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あと八十一本...「鏡」




私は今、テーブルを挟んで目の前に座っている丸井、柳生と一緒にケーキを食べている。もちろん私から誘ったわけでも、望んだわけでもない。いつも通り電車に乗り、改札を抜け駅を出た所でこいつ等が待ち伏せていたのである。まったくもって迷惑極まりない。しかし私にはこいつらの誘いを断れない理由があったのだ。その理由を説明するとなると昨日の朝までさかのぼらなければいけない。








昨日の朝、いつも通りに電車とバスに乗り学校までの道のりを歩いていた。すると微かに視線を感じる。自意識過剰だ、と言われてしまえばそれまでなのだが、通り過ぎた立海生の女の子が私の顔を振り返って見ていくのだ。なんなのだろうか、そう思いつつもあくまで冷静な振りをして、学校までの道のりを早足で進んだ。そして校舎内に入るとそれは自意識過剰なんかじゃない、と確信する。下駄箱でも廊下でも、私が通り過ぎようとすると私の方を見ながら隣の子と何事か話しているのだ。その会話の中に微かに私の名前を聞いた。私の事を見ながら、私の事を話している。なんだ、この状況? 意味が解らない。しかし原因など分かるはずもなく私はいつも通り、教室までの道のりを歩く。3年生は教室が2階にあるためそう遠い距離ではないはずなのに、いつもより長く感じるのは気のせいだろうか。そんな事を感じながら自分の教室へと入った。すると騒がしかった教室内が一瞬静かになる。しかし次の瞬間にはまたいつも通りの騒がしさに戻ったのにも関わらず、その視線は私に注がれている。私はその視線を避けるように自分の席に着いた。


「早稀」


するといつもの友達2人が私の席へと近づいて来る。その顔は昨日の家庭科室を思い出させる。あの時なんだか苦い顔をしていた友人に理由を問いただす暇もなく教師が来てしまい、あのまま有耶無耶になってしまったのだ。もしかしてそれと関係があるのだろうか。すると2人はなんだか言いずらそうに顔を見合わせた後、決心したかのように口を開く。


「おはよー早稀」

「おはよー」

「おはよ」


ただの挨拶。しかしそんな事を言うためだけに私の席に来たのではないだろう。私は話を聞く体制に入る。すると2人もそれを察したのか、近くの席の子に椅子を借り座った。そしていつもの騒がしさからは想像もつかないような静かな声で、周りには聞こえないように話し始める。


「ねぇ早稀、気づいてるよね?」

「…もちろん。でもなんでこんな状態になってるのか、訳が解らない。……私、何かした?」


その言葉にもう一度2人は顔を見合わせた。するともう1人が言いにくそうに話し始める。


「んー…私たちもね、聞いた話だから本当の事は早稀にしか分からないし、もしかしたら事実とは違う事かもしれないけど…それでも聞いて」

「うん、分かった」


周りからはいまだに私へと視線が降り注いでいる。窓際の一番後ろ、という事もありこの会話は聞こえていないと思う。私にはこの状況の把握がまったく出来ていない。何故こんなにも周りから見られているのか。何か原因があるのだろうし、この2人が知っているのならば最後まで聞かなくてはならない。そう思い、掌が冷たくなっていくのを感じながらその言葉に頷いた。


「あのね、早稀が仁王くんと付き合ってるんじゃないか、っていう噂が流れててね、」

「はぁっ!?」

「うん、そういうと思ってた…。でもここでツッコんでても話が進まないから、とりあえず言いたい事は最後まで聞いてからにして!」


そう言って、私を落ち着かせる。いや、確かにここで否定した所で肝心のそこに至るまでの理由とかは解らないし、この2人の話を聞かなければいけないのだけど……なんなんだそれ!! そこからはあまりの話に付いて行く事だけで精一杯だった。


「なんか知らないけど、何日か前に早稀と仁王くんが放課後学校の近くを2人で歩いてた、って噂になってて…」

「でもね、1部の女子が噂してただけで私たちも昨日聞いたばっかりなの」

「…もしかして昨日の家庭科室?」

「…あー、うん」


それであんな顔をしていたのか、と納得したが……おい、待て。私と仁王が二人で放課後、しかも学校の外を2人で歩いてた? んなわけあるか! しかしそう叫びたいのをぐっと堪えて2人の話を聞く。


