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あと七十七本...「パソコン」





「、ぅあ……っ、……………」


右側だけ陥没している頭を此方に向け、睨む女。その体は何故だか全身水濡れだ。いや、こんな女が私の部屋にいる事自体、何故だと問いたい。私はただただこの女と距離を取りたくて後ろに下がろうと足を引こうとするのだが、まったく動かない。これはこの女の力だろうか? それともあまりの恐怖に体が付いて行かないのだろうか? 頭の中でそんな事を考える。考えながらもその視線は、女から離さない。水濡れのその女も、一心に私を睨み続ける。長い髪の先や服から水が滴り落ちる。ぽたり、と垂れては私の布団に染みを作っていく。その間、お互いに動かない。女は何をするでもなく私を睨むのだ。ただ無言で、静かに時間が流れていく。それがとてつもなく恐ろしく感じる。何をしたいのか解らない。何をしてくるのか解らない。今、何を考えているのか解らない。その頭の中では私をどうやって殺そうか、とでも考えているのだろうか。解らない、わからない、わからない、わからないわからないわからない。誰か、誰でもいいから助けてくれ! 死にたくない! そうなんども頭の中で叫んでいた次の瞬間、手元にあった携帯が震え、この場に似つかわしくない軽快な音楽が流れ始める。


「ひっ!」


私は突然の出来事に驚き、携帯を床に投げつけてしまう。咄嗟にそちらを見ると、床に投げ捨てられた携帯画面には知らない番号。いつのまにか先ほどの通話は切られていたらしい。しかし次の瞬間にはっ、と息を飲みこみ先ほどまで女が立っていたベッドの上に視線を戻す。しかしそこには先ほどまで自分を睨んでいたはずの女はいなくなっていた。え、と声に出して大きくはない自分の部屋を見渡す。しかしそこにはいつも通りの自分の部屋が広がっているだけで、少し前までの異様な光景は見る影もない。私はそこに立ち尽くした。携帯はいまだに鳴り続けている。しかしそれに出る気力もない。胸元のシャツをぎゅっ、と握りしめる。その下で心臓がどくんどくん、と大きく鳴っているのが自分でも感じられる。深呼吸をしたいのに、浅い呼吸を繰り返すだけで自分の思うように体が動かせない。私はそのまま体の力が抜けて座り込んでしまうまで、呆然としている事しか出来なかった。


するとなんだか違和感を感じる。いつもの自分の部屋で、もうあの女もいないのにだ。なんだろう、そう思いながら先ほどまで女がいた自分のベッドへと目を向ける。そこには保健室の時と同じで、女が残していったはずの水はなかった。


「また、なくなってる…」


私は恐る恐るそこに指を這わした。水に濡れた感触もなければ、染みすら見当たらない。そこである事に気づいて、視線を上げる。なんだ、これは?


「…海……潮、磯…?」


自分の部屋から普段は絶対にしない、海のにおいがするのだ。確かに都心にくらべれば、海までそう遠くはない距離なのかもしれないが自分の部屋でこのにおいを嗅いだ事はなかった。それが何故? いや、先ほどまで水濡れの女がいた事から、このにおいは女が残していったものだろう。という事はあの水は、海水? 頭が陥没していた。もしかして海で亡くなった女なのだろうか。しかしそれこそそんな女がどうして私(仁王も)を狙うのだ。やっぱり振り出しに戻ってしまうのだ。私は先ほどまで鳴り続けていた携帯を、床から拾い上げる。もう、電話を取る勇気も、かける勇気もない。メールでこの事を伝えよう。そうしたら仁王から柳へと、話が回るだろう。柳なら近くの海で亡くなった女の噂ぐらい知っているかもしれない。その女が私たちとどう関係してくるのかは解らないが、それでも………、


「………海の、うわさ…?」


待て、私は最近、海に関する噂を聞かなかったか? あまりにも私には関係ない、突拍子もない話でちゃんと聞いてはいなかったが、確かに聞いた。休み時間に友達と話していた他愛もない話。友達はなんと言っていた? 





ねぇ、ねぇ、知ってる? 


好きな人に自分とは違う好きな人がいたとして、どうしても自分に振り向いてほしい時に海でお願いをするの


コレをやればきっと来てくれる


邪魔な人間を排除して、自分とその人を結ばせに来てくれる


でもね、男子には絶対に秘密


約束を破ったら海から来たそいつに殺されちゃうよ





確か、そう言ってはいなかったか?  海でお願いをする? きっと来てくれる? 邪魔な人間を排除? 秘密? ………海から来たそいつに、殺される…? 思わず口元に笑みが浮かんだ。口からは、ははっ、と乾いた笑いがこぼれる。


「…なんだ、それ………」


何だそれ、何だそれ何だそれ何なんだ! 私と仁王が付き合っている、という噂が流れて、女たちが嫉妬して、私を恨んで……それで女たちが私にその海の女を呼んだ? そんな、そんなくだらない事のために私はこんな恐怖を味わったのか。ふざけんな! 私は両手で頭を抱え込み、ベッドに突っ伏した。どうしようもなく泣きたくなった。それでもどうしようもない怒りのせいか、意地か、どちらか解らないが涙は出てこなかった。冷静になろう、とゆっくりと深呼吸する。何度も繰り返していると、少しだけ頭の中がクリアになった気がする。ちゃんと、ちゃんと順を追って考えよう。


友達が話していた噂話。要約すると嫉妬した女が怒りにまかせて海からナニかしらを呼び出してその女を排除し、自分と相手をくっつける、そういう話で合っているだろうか。今の自分の状況は? 仁王と私の噂が流れる、女たち嫉妬、丸井たちが鏡に映った私と仁王の背後に女性を目撃、保健室に女性が出現、その後先ほどまでその女性がいた。しかもその女は水濡れで、私の部屋に漂っていたにおいからそれは海水だと思われる。……………これは丸被りなんではないか…? 


しかし解らない事もある。保健室で仁王に話した通り仁王のファンの仕業だったとして、仁王にまで危害がいくようなやり方をするだろうか? それに海の噂通り、そのお願いとやらをしてあの女性が出てきたとする。しかしそんな事、本当に出来るものなのだろうか。そんな事が普通に出来たら嫉妬した女が何人相手の女を排除してきた? 私以外にもテニス部のレギュラーと噂になった子だっているはず。そのたびにそんな事をしていれば噂になるだろう。それこそ柳の耳にも入っているはず。男子に秘密って言ったって、限度がある。それなのに柳は知らない。知っていれば仁王から保健室での出来事を聞いた時点で、海の噂も思いつくだろう。仁王から水の事も聞いていたはずだし。現に時間はかかったが、私でも思いついたのだから。あれだけ信用されている柳が思いつかないはずがない。しかし柳は知らなかった。それ以前に私がその噂を聞いたのは最近。なぜファンにとってこんないい方法がありながら、女子の間でもここまで小さい噂に留まっていた? 私の耳にまで入って来たのだからそれなりに有名な噂なのかもしれないが、この噂が本当ならもっと大きく広がっていてもいいはずだ。解らない。それでもこの海の噂しか思い当たる節がない。というか海の噂としか思えない。思えなくなってきた。


とにかくやらなければいけない事が出来た。私はいつの間にか放り出していた携帯を手にする。そのまま電話帳を開き、いつもの友達の番号を呼び出した。海の噂の詳しい話を聞くためである。その噂の過去、海からくるソレの正体、呼び出し方法。確かめなければいけない。そして私はその後、ある所に電話をかけるのだった。








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