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あと百本...「女の子」




階段を上り、誰もいない廊下を歩く。最終下校時刻も近づいて来ているため、校舎内を歩く人は私以外にいない。だが自分の教室に近づくにつれ、数人の声が聞こえてきた。男子の声だ。扉の前で足を止める。もしやと思っていたが男子の声は今、目の前の教室の中から聞こえてくる。私のクラスだ。取っ手を掴み扉を開け一歩を踏み出し、教室内の後方に視線を向けるとこれまた派手な集団が目に入る。テニス部だ。それも学校内でイケメンと有名な元レギュラー陣と現レギュラー1名。うわ、なんて時に来てしまったんだ自分と思いながらも今さら扉を開けておいて出ていくのもおかしな話だし、この中に用があるので引き返すわけにもいかない。テニス部がいるのは廊下側の後方だが、私の席は窓側の一番後ろ。そのため自分の席に行くまでに教室内に入ってきた私に視線が集中する。すると背の高い人たちで若干埋もれていた赤い髪の持ち主が首を傾げながら私に声をかけてきた。丸井だ。


「ん? 朝岡じゃん。お前もテスト勉強?」

「いや、今日日直だったから、先生に図書室の倉庫整理頼まれちゃって、こんな時間」

「うわぁ…図書室の倉庫って、使った書類やらプリント類が何でもかんでも積まれてる、足の踏み場もねぇ所じゃん!」

「A組の日直と一緒にやったんだけど、あまりにぐちゃぐちゃでこんな時間になっちゃった」

「むしろ終わったのがすげーよぃ」

「ていうかテスト前なんだから手伝わせないで欲しい」

「テスト前で短縮授業なのに意味ねーな」


会話の間にも教科書やノート類を机の中から鞄の中へと移し替えていく。


「俺たちなんかテスト前で部活がないから後輩指導も出来ねぇし、部室もエアコンが壊れてて修理入るのがテスト日前日だから蒸し暑くて使えねーし、図書室は騒がしくて追い出されるし、結局ここでテスト勉強だぜぃ」

「お前と赤也が赤点を取らない自信があるならとっくに家で勉強してんだよ」

「うるせーよぃ、ジャッカル!」

「だって全然解んないんですもん!!」

「そもそも真面目に授業を受けていれば赤点など取るわけがない! たるんどる!!」

「ひぃっ! すんません!」

「うげぇ…」


そう言って慌てたように謝る切原と、嫌そうな顔をする丸井。会話だけ聞いてると普通の中学生なのに、見た目はまったく見えない。まぁ、確かに顔は整っているので人気なのは頷ける。ファンに目をつけられてまで付き合いたいとか、話したいとかそういう願望のない私でもそう思うのだ。相当な人気なのも分かる。そんな事を考えていると、机の中の物を全て詰め込み終えた。そのまま鞄を肩にかけ、真田に怒られている丸井と切原に視線を向ける。さっき話しかけられたし、一応挨拶だけでもした方がいのだろうか? すると真田の後ろに座っていた幸村が此方に顔を向ける。ふわりとウェーブのかかった髪が揺れた。男にしておくのが勿体ないぐらいの美貌だ。女子たちが幸村様と騒ぐのも頷ける。


「朝岡さん、だっけ?ごめんね騒がしくて」

「大丈夫。それにしても大変だね。いつもテニス部で集まって勉強してるの?」

「うん。丸井は授業を聞いてないだけで、教えれば理解力もあるしそれなりに平気なんだけど、赤也がね…」


そう言って幸村は眉を下げ少し困ったような顔をして、真田に怒られている切原の方を見る。すると傍観に徹していた残りのメンバーが会話に加わる。


「このままでは先ほど覚えた公式を忘れる確率93%」

「1週間こんなんで終わりそうじゃな」

「それでは意味がありませんので、せめて復習して来てくださればよろしいのですが…」

「はぁー…本当に何のために集まって勉強したんだか」


深い溜息をつく幸村。他の人たちも大変そう。まぁ、私はそれなりに授業受けてるし赤点の心配はないから他人事なんだけどね。すると幸村は椅子から立ち上がり真田の横に並び、怒られていた2人組に視線を向ける。その表情は先ほどの困り顔の幸村とは別人で凛としていた。そして2人に、家に帰ったら復習をする事を約束させ、明日はちゃんと今日やった事が出来ているかテストをすると伝える。その時の丸井と切原の嫌そうな顔は酷いものだった。そのまま今日の勉強会の終了を告げる。ていうかなんとなくそのまま傍観してたけど、このまま帰りが被っても気まずいし、こんな場面を誰かに見られたらそれこそ恐ろしい。そもそも同じクラスの丸井なんて本当に軽い挨拶程度でちゃんと話したのも今日が初めて。仁王なんか会話した記憶がない。他のメンバーは論外だ。このままここに居続ける理由もなければ、意味もない。向こうはまだ教科書やらノートを片付けてるしその間にさっさと帰ろ。


「そんじゃお邪魔してごめんね、帰るわ」

「いや、こちらこそ、」


そう言って先ほどと同じように幸村が此方に顔を向けた。だが不自然な所で言葉が切れる。それと同時に何か聞こえた。生憎、幸村の後ろで騒がしく帰りの準備をしている声でよくは聞こえなかったが。しかしそんな事は視界にいる幸村の不自然さにどうでもよくなる。心なしかこちらに向けている笑顔が固まっている気がする。というか私を見ているというより、私の後ろを見てる? 幸村の視線が私の後ろに向けられている事に気づき振り返るが、もちろん後ろには窓しかなくて特におかしな事はないように感じられる。もう一度幸村を見る。もうその顔に笑顔はなかった。むしろ若干青ざめて引き攣って、いる? なんだかとてつもなく信じられないものを見てしまったかのような、そんな顔。


