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あと九十九本...「最期」




先ほど上から降ってきた女の子がいない、携帯片手にそう言った幸村に皆、驚きを隠せない。そんなはずない。そう思いながらも今度は持っていた鞄を自分の机に置き、もう一度窓際に向かう。先ほどの悲惨な光景をもう一度見るのかと思うと気が進まないが、幸村の言葉が気になる。それは他の皆も同じなのか窓枠に手をかけ、もう一度身を乗り出し顔を下に向ける。私もそれにならう。しかしいない。本当に誰もいない。先ほどの光景が夢だったのではないかと思わせるくらいに、いつも通りの状態だった。だって確かにこの下で横たわっていた。此処にいる全員が目撃している。私たちがいるのは2階、という事はその上から降ってきたのだからただじゃすまない。一度教室内に体を引っ込めた後、もう一度下を覗くまでほんの一瞬。その一瞬で移動した? あの通常ではありえない方向に曲がっていた手足で? そんなのありえない。すると幸村が呟く。


「さっきと同じだ」

「さっき?」


桑原が聞き返す。もしかして、


「幸村が一番最初に下を覗き込んでた時? その時も今と同じように、下を覗いてたよね」


幸村が私の言葉に頷く。


「俺が朝岡さんを見た時にさっき見た時と同じように、人が落ちて行ったように見えたんだ。一瞬だったし、朝岡さんを見ていたからよくは見えなかったけど、人に見えたんだ」

「…でもいなかったっスよね?」

「今と同じようにね」

「…精市が女子生徒が落下するのを目撃後にその女子生徒は消失、その後俺たちが見ている前で女子生徒が落下、また消失……そんな事、現実では考えられない」


そう言いながらも柳は落下した女の子が実際にいなくなっているのを目撃したために、その顔は困惑で溢れている。そういえば、幸村の様子が可笑しくなった時に聞こえた音。もしかして先ほど女の子が落ちた時に聞こえた音と同じ音? ふとそんな考えに至り、自分で考えてぞっとした。幸村と柳の話と私の聞いた音を合わせると、あの女の子は二回も落ちたことになるのだ。


「携帯もなくなっていますね」

「本当だ。一体どうなってんだ…全員で幻覚でも見たってのかよぃ」


その言葉でまだ下を覗いていた丸井と柳生に視線を向ける。本当に全員で幻覚でも見たのだろうか? そんな馬鹿な。すると視界の上の方から、何か小さいものが下へ下へと落ちて行ったのが見えた。そのすぐ後に何かが割れるような音。静かになる教室内、嫌な予感がする。暑さだけのせいではない汗が、背中を流れる。


「……携帯」


下を覗いていた丸井がぽつりと呟く。誰も口を開かない、いや、開けないのだ。このまま此処に居ちゃいけない気がする。それは下を覗いていた丸井と柳生も同じように感じ取ったのか、乗り出していた上半身を元に戻し、窓から数歩離れた。しかし視線は窓から外れない。私もそうだし、他の皆もだ。このまま窓を見つめていたらいけないって分かっているのに逸らせない。しかし私たちは無理やりにでも視線を逸らし、この教室を出て家に帰るべきだったのだ。今、此処に居る事を後悔する事になる。



ここにいた誰もが想像していただろう。


女の子は私たちが見ている前で落下して行く。


落ちて行くのなんて一瞬、見えるはずがないのに、それでも見てしまった。


女の子は窓を見つめる私たちの方に顔を向けていた。


その顔は、これから死んでしまうかもしれないという状況にはまったく相応しくない、気持ち悪いぐらいの笑顔で、ニタニタと真っ青な私たちを見ていた。


それが女の子の最期の顔。





その後に聞こえる、何かが潰れたような音。一瞬後に響く丸井と切原の叫び声。その叫び声を合図に私たちは一斉に自分たちの荷物を掴み、扉を開けて全速力で教室を出た。ここにいちゃいけない、あれが何か考えるよりもここにいちゃいけないんだ。全員が真っ青になり、震える手足で、それでも一生懸命に走る。帰宅部の私が遅れながら、それでもテニス部に着いていけているのは、たまたま隣にいた桑原が私の腕を掴んで走ってくれているからだ。その後は全員で下駄箱に向かい、急いで校舎を後にした。テスト前で部活がないため校庭には誰もいないし、声も聞こえない。私たちも無言だ。校門に向かうまでに先ほどの女の子が落ちたと思われる場所は通らないのが幸いだった。きっと今振り返れば校舎全体が見えるだろうが、絶対に振り返っちゃいけない気がする。もちろんこんな状態でそんな事をする馬鹿はいない。あの時は一緒に帰りたくないって思ってたのに、今では校舎を出るのがこの大人数で心強いと思えるから不思議だ。門を出ると知らず早足になっていた足も速度を落とす。皆一様に顔色が悪い。当たり前だ。あんなモノを見てしまったのだから。その中で切原が恐る恐るというように、一番最初に口を開いた。


