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あと八十四本...「はないちもんめ」




放課後という事で窓の外からは、部活動に励む運動部の声が聞こえてくる。そんな中、手をとめずに黙々と作業を進める私と目の前に座る彼。紙を纏める音と、ホチキスで紙をとめるカチャリという音。なぜこんな状況になっているかというと私と目の前に座る彼、ジャッカル桑原が英語係であり、運悪くも5〜6時間目に英語があった私たちが英語担当の先生に雑用を頼まれたからである。ちなみに各教科の係りの担当生徒は2人組であり、私と桑原の片割れの英語係は他の雑用を押し付けられている。そんな事があり今現在、私と桑原は必死に授業で使うプリントを2クラス分まとめているのである。


「やっと半分だな」

「急げば早く部活に行けるね」

「おう」


時たま挟まる、世間話。まったくもって常識人である。この雑用を押し付けられ、相方が桑原だと聞いた瞬間はどんだけフラグ立ってんだ!、と思った。しかしテニス部レギュラー内では1番の常識人であり、ファンも大人し目の子たちが集まっている。希望としてはテニス部以外を希望したい所だが、そもそもお互いに先生に頼まれて作業しているのである。文句を言われる筋合いもなければ、むしろ桑原でまだ良かったと感謝しなければいけないのかもしれない。そして桑原はちょいちょい会話を挟んでくれる。何てことない世間話だ。しかしここ最近は話の通じない赤髪や話のかみ合わない副部長を相手にしてきたため、それが素晴らしい事のように思える。しかし桑原も所詮、私に問題ごとを持ってくるテニス部レギュラーだったのだ。そのことを数分後に実感する事になる。








もう作業にも慣れ、スムーズに紙を掴みホチキスで止め、それを既に終わったプリントたちの上に乗せていく。とても単純作業だ。先ほどまで会話もしていた。それぐらいに単純作業なのである。何も迷う事もなく、誰でもできる事だ。しかし先ほどから目の前に座る桑原の様子がおかしいのだ。先ほどまではスムーズに動いていた手のスピードが明らかに落ちている。顔色もなんだか悪いような気がする。いや、気がするというか悪い。ここまで来ると私の中の何かが此処から逃げろと告げている気がする。ここ数日でありえない事が沢山起こった。その数日で学んだことだ。私はもう、あんなことに巻き込まれるのはごめんだ。そう思い、私は作業のスピードを上げた。この教室から早く出るためだ。ホチキスで紙をとめる際、ちらりと桑原に視線を向ける。そこには先ほどよりも顔色が悪く、目はすっごく泳いでいる。ナニを見ているのかは知らないが、その視線はあっちを見たり、こっちを見たりと忙しない。そんな明らかに様子のおかしい桑原を見て声をかける訳でもなく、より一層作業スピードを上げた。


「っ、な、なぁ……」

「………」


しかしそんな私の心の中など知る由もなく、桑原は私に声をかけてきた。私は作業の手を止めずに、視線だけを桑原の方にやった。そんな私を見つめ躊躇いながらも口を開く。しかし、そうはさせるか!


「な、なぁ、朝岡って、」

「プリント!」

「…は?」

「プリント…あと少しだね…」

「………」


私は桑原の言葉を遮るように口を開いた。


「…………」

「…………」

「…朝岡って、」

「あーホチキスの芯がなくなった」

「朝岡って、」

「明日は晴れらしいよ」

「朝岡って、はな、」

「テニス日和だねー」

「朝岡ってさぁ!!」

「良かったねぇ」

「はないちもんめって知ってるかぁ!?」

「テニスいっぱい出来る、」

「…………」

「…………は?」


そこでまったく会話のかみ合っていない会話が終了する。私的にはテニス部と言ったらここ最近の怪奇現象しか浮かばなくなっている。そんな事から桑原の挙動不審な行動から、また厄介なことが起きるのかと警戒したのだが…はないちもんめ? あの、小さい頃に手を繋いでやる遊びだよね? そんな遊びが何故いきなり出て来る? 私の中では疑問ばかりだが、桑原の中ではとても重要な事らしい。挙動不審もいまだに続いている。


「あのさ……」

「…………」


私はこれ以上は本当に関わりたくなくて視線すら桑原に向ける事なく、作業を再開した。しかしそんな私の態度は気にならないらしく、そのまま話し続ける。


「……この、教室にさ……」

「…………」

「こ、っ、こどもが、いるって言ったら、ど、どうする…?」

「…………」


そのがっちりした体からは考えられないようなか細い声でそう言った。私は一瞬だけ手を止めたが直ぐに紙を掴み、ホチキスでとめた。桑原の方はと言えば完全にホチキスから発せられる音も紙を纏める音も聞こえなくなっていた。


