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あと七十三本...「カーン、カーン」




1番後ろの窓際の席から、視線だけで教室内を見渡す。教師の話を真面目に聞いている者、色とりどりのペンを使って内職をする者、机の下で携帯を弄る者、机に伏せて夢の世界に旅立つ者、様々だ。しかし皆いつもより一様にだらけているように見えるのは、昨日から降り続いている雨のせいだろうか。決して風が吹きすさむ中、その水滴を強く地面に叩き付けている訳ではない。霧雨とまではいかないが、小さい雨粒が静かにしとしと降り続ける。まだ4時間目だと言うのに空には黒い雲がかかり、とても薄暗い。こんな天気ではやる気も起きないというものだ。私は小さな溜息をつくと、左手で肘をつきその手のひらに顎を乗せた。そのまま右に傾いた状態で、銀髪と赤髪を視界に入れた。


2日前、仁王と共にパソコンルームで大変な目にあった出来事を思い出す。それは私とあいつ等が紛れもなく、何かに巻き込まれているという事を裏付ける結果になった。放課後の女の子、丸井、真田、桑原、仁王、そして科学室の女の子の言葉。偶然では片付けられない事実。あの女の子は言った。助けるのは今回だけ、確かにそう言った。それは今後も何かが起こると言っているようなものではないか? 私は机の上に投げ出してあった右手を、ぎゅっと握りしめる。もちろん私1人で考えていても分かるものでもないし、あの後に柳に報告した。パソコンルームにいる間、襲われなかった理由も含めて。柳は真田や丸井に聞いていていたのか、科学室の女の子については直ぐに理解してくれてた。しかし女の子の言葉を直接聞いた私と同じく、要領を得ない意味深な言葉には柳もお手上げだった。そもそも柳は最初の放課後の女の子以来、何も見ていないと言う。私とテニス部が体験した怪奇現象だって、ただの現象(被害はありまくりだが)であって、この怪奇現象が起きている原因を突き止めるに至る情報は無い。唯一あるとすれば、科学室の女の子のみ。このまま今後何も起こらない事を願うか、テニス部が何かしらの情報を見つけてくれるのを待つしかないのだ。もちろん自分で見つける気はない。そんな事をして、自分から怪奇現象に合いに行ってしまったら大変だ。とにかくそんな感じで前に進むどころか、1歩も動けない状態だ。私は机に伏せている銀髪と、肘を突きながらぼーっとしている赤髪から視線を外し、今度は大きい溜息をついたのだった。








放課後。何も用事がないため、友達2人と一緒に下駄箱へと向かう。その途中、女子たちの視線を若干感じながらも、あえて気づかないふりをしながら通り過ぎる。心の中では冷や汗を流しながらも、表には出さない。湿気のせいでなんとなくべたついているように感じる廊下を不快に感じながらも歩いていると、両側にいた友達が同時に声を上げる。必然的に自分の足元に向けていた視線を上にあげると、反対側から柳生と真田が歩いて来るのが見えた。一瞬だけ視線が絡んだような気がするが、それだけだ。確かに多少なりとも関わりがあるとはいえ、そこはちゃんと自分たちの影響力を考えられる2人だ。何事もなかったかのように振る舞う。


「柳生くんと真田くんだ」

「1日の終わりに会えるなんて」


両側から小さい声でそう呟くのが聞こえた。そして異様に周りから見られているのを感じる。それはそうだろう。今もっともテニス部関係で噂のある人物と、その中心人物でないとはいえ、当たらずも遠からず、といったところか。そんな私たちを見ているのだろう。だが、お互いによく分からない現象に悩まされているとはいえ、基本的に関わり合いのない者たちだ。もちろん向こうの2人も私と仁王の噂を知っているだろうし、礼儀とかにはうるさそうだが、ここで挨拶をしてくるなんて真似は犯さないだろう。そのまま私の想像通りすれ違う。周りで見たいた女子たちもそれだけ見て満足したのか、視線は今通り過ぎた背後にいるであろう2人に向けられる。


