1/1



あと九十八本...「手」




六時間目の授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。その後はHRで学校の一日は終わりだ。



朝学校に着いて教室に入る。その際、昨日の事を思い出し、教室内に入れようとしていた足を一度止めたが、教室内からかけられる挨拶で普通に入ることが出来た。そのまま自分の席がある、窓際の一番後ろへと向かう。その時視界に窓が映るが何も落ちてきたりは無い。席に着き鞄の中身を取り出し、机の中に入れる。そこで友達が私の席に近づいてきた。いつも通り他愛もない話をする。もちろん誰かが飛び降りたなどの話が出てこないことから、どうやら本当にいつも通りみたいだ。当たり前か。廊下側の一番後ろに視線を向ける。そこには何時も仁王が、その前には丸井が座っているのだがまだいない。まだ登校して来ていないようだ。まぁ、私がこうして普通に登校しているんだから二人どころか、昨日いたレギュラー陣も無事なはずである。

仁王と丸井はHRが始まる直前に登校してきた。二人が入ってきた瞬間に女子が騒ぎ出したことから直ぐに分かる。その際に此方側、というより私の後ろにある窓を見た。その時に目があった丸井はおはようと挨拶してくる。何時もなら窓側と廊下側の端と端にいる、若干距離のあるこの場所で挨拶してくることは無い事から、やっぱり昨日の事は夢ではなかったのだと思い直す。この時点で私の机にいた友達は煩かった。ちなみに仁王は視線をこちらやっただけで直ぐに席に着いた。

その後も特に何事もなくHRから始まり授業が進んでいく。そして今、六時間目の後のHRが終わった。本当に何事もなかった。学校に向かう時に結構な勇気を振り絞ったというのに。まぁ、何事も無くて何よりなんだが。あれは悪い夢だったのだと忘れよう。そう思い、鞄を肩にかける。そこで友達が声をかけてくる。


「早稀ー! 一緒に帰ろう」

「ごめーん。この前の選択授業で借りた本を返して、新しいの借りに行かなきゃいけないんだ。遅くなるし先に帰ってて」

「うわぁー私なんて本借りたまんま家に置いてきちゃった…」

「私もー…」

「貸出期限今日までじゃん。知ーらない」

「冷てぇー! 早稀チャン冷たいよ!!」

「薄情者! 一人だけ期限守るなんて裏切り者だ!」

「忘れてたあんた等が悪い」


そう言うとより一層煩さが増す。返しに行ったときに怒られるー、と騒いでいる。うるさいなー、と思いながら鞄の中に手を入れる。


「とりあえず二人で仲良くこれでも食べながら静かに帰りなさい」

「あー! 新作のティラミス味のポッキーじゃん! 早稀大好きー!!」

「早稀ー好き好きー! 」


そうして二人は本の事などなかったかのようにして二人でポッキーを食べながら帰って行った。ちなみに私の言った静かにという言葉通りに無言でポッキーを貪り合っていた。廊下を歩いていた人たちはそんな二人をみて、もちろんどん引きだ。きっと明日も本を忘れて泣くことになるんだろうな。とりあえず無事に二人を返し、図書室に向かう。図書室の中はとても広く、また、テスト前という事で勉強をしている人たちは多くいる。まずカウンターで借りていた本を返し、次に借りる本を探しに行く。奥に入って行けば行くほど人の姿はなくなっていく。一度立ち止まり目についた本を取り、ぱらぱらと中を確認しては戻していくという作業を続けていく。




「あれ? 朝岡だ」

「丸井? あんた図書室似合わないね」

「馬鹿にしてんのか」



まさか丸井が図書室にいるとは思わなくて本音が出てしまった。丸井とは挨拶をする程度の仲であり、ちゃんとした会話は昨日までないほど。友達は別としてほとんど話した事のない人に対して失礼な事を言わないだけの礼儀はあるつもりだ。だが丸井はクラスでも明るくフレンドリーなため、そんな事を忘れて普通に言葉が出てきてしまうから大変だ。まぁ、嫌そうな顔はしているものの根に持つタイプには見えないし、数秒後には忘れていそうな感じがする。


「選択で使った本を返しに来たんだよぃ。ついでに新しいの借りに来た」

「なんだ一緒か」


そしてもう普通に戻っている。
それにしても私の友達は忘れてたのに、丸井は覚えてたなんて。図書室には結構な人数がいるにも関わらず、とても静かだ。しかし私たちがいるのは奥まった場所のため通常の声量で会話していても聞こえないため、怒られはしない。しかし丸井は一度だけちらりと視線を外した後に先ほどよりも小さい声で話し出す。


「今、昨日のメンバーでテスト勉強してんだ。もう放課後の教室でやるのは勘弁だって話になって、静かに勉強をするって約束で図書室に来てる」

「…」

「この奥だったら多少話してても大丈夫だし…窓もないから」


この奥とは多分机と椅子が何個か置いてある場所だろう。確かに煩そうな丸井や切原がいても多少は大丈夫だと思う。そしてそこは奥まった場所という事もあり、窓がない。きっと私と同じように、相当なトラウマになってるんだろうな。しかし丸井は暗くなった空気を振り払うかのように、明るい声で話し始めた。


「でもさー俺ん家弟がいるんだけど、今日は母さん親戚の家に行ってて俺が迎えに行くから勉強会は不参加なんだよぃ。家帰ったら一人で勉強しなきゃいけねーんだけど面倒だなー」