「ろ、6、人」

「…………」


6人? その言葉を聞いてぞっとした。待って、待ってよ、ちょっと本当に待ってよ。子供が6人この教室内にいるって? ふざけんな。そう思いながら少しだけ視線を手元の紙から黒板のある前方へと移した。そして今度はそろりと後方へと移す。それからまた自分の手元へと戻した。隅々まで見回したわけではないが、子供の姿など捉えられなかった。そのことにとりあえず一安心した。きっと桑原の勘違いだ。きっと丸井や真田から最近あった怪奇現象のことを聞いて過敏になってしまっているのだろう。しかしそこまで考えて桑原の方へもう一度視線をちらりと向けた所で、考えはストップした。本当に桑原の顔色は真っ青なのだ。確かに肌の色は黒いために分かりにくいが、それ以上に真っ青だと分かるほどだ。そして先ほどまで泳いでいた視線は自分の手元をじっと見つめて逸らさない。それは、ここにいる私以外のモノを視線で捉えないようにしているようにも見える


「………」

「………」


私は真田と科学室で2人きりになった時の事を想いだした。あの自分たちに迫りくる異様な雰囲気。指先から冷たくなっていく感覚。体は恐怖と緊張から動かせない。目の前の桑原はそんな状態のように見える。しかしそんな事がこの教室内で起こっているなら私だってそうなっているはずだ。あの感覚は絶対に忘れない。忘れられないのだから。それなのにそんな空気は感じられるどころか、桑原が見えているらしい子供の姿を見つける事すら出来ない。そこまで考えて私は一つの仮説に辿り着く。ここ最近あった怪奇現象に私は巻き込まれていた。もちろん巻き込まれていたのだから、その幽霊といわれる物だって見えていた。だから今回も見えるものだとばかり思っていた。しかしざっと見回した限りではこの教室内に私と桑原以外はいない。こいつの見間違いとも考えたが、この表情を見る限りそれはないだろう。となると、今回桑原が見えるといっているモノは私には見ないということになる。なんでこんな簡単なことに気付かなかったのだろうか。そもそも真田と駐輪場近くで話していた時も、真田は見聞きしたが私は何も見えなかったし、聞こえなかった。最近おかしな事ばかりあったが、元々、私は見えない方の人間なのだ。見えなくて当たり前なのである。そうと分かれば巻き込まれるのは本当にごめんだ。私は私が大事なんです。そこまで考えて肩の力を少しだけ抜き、また作業を再開した。


「な、なんかさ、っ、顔がぐちゃぐちゃの、こ、どもたちが……」

「………」

「はな、いちもんめ? とかいうのを、やってんだけど…」

「………」

「ぉ、おい、朝岡……朝岡! うぉっ、なんなんだよこれ! 足が動かせねぇ、どうしたらいい!?」

「………」

「お前、丸井や真田とこんな事あったんだろ!? どうしたらいいんだよ!?」

「………」

「なぁ、おい、朝岡……朝岡…? …っ、お前、朝岡だよ、な……? ぇ、、朝岡だろ? おい、朝岡!!」

「………」


なおも話しかけてくる桑原。私は巻き込まれたくないと思い、まったく返事を返さない。するとそんなわたしを見て私を私本人かと疑い始めたようだ。無理もないだろう。桑原の言う通りなら顔がおかしな事になっている6人の子供が教室内にいて足は何故か動かせない。挙句の果てに今まで話していた目の前の人物がいきなり無言で何も話さなくなったのだから、今の桑原の精神状態は相当にやばいものになっているだろう。ここまで来るとなんだか可哀想に思えてきた。きっと今回、自分には見えていないと、余裕になっているからだろうか。


しかし確かに丸井と真田の怪奇現象は、とりあえず解決した。しかし何か決め手があったというか、法則があったというものではない。今のこの状況だって思い出したくもないが、私とテニス部で一番最初に起こった怪奇現象の状況とそっくりなのである。お互いに口には出さないが、教室で2人きりになった時に1番心配した事だ。前回は私と丸井、仁王の教室だったが、今は桑原の教室である。だからだろうか、あの落ちていく女の子は今の所、目撃していない。しかし、それとは別にこの状況だ。こんな七不思議あっただろうか? それに今は桑原にしか見えないが、もしこのまま時間が経って私にも見えるようになったら? そこまで考えるとまた作業スピードを上げた。


「なぁ、おい、朝岡……へ、返事だけでもいいから……」

「………」

「…ぉ、俺の声、き、聞こえてるよな…? 俺の事、見えてる、よな………?」

「………」


私がまったく返事もせずに見向きもしないながらも、頻りに話しかけてくる。もう一度、桑原が私の名前を呼んだところで右手に持っていたホチキスを机に置いた。その音に目の前のこいつはびくりと震える。今まで黙々と作業を続けていたのに突然辞めたからだろうか。しかしそんな事には見向きもせず、ブレザーに入っている携帯を出してネットに繋いだ。そしてウィキを開く。検索欄には「はないちもんめ」と打ち込んだ。すると「はないちもんめ」の意味や遊び方、歌詞なんかが出て来る。その中から歌詞を選ぶと、様々なバージョンが出て来る。地域によって色々と歌詞が違うらしい。かなりの数だ。こんなにたくさんの数があるとは思わなかった。下にスライドしていくと神奈川バージョンを見つけた。よく子供の時に歌っていた歌詞とそのままだ。そして携帯の向きを逆にし、桑原の目の前に置いた。私はその手でもう一度ホチキスを掴み紙を纏め始めた。


「…は?」


そう一言呟いて、私の顔を凝視する。しかし作業の手を止めない私を見てこれ以上返答は望めないと悟ったのか、私の携帯を右手で持ち上げ画面を覗き込んだ。そして親指を上下に動かして読み始める。先ほどはないちもんめを疑問符付きで聞いてきたことから詳しくは知らないと思ったのだ。確かハーフ、だっけ?日本語は違和感なくペラペラだし、生まれた時から日本にいたのか、数年前に来たのかはよくわからないけど「はないちもんめ」を詳しくは知らないみたいだ。だから検索をかけて渡してみた。何が言いたいのかというと、


「遊んであげれば?」

「……………え?」


そう、遊んであげればいい。


「あんたの周りで子供たちがはないちもんめをして遊んでるんでしょ?」

「、あ、ああ」

「解決法なんて分らないし、気が済むまで桑原も遊んで上げなよ」

「んなっ! 他人事だと思いやがって!!」

「他人事ですね」


いや、本当に解決法なんて知らないし。というか今この時、私の周りで子供たちが遊んでいるという事が問題だ。早く帰りたい。しかし先ほど桑原は足を動かせないと言っていた。もし作業が終わってもこのままなら帰るに帰れなくなるだろう。まぁ、私は動けるし1人でも帰りますが。そこまで言ったところで桑原は口の端をひくりと引き攣らせた。それに私には何も見えないんだから桑原本人が何とかするしかない。だからとりあえず一緒に遊んでみてはどうだろう、そう思い検索をかけて渡してみた。いつ私に被害が振りかぶるかもわからない。一刻も早く作業を終わらせて帰るか、桑原に退治してもらって帰るかの2つしかない。


「おい、作業が終わっても帰れるのはお前1人、だぞ…」

「だからお先に失礼するって」

「まじでこの状況で1人置いて行くのかよ!?」

「だって怖いもん」

「俺も怖い! お前が怖い!!」

「…嫌なら誰かに連絡してみたら?」

「今は部活中だし誰も気づかねぇよ。それに部活が終わるまで待ってたら明らかにお前が帰った後だろうが!」

「………」

「無言やめろって!!」


はぁー。深い溜息を吐く。


「だから、試しにやってみろって言ってんの。何もやらないよりかはマシでしょ?」

「………」

「私には何も見えてないし、ぶっちゃけこれ以上此処にいて私にまで何か被害が来るなら本気で帰るよ」

「…俺を犠牲にしてかよ?」

「桑原の犠牲は忘れない…」

「もう二度と会わないみたいな言い方ー!!」


だって自分が一番大事だし。所詮、出会って数日の奴のために自分から危険には飛び込めない、とは流石に口には出さなかった。ここまでが私に出来る精一杯の優しさだ。そのまま視線を自分の手元に戻し、また紙を掴んだ。数分すると目の前でため息が聞こえた。少しだけ視線を向けるといまだに顔色が悪い。しかし何かを決心したかのように右手に持つ携帯をぎゅっと握りしめた。


「っ、か、かーってうれしい、はないちもんめ……」


か細い声でそう呟いた。その後一瞬、びくりと震えたがそのまま続きを歌い始める。周りから見たら1人で幼少の頃遊んだ遊びの歌を歌っている可笑しな奴だが、本人にとっては大真面目だ。気のせいか、先ほどよりも顔色が悪くなっている気がするが、震える声で歌を紡ぎだす。


「そぉーだん、しーよぉ、そぉーしよ、ぉ……」


そこで携帯画面を見つめていた視線が此方に移る。そして一度、教室前方に恐る恐る視線をやった後、急いで此方に戻した。そして震える声でこう言った。


「……朝岡………右と、真ん中と、左の子供、どれが欲しい?」

「どれもいらねーよ!!」



全力でそう返した。










怖がりジャッカル(普通の反応)と酷い投げやりヒロイン
(2014/01/28)



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