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あと七十四本...「いつまでもあなたを見てるわ」




私はパソコンルームを出て1番近い階段を通り過ぎ、中央にある階段になるべく早足で向かった。ちょうど階段に足をかけた所で背後から騒がしい足音と声が聞こえてくる。テニス部だろう。あのまま向こう側の階段を使っていたならば、鉢合わせていた。そんな事態にならなかった事にほぅ、と一息ついた所で昇降口に向かうため足を進める。しかし2年生の階に辿り着き、3年生の階に向かう所で腕を組み壁に体を預けている人物を見つける。私はこんな所にこんな予想外の人物がいる事に驚き、目を見開く。


「柳…」


そう柳が階段を下りてくる私を見上げ立っている。柳は先ほど聞こえた声の集団の中にいたはずだ。それが何故、今此処に居る? しかしそんな困惑で一杯の私をよそに、柳はその口元に笑みを浮べる。


「朝岡がこの階段を使って帰宅する確率91%」

「…残りの9%は?」

「こちらの階段を使おうとするが、精市たちと鉢合わせてパソコンルームに逆戻り、だな」

「……結局こっちの階段使う事は、ばれてんのね…」


そう呟き嫌な顔をした私を見つめ、柳は手元のノートに何事か書き込んでいく。…何だ、あのノートは? というか最初にあった時と、電話で柳と多少話した時も思ったが、そんな事も確率で分かるのか、と溜息をつく。どうやら私がテニス部を避けて、こちらの階段を使う事は柳には手に取るように分かる事だったらしい。先回りをして、逃げ道を塞がれていた。柳はそんな私を満足気に見る。その顔は綺麗で整った顔をしている。どんな表情をしても様になるんだろうな、そう感じた。そんなやり取りの後、柳は今回の海の噂の真相について話に来た、と言う。


どうやら仁王が部活を抜けて校舎内に入り私と逃げ隠れていた頃、その少し後に仁王がいない事に気づいたらしい。いつもの仁王ならたまに部活を抜ける事はあれど、言い訳できるレベルのサボりらしい。しかし今回に限って戻ってこない。部室には荷物もある。だが携帯は通じない。そこで柳と柳生が1つの可能性に気づく。今回の女性だ。もしかしたら仁王のもとにその女性が現れたのではないだろうか? それならば##NAME1##にも何か起きている可能性もある。仁王と連絡を取れない代わりに、一か八かで私に連絡しようとしたらしい。そこで私がパソコンルームで必死に打ったメールに気づいたのだと言う。


「しかし、お前にいくら電話をしても繋がらなかった」

「いつのまにか圏外になってたんだよ」


そう言って私は柳とは反対側の壁に寄りかかる。すると柳はその言葉を聞いてほう、と少し考えるような仕草をしてからノートにペンを走らせた。圏外になってしまった原因でも考えているのだろうか。しかしすぐに続きを話し始める。


その後レギュラーはメールに書かれているパソコンルームに向かおうとしたらしい。だがパソコンルームに向かってどうする? その女性と鉢合わせたら?  それ以前に第3者が介入した事によって、それが原因で仁王や私に危害が加えられたら、と考えたらしい。それは丸井と真田、桑原が良く知っている。しかしだからといって見捨てるなんて事、するわけがない。そこで柳が1つ提案をする。1日かけて調べ上げた海の噂の対処法を試す事だ。ここでパソコンルームに向かいどうなるか分からない賭けに出るか、確実と言えるか分からない対処法を試してみるか。迷っている時間は無い。今この時、その女性はパソコンルームに向かっているかもしれない。


「それで結局、試してみる事にしたんだ?」

「ああ。助かる方法はどちらも低いが、試してみる価値はある」

「…柳にもどうなるか、分からなかったんだ」

「俺にだって分からない事もある。それがこのような怪奇現象ともなればな」


そう言って柳は短く息を吐く。そりゃそうだ。死んでる人間に生きてる人間の考えが、簡単に通用するとは思えない。だからこんな大事になったんだろうし、これから起こる事に怯えるのだろう。


「で、対処法って何だったわけ?」

「その前に最近、身の回りで無くなった物はないか、とメールで確認したな?」


私は柳の問いに頷く。確かに昼休み、柳から先ほどの問いをメールでされた。私は視線を彷徨わせて考えると1つだけ該当する物があった。キーホルダー。仁王(に変装した柳生)に拾ってもらった物だ。それがまたいつの間にか無くなっていた。しかし1度落とした物であるし、金具が弱くなっていたのだろうと諦めたのだ。しかしメールを見た時も思ったが、それが一体何なのだ。そのキーホルダーと今回の事件に何の関係がある? すると柳は仁王もノート提出以降、ノートが返って来ないらしい、と言った。私は柳の顔を見つめて黙る。私と仁王の私物が無くなった。それを今柳が確認するという事は、何かが関係しているのだろう。私は大人しく話の続きを待つ。


「その海の噂のお願い、とやらのやり方は覚えているか?」

「…友達も詳しい事は分からないらしくて曖昧だけど、蝋燭と黒い紐が必要、とか…。それで紐に結び目を作って、なんか海で呪文を唱えるんだったけ…。」

「そうだ。そして排除したい者の私物を海に流されないように隠す。するとその持ち主を排除出来る、というものだ」


というか私でさえ曖昧な手順を、こいつは1日で完璧に調べたのか。その事に驚きを覚える。そんな私に柳は続ける。だからその私物を回収してしまえば、手順通りでなくなるわけだから効力もなくなるだろう、とそう思ったそうだ。ここから海までは近い。確かに1時間30分もあれば余裕で戻って来れる。というか有り余る。どうやら残りの時間、ミーティングと言って3年元レギュラー全員で抜け出し、本当に海に行ってきたらしい。もちろんそれなりの広さはあるし、だからこそそれだけの時間がかかってしまったと言う。しかし引っかかる事が1つある。


「…え、待って、排除したい人の私物をって……、仁王のノートも無くなってた、って言ったよね?」


私の言葉に柳は頷く。私はまさか、と思った。


「ああ、言った。そして紐に括り付けてあったビニール袋の中にあったよ。朝岡、お前のキーホルダーと、仁王のノートが」

「っ! どういう事? 女子たちが手順を間違えた、って事?」

「分からない。分からないが仁王まで狙われたのは、これが原因だろう」


柳は短く溜息をついた。 意味が分からない。自分で言っといてなんだが、仁王大好きなあいつらが、こんな大事な手順を間違えるか? しかしそれなら私と仁王の2人が狙われた理由も解る。そして袋の中には使用済みの蝋燭と結び目が何個もある黒い紐も見つかったという。私はそんな異様な中身を想像して、寒気を覚えた。もちろんそれらは全て処分したそうだ。申し訳ないがあのキーホルダーも処分させてもらった、と言う。確かに友達が付けたものだが、それを知らない女子たちの手によってそんな事に使われていたなんて気持ちのいいものじゃない。処分してもらった方がありがたい。そう思いながらも柳から出て来る言葉の数々に、動揺を隠せない。しかしそんな私に柳は、追い打ちをかけるかのように続ける。……本人たちにそんな自覚はないだろうが、これは一種の呪い、ではないかと。


「…呪い……」

「怪奇現象は科学で証明出来るものが数多くある。だが1ヵ月ほど前から続いているこの怪奇現象は? 俺にはどんなに計算しても、情報を集めてみても、証明出来そうにない」

「………」

「呪い、だなんてそんな不確かな言葉で片付けるつもりもなかったさ。しかし今回のこの事件、呪いと言わずして何と言う? お願いだなんて可愛らしい物に見えるか?」

「…見えない、ね」


私も混乱しているが、柳も相当混乱しているらしい。そりゃそうだろう。確かに呪い殺してやる、とかそういう言葉を冗談で使う人もいるだろう。だが実際にそんな事を出来ると思う人がどこにいる? それ以前に少し前まで幽霊すら信じていなかった人間が。本人たちにとっては本当に神頼み、みたいなものだったのだろう。それぐらい私の存在が疎ましかった。しかし自分の代わりに違う何かの媒体で、他人を害そうとしたのだ。本人たちだってこんな事になっているとは、予想もしていないだろう。だが確かにお願いなんて可愛らしい物じゃないな、と柳の言葉に納得する。呪い、言われてみればその言葉が1番しっくりくるかもしれない。それでも自分が呪いの対象になっていたなんて、と愕然とする。全然現実味が湧かないのに、心臓だけがやけに大きく脈打っているように感じた。柳は、それだけ昔から女の嫉妬というものはあったのだろう、と続ける。








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