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あと七十六本...「水たまり」





「………は?」


私はその突然すぎる言葉に唖然とした。それ以外に言葉が出てこない。というか、先ほどまで普通に(かは、分らないが)会話していたはず。それが、いきなり、なに? 仁王の私を見つめる目は、無機質であり、それとは反対に憎悪のような、怖いぐらいの感情が込められているようにも感じる。私はそんな仁王を見つめる事しか出来ない。


「お前さんだけ、死んでくれれば良かったのにのう」

「………」

「まったくもって邪魔じゃ」

「………」

「なんでこんなやつが……」


そう言ってため息をつく仁王。開いた口が塞がらない。確かに仁王は女が嫌いで、だからこそこんな言動も頷ける。しかし今まではごく普通だった。会話も成り立っていたし、暴言もなかった。それが死んでくれれば良かった? あまりの豹変振りに、何かを言い返す事も出来ない。確かに馴れ合う会話などはしてこなかったが、ここまで酷くもなかったはずだ。今までの仁王と、今の仁王。この違いはなんだ。そんな困惑した表情の私を見て、仁王は口を開く。


「…仲間が信用したやつを無視はせんよ、そう保健室で会った時に言ったな」

「………」

「無視はせんよ。そんで信用もせん」

「………」

「それ以前に、お前さんが嫌いで仕方なか」

「………」


それは、今までの私への接し方は嘘だった、という事だろうか? 周りの女子ほどは嫌われていないのかもしれない、と思っていたがどうやらそれも全て嘘みたいだ。詐欺師仁王。私でも知っているその呼び名。どうやら私は他の女子同様、相当仁王に嫌われているらしい。


「…あんたが女に冷たいのは皆知ってる事なんだし、嫌いなら嫌いで最初から、他の女子と同じように接すれば良かったじゃん」


その一言に尽きる。別に丸井やらが私を信用していようと、他の奴まで信用することは無い。嫌いなら嫌いで、相応の態度を取ればいい。確かにこんな状況になってしまった手前、仁王と険悪な雰囲気なのは困る事になるのかもしれないが、それはそれで私と仁王が適度な距離を保っていればあの女性は今後手を出してこなかったかもしれない。その間に対策なり何でも考えればいい。それなのにわざわざこんな回りくどい事を。しかしどうやらその考えも違っていたらしい。


「…確かに女は嫌いじゃ。それ以上にお前さんが鬱陶しくてたまらん」

「………は?」


私が鬱陶しい? 


「……あんたに媚を売った覚えもなければ、あんたに鬱陶しく話しかけた記憶もないんですけど」


私は怒りによって低くなった声でそう返す。は? 仁王が私に鬱陶しいって? 意味分からん。こっちはあんたのファンに巻き込まれてこんな事になってんだよ。そりゃあ確かに仁王のファンだからって、仁王のせいな訳じゃない。それは分かってる。だけどその女たちよりも私が鬱陶しいって? 私は仁王を睨みつける。しかしそれに対して仁王も負けじと私を睨みつけてくる。


「お前さんの存在が邪魔なんじゃよ」

「だから何で仁王にそんな事言われなきゃいけないわけ?」

「嫌だ、何だと言いながら人の作り上げたもんをぐちゃぐちゃにしていく、お前さんに腹が立つんじゃ」

「…意味分かんねぇよ」

「無自覚がさらに腹が立つ」

「私は今、お前の存在に腹が立つ」


お互いに睨み合う。仁王の言っている事は、先ほどの私の説明と同じで要領を得ない。そんな理不尽な怒りに、私も更に怒りが湧いてくる。何でここまで言われなきゃいけない。仁王と関わったのだって、怪奇現象で仕方なくだ。お互いに他意はない。それなのに何故ここまで怒りをぶつけられないといけない? そんな仁王は静かに口を開く。 