「一人で勉強とか丸井は向かなそうだよね」

「他の事に気が向いちゃうんだよ。はぁー、さっさと本選んで、弟迎えに行く前に少しでも教科書読んどくか」


そう言って丸井は本棚から目の前にある本を一冊抜いた。


「朝岡どんなの借りる? 選択の時、教室一緒だったしお前も歴史だろぃ?」

「うん。とりあえず教科書とか資料集よりも詳しく年表と説明が載ってるのを借りようかと。後は時代ごとに簡単な説明が載ってるのを」

「これじゃあ一つの時代しか載ってねーな」


丸井は手に取っていた本を閉じて先ほどあった場所に戻そうとする。本が隙間に入る瞬間、白い何かが見えた気がした。丸井も気付いたのか本棚に戻そうとしていた手を止める。何か本の奥に入ってたのか? 丸井は本を掴んでいる手を引こうとした。だが次の瞬間、勢いよく本棚から何かが出てきた。一瞬虫かと思ったが違った。やけに青白い手だ。ソレが丸井の持っている本を掴んだ。丸井が掴んでいるのとは反対側だ。私も丸井も驚いてすぐさま後ろの本棚に後ずさった。その反動で白い手は本から離れるが、それでもゆらゆらと何かを探すかのように揺れ動いている。しかし次の瞬間、


「うわぁっ!!」


丸井はそう叫んで私の腕を掴んだと思ったら、出入り口に向かって走り出した。幸い出入り口付近には人がいなかったため誰にも見られなかった。そのまま廊下を走り、下駄箱に向かう。その走りが普通なのか、全速力なのかは分らないけども、体育でしか運動をしてない帰宅部があんたの走りに付いて行けると思うな! 死ぬ! 願いが通じたのか丸井は、図書室から離れた廊下で足を止める。やばい、苦しい…。


「………」

「ちょっ、あれなんだよぃ! なんでっ! 手!」

「………」

「てか、お前なんでそんなに冷静なわけ!?」

「…全然冷静じゃないけど」


あんたのせいで苦しいんですけど! 帰宅部舐めんな! そう心の中で叫びながら必死に息を整える。 


「あれ、手…だったよな?」

「…うん。本棚から出てきたね。」

「本棚の向こう側に人がいて、驚かそうとしたとか?」

「本の奥は板が貼ってあるんだし、本棚の反対側には同じように本棚があるんだから、無理があると思う…」

「だよな…。でも、あの手、絶対に見間違いじゃねぇ。俺が持ってた本を掴んだし、引っ張られた感覚もあるし」


無言で見つめあう私たち。いや、本当に意味が分からない。丸井の言うとおり誰かが驚かそうとしている方がどんなに良い事か…。昨日に引き続き一体何なんだ。まるで現実感のない白い手を思い出しながら、いつのまにか冷たくなっていた指先を握りしめる。すると丸井が右手に掴んでいる物に目が行く。


「ていうか、その本どうするの?」

「あ? …やべ! つい持ってきちまった!」


丸井は本棚に戻そうとしていた本を持ってきてしまったみたいだ。まぁ、確かにあの状態じゃ仕方ないけども。


「貸出申請してないんだから不味いんじゃない? せめてカウンターに置いてきたら?」

「はぁ? あそこに戻れって言うのかよぃ!?」

「だって図書室から勝手に本を持って行くなんてヤバいでしょ」

「それじゃあ、着いて来てくれ」

「やだ。あんなのが出た所に戻りたくない」

「お前も嫌なんじゃねーか!」

「私は関係ないし。バイバーイ」

「朝岡の薄情者!」


薄情者で結構。そう思いながら下駄箱に向かう。私だってあんなのが出た所に戻りたくないし、関わりたくない。というかいっそ忘れてしまいたい。はぁ…結局私も本、借りられなかったし、明日お菓子で釣って友達に借りて来て貰おうかな。そうしよう。なんて先ほどまでの事を考えないように現実逃避する。上履きから履き替えた後、昇降口を抜ける。すると隣に赤いのが並んだ。


「本はどうしたの?」

「…明日返す」

「図書室にテニス部がいるんでしょ? 電話でも、メールでもして着いて来てもらえば良いじゃん」

「真田が図書室で携帯弄るのを許すわけねぇ。見つかったら説教だろうし。だから誰も携帯なんか見ねぇよぃ」


だから貸出申請してないくせに持って帰っちゃうわけね。ばれて怒られても私は知らない。でもあんなモノともう一度会うぐらいなら先生の説教の方が何倍もましか、なんて思ってしまう。というかそんな事より、昨日より時間が早いために玄関や校門付近にはまだ人がいる。その視線を一身に受ける丸井、と私。ただでさえテニス部のレギュラーは注目の的なのに、それが女と歩いてたら、そりゃあ見られると思う。だが流石に昨日今日話した相手に直接近づかないでと言えるほど失礼な奴でも自意識過剰な奴でもないつもりだし、せめて察して欲しいと思うのはいけない事だろうか。まぁ、丸井はテニス部の中でも一番女子との距離が近いし、たまに他のクラスの子たちに囲まれて帰っている事もあるから即刻いじめの対象になることはないだろう……いや、ないと思いたい。










ヒロインの本性が出てきた
(2013/06/24)



prev - back - next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -