしいだろう。今までだってこんなモノを見た事は生まれてこの方、一度もなかった。それはテニス部も同じだと言う。それが今になって急に何故見える? 分からない。それはテニス部だって同じことを考えているだろう。そして柳が調べていないはずがない。それでもこうやって怪奇現象が起こっているという事は、分からないのだろう。柳が分からない事を私が分かるはずがない。しかしとりあえず今は目の前の事を片付けるのが先だ。そこまで考えて携帯に充電器を差し込んで、そのままベッドに仰向けに寝転んだ。そうやって考え込んでいると、いつの間にか眠りに付いてしまっていた。










柳が出張ってますが柳生編です。
(2014/07/04)



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