「……レギュラーは今、お前さんの話で持ち切りじゃよ。何か起こってもお前さんが助けてくれるらしい。偉いのぉー」


そういって馬鹿にしたように鼻で笑う。また怒りが増す。


「最初に丸井から聞いたお前さんは、随分な面倒くさがりのイメージだった。それが真田、ジャッカルと順調に株を上げていってる。レギュラー全制覇でもするつもりかの?」

「…するわけねぇだろ。ていうか助けたつもりもなければ、株なんて知ったこっちゃないんだけど」

「それでもレギュラーの中で、お前さんの株は上がっとるんじゃよ」


そう侮蔑の表情を浮かべる仁王。それこそ知ったこっちゃない。テニス部の奴らを助けるつもりで動いた事なんて、1度もない。全て自分のため。しかし、それさえも仁王は腹が立つ、と言う。知らない。私は知らない。仁王にこんなに恨まれなければいけない理由など知らない。私は怒りに任せてぶん殴りたくなる衝動を抑えながら、静かに息を吐いた。ここでお互いにキレてたら話にならない。それ以前にこの状況こそが危険なのだ。私だけでも冷静にならなければ、と自分に無理やり言い聞かせる。


「それで? 株が上がったから腹が立つって? それがテニス部に媚を売ってるんじゃないかって? それこそいい迷惑なんですけど。むしろこっちは今回みたいに変な噂が立てられて、嫌がらせの標的になりたくなかったから避けてた側だよ」

「……いっそ誰かに媚売ってくれた方が良かったぜよ…」

「は?」


何言ってるんだこいつ。媚売ってる女が嫌いなんだろ? それなのに、そうしてくれた方が良かった? まったくもってこいつが何を言いたいのか分からない。しかし1つだけ分かるのは、私の事を心底嫌っているという事だ。私を見つめるその視線は蔑みや侮蔑、恨みの悪が最大まで込められている。ここまでの表情を私がさせた? 知らない。そんな事は知らない。頭の中がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたかのように混乱している。あの女性に追い詰められているという状況と、この緊迫した状況。恐怖感と緊張感が最大限まで高められる。


「…幸村がお前さんに、何度も仲間を助けてくれた礼を言いたいそうじゃ」

「…え」

「真田がお前さんに心底感謝しとった」

「………」

「柳が今までの話を聞いて、お前さんの観察眼を褒めとった」

「………」

「……他の奴らもお前さんに頼り始める。………そうやって俺だけの居場所がなくなるんじゃ」

「…え、居場所…?」


居場所とは、何だ? テニス部に巻き込まれ自分を助ける事が皮肉なことに、テニス部を助ける事になっている。しかしこうも何度も続けば、私がテニス部を助ける事がテニス部の中では周知の事実になってきているらしい。もちろん私はそんなつもりもなければ、自分が助かるのならテニス部どころか他の人も見捨てるだろう。しかし仁王にとっては私のこの行動こそが問題らしい。


「今は、まだいい。だがお前さんがテニス部に受け入れられて、その後は? 他にもお前さんみたいな奴が現れて、テニス部に入り込んできおったら? あいつ等に、テニス以上に大切なもんが出来たら? 俺はあいつ等の仲間としてじゃなけりゃ、立っておれん。あいつ等に忘れられたら、俺はどうやって生きてけばいいんじゃ?」

「…は? あんた、何、言ってんの…?」

「俺にとっての大切なもんはあいつ等。あいつ等がおらんのなら、大好きなテニスも投げ出しておった。そのあいつ等に、テニスとテニス部以外の大切な奴が出来たら?」

「…そんなの、いつかは出来るもんじゃん」

「それでもまだ先のはずじゃった。来年こそは全国大会優勝、その後は赤也の入学を待って、このメンバーで全国大会3連覇。それまでは、それまでは俺たちだけでいられるはずだった。それなのに、お前さんが割り込んできたんじゃ…」

「!」


今まで静かに話していた仁王の目が更に怒りで燃える。私は予想もしていなかった仁王の話に唖然とし、何と答えていいのかも分からずに困惑する事しか出来なかった。そして仁王の言葉1つ1つに寒気を覚える。


「これ以上お前さんに入ってきて欲しくなかったから、俺がお前さんと直接連絡を取り合っとったんじゃ。それなのに次は柳。どこまでお前さんは俺の邪魔をすれば気が済むんじゃ」

「私はあんた等テニス部に関わりたいとも、邪魔をしたいとも思った事はないんですけど」

「それでも嫌々言いながら、テニス部に関わっとる」

「お前等が私に関わって来てんだろ。だったら私を巻き込まないでそっちで解決しろよ」

「だったらもっと付き離せば良かろ」

「自分の命が懸かってなかったらそうしてるよ」

「ならお前さんだけ死んでくれんかの」


私にありったけの恨みを込めながらそう言った仁王。私は仁王のその言葉に自分だけは冷静でいよう、という考えが吹っ飛んだ。ぎゅっ、と両手を握りしめて、仁王を睨みつける。そして怒りを絞り出すかのように低い声が出た。


「お前等が死ねよ!」

「殺すぞ!」


仁王は私のその発言に、睨み以外は表面上冷静を取り繕っていたその顔を、激しい怒りにかえ、自分が寄りかかっていた机の内部に拳を叩き付けた。今にもこちらに殴りかかってきそうだ。しかし、こちらも負けじと見返す。仁王にとってテニス部はよっぽど大切なものなのだろう。しかしだからといって、私自身が死ねと言われるのは納得いかない。あんたにそんな事言われる筋合いはない。


「じゃあ他の奴等の代わりに、お前が死ね!」

「お前さんが死んでくれるんなら、死んでやるぜよ!」

「そもそもずっと一緒なんて無理な話じゃん! それを何でそこまでして、あいつ等と一緒にいたいんだよ!」

「お前さんなんかには言いたくなか!」

「言えねぇのに突っかかってくんな!」

「お前さんは黙ってテニス部から離れれば良か!」

「だーかーらー、私は元から関わりたくないんだよっ!」


はぁ、はぁ、とお互いに肩で息をする。騒ぎ過ぎてきつい。仁王とは関わりがほんどなかったため当たり前だが、ここまで声を荒げているのを始めて見た。まぁ、私も滅多にこんな言い合いなどしないのだが。しかしお互いに怒りぶつけ合ったせいか、少しだけ頭の中が冷静になったような気がする。この状況で言い合いをしている自分の根性に呆れ返った。私はいつの間にか仁王と向き合っていた体を元に戻す。仁王も我に返ったのか、静かに私の隣へと腰を落とした。はぁー、と深い溜息をつく。


「…分かった。あんたがそこまであいつ等に執着する理由は聞かない。とりあえずあんたは私がテニス部に関わるのが許せない。テニス部の絆に私がずかずか入り込むのが許せない。でも私1人が関わったからってテニス部に何か影響があるわけ? 今だってテニス部は私に恩を感じてても、所詮それだけでしょ? そんなんであんた等の中に入れるとは思えないよ」


私1人の行動で何か変わるわけでもない、私はそう言う。それを仁王は俯きながら聞く。その表情は顔にかかっている髪と、薄暗い事もあって窺がえない。


「………言ったじゃろ。お前さんの次に同じような奴がいたらって。……テニス部には俺みたく女全員嫌いな奴と、1部の女子に不信感を持っとる奴がいる。それがお前さんのせいで多少なりとも薄れて来とるんじゃよ」

「…私はそんな大層な事をした覚えはないけど」

「丸井。あいつは馬鹿で何も考えてなさそうに見えて、よく見とる。お前さんが少しでもミーハーな所を隠しとったなら、あいつはへらへら笑って誰にも不信感なんて見せる事なく、お前さんから離れとったじゃろうな」

「………」

「それがお前さんに連絡先を教えたじゃと?」

「それは変な怪奇現象が起こって仕方なく、」

「それでもいまだに連絡が取り合える環境におるんじゃろ?」

「………」








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