「…あれって、人間じゃないっスよね? ……オバケ?」

「…お化け…かは、分からないとして…そりゃあ何回も何回も落ちてんだ。人じゃねぇ、よな?」

「あれで人間じゃったら驚きぜよ」


切原の言葉に桑原と仁王が答える。


「あんなの人間じゃありえないよね。今までああいった類のものは見たことないから信じがたいけど」


私の意見に皆は同意なのか頷いている。でも本当に今まで一回も幽霊と呼ばれるものなんて見たことはない。先ほどの女の子は絶対に人間じゃないって事は此処に居る全員が思っていると思う。でもだからといって幽霊の存在を信じられるかっていったら難しい。けれどこの目で見てしまったんだ、人間とは言い難いアレを。この手の話を一番信じてなさそうな真田でさえ否定しないのだ。いや、自分の目で見たんだから出来ないのか。


「此処で話していても何も分かる事は無いだろう。もう遅い。とりあえず、家へ帰った方がいいだろう」



どんなに気になっていようと柳の言葉通り、きっと何も分らない。他の皆も気になるようだが柳の言葉に賛成のようだ。とりあえず止まっていた足を再び動かす。多分バス停に向かっているんだろう。そこで丸井は気付いたように私に声をかける。



「朝岡もこの先のバスかよぃ?」

「うん」

「一緒だな。バス降りたら電車?」

「うん。1駅だし、家まで30分ぐらいだから歩けなくもないけど、今日は止めとく」

「俺もその方が良いと思うよ」


どうやら皆この先のバスで駅に向かうようだ。電車に乗った後は私が1番先に降りるらしいのだが、皆ほとんど離れていないみたいだ。すると丸井の隣を歩いていた切原が思い出したようにこちらに顔を向けた。


「そういえば俺先輩の名前聞いてないっス」


確かに。教室にいた時はまさか一緒に帰るとは思っていなかったしね。一応名乗った方がいいのかこれ。


「朝岡早稀。丸井、仁王と同じクラス」

「朝岡先輩っスね! 俺は切原赤也っス」


知ってる。有名だからね。そこからバス停に向かうまで自己紹介が始まった。全員知ってるけど一応聞いておく。でも切原のおかげで先ほどまでの出来事が嘘のように、和やかな空気が流れる。バス停に着くと数分でバスは来た。バスに乗り込むと後ろの方で固まり、席に着く。ぶっちゃけこんなイケメン集団の中に加わるのは気まずいことこの上ないのだが、柳生に此処の席が空いていると手招きされてしまい、離れる瞬間を見失ってしまった。テニス部中心で会話し、たまに話を振られて答える。そんな状態がバスを降りるまで続いた。今この状態で私一人だったらって考えると、先ほどの事を思い出してしまい嫌だけど、この状況も嫌なもんだ。もし立海生に見られたらと思うと恐ろしい。嫉妬の嵐だ。


そんな他愛もない話をしている内に駅前のバス停に着く。順番にバスを降り、駅の中に入っていく。改札を抜けホームに着くとこれまた丁度電車がホームに入ってくる。流石に電車の中は私たちと同じように学校帰りの生徒や会社帰りのサラリーマン・OLがいるため座ることはできない。だが皆下車駅は直ぐということで乗ってきたのとは反対のドアに立つ。うわぁ、女の子の視線が半端ない。ていうかOLさんまで見てるし、マジで早く降りたい。立海生がいないのが救いか。そう思いながら聞こえないように小さく溜め息をつく。


「朝岡さんは次だったよね。駅から家は近いのかい?」

「10分もかからないよ」

「なるべく明るい所を通って帰るんだよ」

「ありがとう。幸村たちも気を付けて帰ってね」


何に、とは言わない。まぁ、あれは学校にいたわけだし大丈夫だと思うが、あんなのを見た後だから不安にもなる。だからこそ幸村も明るい所をって言ったのだろう。しかし初めて話した私にもこんな気遣いが出来るなんて、そりゃあモテるわけだわ。1駅という事で直ぐに下車駅に着く。そしてそれじゃあと声をかけて電車から降りた。直ぐに改札を出る。そこで鞄から音楽プレーヤーを取り出し、イヤホンを耳にはめる。プレーヤーを操作してなるべく明るい曲を流した。そこからは明るい道を通り、家に向かっていく。

なんでもないようにしていたけど普通に怖い。ぶっちゃけあれがなんだったのかも分からないし、通常では幽霊と呼ばれるものに入るのだとは思う。それでも見たのは初めてだし、立海であんなのが出るなんて、今まで聞いたことない。学校にいたんだからこんな所で出るわけないと思っていても、もしかしたらと思ってしまう。もしかしたらあの曲がり角からあの女の子が出て来るかもしれない、電柱の陰で覗いているかもしれない、そんなことばかりが浮かんでは消える。バスの中や、電車の中であの女の子の話をしなくて良かった。一人になった時の事を考えて皆、無意識にその話を避けていたのかもしれない。しかし実際に一人になると怖い。とてつもなく怖い。




しかしそんな私の心配は所詮心配だけで終わり、家に着いてから次の日の朝起きても何も起こることはなかった。










無理やり感が…。
(2013/06/24)



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