「かっこいー!」

「今から部活に行くのかな?」

「もう引退してるけど、まだみんなのテニスが見られるなんて幸せ」


そんな声が周りから聞こえてくる。確かに幸村筆頭のテニス部レギュラーたちは、夏の全国大会後に引退している。しかし卒業後も高校に持ち上がりで入学し、その後もテニス部に入部する事を決めている元レギュラーたちは、後輩指導として今もなお部活に参加している。もちろん部長も副部長も新レギュラーも決まっているそうだが、その事もあっていまだに実感が湧かないのか、元レギュラーは今もレギュラーと呼ばれている。まったくもって中学生とは思えない人気ぶりである。私はそんな事を考えながら、まだ見たりないのかちらちらと後ろを振り返りながら歩く両側に目を向けて、深い溜息をついた。しかし次の瞬間、



「!」



あまりの寒気に一瞬、呼吸の仕方を忘れる。一瞬、本当に一瞬だったが、背中に氷を入れられたかのような感覚が走った。突然の出来事に思わず足を止めてしまう。そしてゆっくりと息を吸い込んで吐いた。なんだ、今の…今の、感覚。なんだか、とてつもなく嫌な感じがする。


「ん? 早稀?」

「どした? 忘れ物?」

「!」


いきなり立ち止まった私に、少しだけ先の位置にいる友達が振り返って声をかける。その顔はとても不思議そうだ。分かってはいたが、先ほどの感覚は私だけだったのだろう。忘れ物なら戻ろうか? という友達の言葉に私は首を振り、足を踏み出した。駄目だ。帰らなきゃ。気のせいだ、気のせい。ただの勘違い。だから、だから帰ろう。帰るんだ。私はそれだけをぐるぐると考えながら、足を進める。しかしそこで、何かに気づく。



「!」



今度は足を止めなかった。なんだ? 何か聞こえてくる。遠くの方で、響くかのように。その音が普通の音でない事は分かった。何故かは分からないが、それが私にしか聞こえないのでは、と感じた。しかしその自分の考えに、気持ち悪さも感じた。なんだそれ。自分にしか聞こえないって。私は自分にしか持っていない特殊な力とか、何かを見る力があるとか、そんな事を妄想する、妄想癖はない。それでもそんな事を考えてしまう自分が気持ち悪くて、怖くて。



「!」



音が大きくなった。何か、金属音が響くかのように聞こえてくる。カーン、カーンと。その音は次第に大きくなっていく。カーン、カーン。どこだ? どこから聞こえてくる? いや、そんな事、考えてはいけない。知らない。どうでもいい。とにかく、この場から離れなくては。しかしそんないつもの様子と違う私に、両隣にいる友達は不審げに声をかける。


「早稀? 早稀ちゃーん?」

「そんなに急いでどうし、」


友達の声が途切れる。いや、何かが割れるような音と、その一瞬後に続く悲鳴がそれを掻き消していた。私は、というより、両隣にいた友達も、私たちと同じように下駄箱に向かっていたであろう目の前を歩いていた人たちも、全てが振り返る。振り返った先には、先ほどすれ違った柳生と真田が私たちと同じように、こちら側を振り返っている。距離は遠く、顔色までは窺がえないが、その顔は驚きに染まっているのだけは分かった。なんせ2人の振り返ったその先、1メートルも離れていない位置で、廊下の窓ガラスが3枚も割れていたのだから。


砕け散った硝子の破片が、廊下一面に敷き詰められている。硝子のなくなったただの窓枠からは、先ほど見た時よりも大粒になっている雨が降り注ぐ。今にも騒ぎ出してもおかしくない状況なのに、その時この階にいる私たちは、数十秒後に現れる教師の声が響き渡るまで、一歩も動くどころか、声さえも出すことが出来なかった。










柳生編スタート
(2014/06/02)



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