「幸村?」


帰り支度をしていた真田が異変に気づき幸村に声をかける。すると周りにいたテニス部も、そんな真田を見て幸村の不自然さにようやく気付いたのか顔を向けた。しかし幸村は真田の声も、周りの視線にもまったく気付いていないかのように此方に一歩、足を踏み出す。


「どうしたんスか、部長?」

「顔色が悪い。体調が悪いのか?」

「幸村くん?」

「幸村?」


明らかに様子の可笑しい幸村に声をかけるが視線は窓から外れない。


「…………」


幸村は口を開くが音が出ないままもう一度ぎゅっと引き結ぶと、意を決したように今度は此方に歩き出した。そのまま私の横をすり抜けて行く。しかし後ろには窓しかない。窓は半分だけ開けられているため、たまに夏の生温い空気が入り込んでくるだけで、先ほど見た通り幸村が動揺する何かは無いように感じられる。この教室内にいる全ての意識が幸村の一挙一動に集中していた。そして幸村は窓の前まで行くと窓に手をかけ、半分だけ開けられている窓を全開にした。そのまま窓枠に手をかけると恐る恐るといった感じで身を乗り出し、下を覗き込んだ。何かあるの? もちろんそう思ったのは私だけではないため、私以外の面々が声をかける。


「本当にどうしたんだ、幸村」

「下に何かあるんスか?」 

「………いない…」

「は?」


私の声が合図だったかのように、今度は先ほどより身を乗り出して下を覗き込む。そのまま右に左に首を向けている事から、何かを探している事が窺える。レギュラー陣はそれぞれ顔を見合わせると、幸村にならって窓際に近づき、同じように窓枠に手をかけ下を覗き込む。これ後ろから見てると、一列にレギュラー陣が窓際に居て面白いんですけど。しかしもちろん私も気になるため下を覗いてみようかと、一番右端の桑原の横に移動しようとした。すると視界の端に一瞬だけ何かが通り過ぎた。すぐ後に何かがぶつかった音が聞こえる。


「…携帯?」


誰かが呟く。桑原の横に駆け寄り皆と同じように下を覗き込むと、そこには先ほど呟かれた言葉通り、携帯が落ちていた。しかしその携帯は、2階にいる私たちにも分かるぐらい悲惨な状態に成り果てていた。今では珍しくなってきている二つ折りの携帯だが、本当に真っ二つに折れてしまっており、その二つを辛うじて配線が繋いでいる。画面は見るも無残な姿だ。先ほど視界の端に移ったのはこの携帯だろう。恐らく上から降ってきた。


「どなたか上の階の方が落とされたのでしょうか?」

「それにしては静かじゃのう。携帯を落としたんならもう少し慌てるじゃろうに」

「そもそも何故、窓から携帯を落とすんだ」


真田の言う通りだ。窓から携帯を出して弄ってたか、ふざけてて手でも滑らしたのか? 一度下から視線を外し上を向く。他の皆も何も見えないと分かっていてなんとなく上を見ながら会話をしている。


それは一瞬の出来事だった。先ほどの携帯なんかよりも大きなものが私たちの前を通り過ぎて行った。すぐ後に携帯とは比べ物にならない、何かが潰れたような、何かが折れたような、とてつもなく不快な音が聞こえた。こんなに大人数がいるにも関わらず、教室内は静まり返っている。誰もが声を出せない。しかし興味本位なのか、怖いもの見たさなのか…。皆が顔を見合わせる。誰かが合図をしたわけでもないのに下を見たのはほぼ同時だったと思う。下には人がいた。正しくは人、だったものが。その瞬間、前に乗り出していた体を元に戻し、両手を口に持っていく。今見たものが信じられなくて、でも実際に見てしまったものだから信じないわけにもいかなくて……。指先と唇が震える。


信じたくないけど………女の子、だった。私と同じ女子の制服を身にまとっていたその体は、地面に横たわっていた。長い髪は地面に広がり、手足は不自然な方向に曲がっていたように思える。何か声を出そうとするが、引き攣って言葉にはならない。すると今までの静寂が嘘だったかのように叫び声が上がる。全然回らない頭だがその叫び声が丸井、切原だという事だけは判断出来た。顔を上げると他のメンバーは叫び声を上げていないとはいえ、皆顔が真っ青だ。


「な、なんだよ、あれ!!」

「自殺かよぃ!?」

「やべーよ…」


切原、丸井、桑原が私たちの頭の中を代弁してくれている。


「とにかく救急車だ! 真田は先生に、」


さすが部長というべきか、自分も相当衝撃を受けているだろうに一番に持ち直した。幸村は携帯を取り出し、窓から身を乗り出しもう一度下を覗き込む。しかしそのまま真田に先生に伝えるように、と指示を出そうしたのだろうが、これまた中途半端な所で言葉が切れる。先ほど私と話していた時と同じだ。その表情は驚きで目が見開かれている。


「…幸村?」

「どうしたのだ精市」

「…………いないんだ」


皆が青白い顔で幸村を見つめる中、当人の幸村はぽつりとそう呟いた。確かこんな会話を先ほどしたような気がする。


「いない?」

「……さっきの女の子がいないんだ。今までいたのに!」

「!?」




ここから始まった。










変換少ない…。
(2013/06/24)



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