「そしたらね、昨日仁王くんが朝岡に声をかけてるのを見たっていう人が出て来て…」

「私に声をかけた…? 仁王が?」

「うん。仁王くんが女子に話しかける事なんてまったくないんだよ」

「あー、知ってる」

「有名だよね。仁王くんってファンの子とか、それ以外の女子が声をかけても冷たいしさ。それが仁王くん自ら声をかけた、ってそれはもう噂になっちゃって」

「発信源は2年からなんだけど、今日には全校生徒が知る所になってたわけよ」

「そこから早稀と仁王くんが放課後2人で歩いてた、っていう噂まで掘り返されちゃって……。その2つが本当なら付き合ってるんじゃないかって…」


私はあまりの出来過ぎた話に唖然とする他ない。


「そもそも仁王くんって他校の女子とは付き合ってるっていう噂が流れたりしてるけど、立海生で誰かと付き合ってるっていう噂が流れたことないんだよね」

「うん。仁王くんの女子への態度って全てにおいて徹底してたからね。だからたとえ自分とは付き合えなくても、自分以外とも付き合わないって思ってみんな安心してたんだよ」

「それがここにきて仁王くんから女子に話しかけるとか、放課後を一緒に過ごしてたとか…それが立海の女子となれば、ね……」


そういって2人は私を見た。最悪だ、と思う。全ての話に真実が紛れている。数日前の事を思いだす。今目の前にいる2人と、放課後にケーキを食べに行った帰りだ。あの時、丸井と仁王に会った。丸井は財布を部室に忘れたとかで1人、学校へと戻って行く。そこから私と仁王は2人取り残された。しかし2人一緒にいる意味もなければ友人でもない、ただのクラスメイトだ。そこから挨拶をして私たちは別れた。………ここだ。きっとここを見られた。それ以外に放課後、仁王と2人っきりになった瞬間なんてない。そもそも丸井たちと会ってから私が駅に向かうまで数分しかたっていない。それこそ仁王と2人っきりになったのなんてホンの数秒だろう。しかし、まさかそんな数秒間のやり取りを立海の生徒に見られたらしい。そして昨日、仁王が私に話しかけたというのはきっと、あのキーホルダーの件だろう。特別教室棟は一般教室棟とは反対側に立っており、その間を渡り廊下が繋いでいる。渡り廊下は2階、噂の発信源といわれている2年生の階は3階。きっと仁王が私に話しかけている場面が良く見えるだろう……。なんて事だ! 私は目の前にいる2人に簡単に数日前の出来事から昨日までの事を話す。すると2人は苦笑いでやっぱりね、と呟いた。


「早稀はあんまりテニス部に興味がないしね」

「…興味がない、といえば嘘になるけどさ……流石に立海の全女子を敵に回してまでどうにかなりたいとは思わないし」


それに今まで出会ったレギュラーはうるさいのから始まり話が噛み合わないのやら睨みつけて来る無愛想やら、顔が良くても性格残念なやつの集まりじゃないか。おまけに女子の嫉妬まで付いて来るなんて一生関わりになりたくないレベルなのだ。それなのに、まさか仁王なんかと噂になってしまうなんて! 本当に立海全女子を敵に回したも同じことだ。なんのために怪奇現象によりテニス部に遭遇しようともここまで避け続けてきたと思っている。全てが水の泡じゃないか。きっと私の顔は真っ青だろう。顔を俯けていようと分かる。この身に注がれる嫉妬と憎しみの視線。痛いったらありゃしない。


「さっきも言ったけど仁王くんの女子に対しての態度が徹底してたおかげでこんな噂がたった事がなくて。でも内容がどうであれ、実際に2人が一緒にいるのを目撃されてる時点で何を言っても無駄だと思う」

「きっと言い訳にしか思われないよ」


そう言うと2人は、今まで以上に深刻そうな顔をする。


「本当に気を付けて、朝岡。テニス部ファンが何をするか本当に分からないよ」

「私たちも友達のテニス部ファンに誤解だって事は話してみるけど……こんな大事になっちゃってて、すぐに収拾がつくとは思えないからね…」

「……うん。ありがと」


そして2人はもうすぐ授業が始まるという事もあり、自分の席へと戻って行った。そこからは散々だった。移動教室やトイレ等以外は教室を出る事なく過ごしていたのだが、他クラスから私の姿を一目見ようと女子がB組に押し寄せるわ押し寄せるわ……。座っているだけでも居心地が悪いったらない。そして仁王に至ってはもちろん知らん振りである。まぁ、それについては話しかけられても困るのだが、少しぐらい弁明してくれても良いのではないだろうか。なんていったって事実も混ざっているとは言え、付き合っているなんてあり得る訳がないのだから。というか女の子が苦手なら、私と付き合っているなんて噂されたら嫌だろうに。あぁ、本当にどうにかしてくれ。


そして今朝、下駄箱の中には誹謗中傷とお呼び出しのお手紙が沢山。お呼び出しに関しては無視させて頂いた。もちろん言いたいことは山のようにある。しかし向こうは1人でくるとは限らない。そんな場所に私1人で立ち向かった所で相手にされず、暴力にまで発展する事もあり得る。どうせ話を聞いて貰えないなら行く意味なんてない、そう思い手紙は全て保存させて頂き、ばっくれさせて頂いた。今の状況でもきついが、こんな事何日か続けば、事態はもっと最悪になるだろう。なんとか、なんとかしなければ。そんな事を考えながら1日を終え、放課後を迎えた。とりあえず誰か寄って来る前に帰ろう、そう思いながら友達に挨拶をして早足で教室を抜け校門を潜り抜けた。そしてなぜか自分の降りる駅の改札を抜けた所で、丸井と柳生に声をかけられたのである。その時の誘い文句が今回の噂含めて他にもお前が関係して事件が起きている、である。丸井はまぁ、置いておくとして、何故柳生がいるのか解らないが、そんな事を言われてしまえば誘いを断る事が出来なかった……。そこからは何故か丸井の降りる駅でもないのに、やたらとうちの近くのケーキ事情に詳しい丸井に案内され近くの喫茶店へと入り、3人で席に着いたのである。








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