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あと八十五本...「図書館」




「俺、人生で初めて着拒されたんだけどっ!!」

「初体験おめでと」

「てめー舐めてんじゃねーぞぃ!!!」

「…人の迷惑考えないからでしょ」

「解除しーろーよー!」

「うっせ!!」

「………」

「…2人とも、声でかいと思うぜ…」


その言葉に顔を上げ周りを見渡す。幸いなことに目の前には大量の本棚が並びまた、奥まった場所にいるため私の目の前にいるこいつと、その後ろから現れた2人以外に人の姿はない。そこまで考えて自分がこの場に相応しくない声の大きさで返答してしまったことに気づく。相手も気づいたのだろう。次に出かかっていただろう言葉を口に飲み込み視線を彷徨わせた後に閉じた。まったくもって厄日だ、目の前にいる人物3人を視界に入れそう思った。


始まりは選択授業のレポート作成に使う資料探しだ。前回は図書室内の決まった範囲から資料を探し、個人個人で纏めて提出した。しかし今回はグループレポートだ。1つの課題に対して3〜4人で集まり、作業を分担しながら作成していく。個人で作業を進める場合は詳しく説明が乗っている箇所に変更したりと好き勝手に出来たが、今回はグループ作業でありクラスで課題が決まっている。もちろん立海内の図書室は広く資料も膨大だ。だがグループも数多くある。皆、我先にと自分が担当する箇所の詳しい資料を求めて図書室に突撃した結果、あぶれたもの数名。作業分担に時間がかかり挙句、連日の怪奇現象騒ぎにそんな事すっぽりと頭から飛んでいた私もあぶれた者の1人だ。しかしそこで落ち込んでいても始まらない。自分1人の失態なら本の返却を待つなり、もう少し気長に考えるかもしれない。しかし今回はグループ作業である。もし間に合わなかった等という事態になれば言い訳も何もない。そんなわけで仕方なく、学校近くにある図書館まで足を運んだわけである。


しかし不幸は重なった。学校図書室内の資料探しからあぶれた人間は私だけではない。目の前にいる赤髪の人物もそうだったようだ。(それ以外にこいつが図書館に来る理由が思いつかない)図書館内も学校の図書室に負けず劣らず広い。自分の借りたい歴史資料を探してどんどん奥の方に入っていく。本を手に取っては戻しを繰り返していると横からあっ、と短い声が聞こえる。その声に何を考えるでもなく顔を向けると今目の前にいる丸井がいたのである。私は正直にその時の心情を表情で表した。丸井はそんな私の表情を見て顔を引きつらせる。そして思い出したかのように数日前に私が丸井を着拒した出来事を話題に出してきたのである。しかしそんなこと気にせずさっさと必要な資料を探し貸出手続きをして此処から立ち去ればよかったものを、横からは話しかけてくる丸井がついに鬱陶しくなり声を張ってしまったために、後ろからおまけまで出てきたのである。



同じクラスの、仁王雅治。


よく丸井と一緒にいる、ジャッカル桑原。




この場に立海生がいない事を心から喜んだ。




「えっと、朝岡、だったよな? お前もブン太と同じ選択の資料探しか?」

「……うん」

「そっか。ブン太がうるさくして悪ぃな。ほら、お前もさっさと探せよ。この後メシ食いに行くんだろ?」

「………わかってるっての! はぁー……」

「俺は自分の選択用に資料探してくるからな」


そう言って桑原はカウンターのある方へと歩いて行く。まったくもって常識人とは素晴らしいと思う。これでテニス部でなければなお良いのだが…。もちろんジャッカル桑原のファンも少なくない。今、目の前にいる丸井ほどすごく勢いのあるものではないが、真田のファンのように大人しい子たちが集まっているのかあまり騒がしいイメージはない。だがその数は少なくはないように見える。しかしやっぱりすごいのはこの丸井とその隣にいる仁王だろう。この2人のファンはとても過激かつ、派手としか言いようがない。そんなファンが愛してやまない2人が目の前にいるのである。私は早くこの場から立ち去ろうと考え動き出す。だがそれより前に仁王が動いた。


「喉が渇いた」

「ロビーに自販機あったぜぃ」

「先に行って待っとる」

「おー」


どうやら仁王はこの場から抜けてロビーにある自販機に行くらしい。それは好都合。もし万が一、立海生が来ないとも限らない。私はほっと一息ついた。そしてなんのけなしに既に背を向けた仁王へと視線をやった。男にしては細い、だが背はそれなりに高い。赤いゴムで縛られた銀髪が左肩で揺れている。少し猫背な気もするが、この怠い感じが女子受けするんだろうか。ちらりと目を向けその背を見送り、そこまで考えた。しかし仁王が本棚を曲がる瞬間、


「、」


視線が交わった。いや、交わったのは事実なのだが物凄い勢いで睨まれたような…それでいて、その反対にとても無機質というか無感情にも見えた。それなのに憎悪の様な、


「あいつさー」

「………、」


丸井の声によって思考が中断された。そこまで考えて仁王が去っていった本棚へと視線が止まったままだったことに気づく。はっ、として視線を声のした方へと向ける。その張本人である丸井は何時の間に手にしたのか歴史系の資料を開き、視線を其処に向けたまま口を開く。


「女子が苦手だからさ」

「…女子が苦手? 仁王が?」

「そ。確かにちゃんと応援してくれるファンもいる。けどそれ以外がいるのも事実だろぃ?」


そう言ってちらりと此方に視線を向けた。


「……好きすぎて暴走しちゃう?」


私の答えに丸井は頷いた。なんとなくわかる。好きだから応援したい、好きだから近くに居たい、好きだから話したい、好きだから好きだから………そんな気持ちがテニス部を囲う女子たちから感じて来る。それがアイドルを追いかける気持ちであれ、本気で恋しているのであれ、とても一直線だ。一直線だから周りが見えなくなる。


「自分で言うのもなんだけど…好きだから暴走して相手の気持ちも考えないで行動しちまう。ちょっと前の俺みたいに…」

「………」


確かに以前丸井は自分たちのファンが、大好きなお菓子を作って来てくれる事を利用し、女子たちにあっまい言葉を吐き勘違いさせお菓子の催促をしたり、それを見てより調子に乗り嘲笑っていることがあった。まぁ、実際には本当にふざけている部分もあったが本当に応援してくれているファンに対して感謝している部分もあったようだ。そんな自分がいつの間にかそのように様変わりしてしまっていたことに対して恐怖し、私が言った勘違いさせるような行動を改めて見直したようだ。それを思い出したのだろう。だが確かにその暴走は丸井だけではなく、それを取り囲む女子にも言える事だ。好き過ぎて周りが見えていない。


「まぁ、俺は昔から菓子くれる奴には笑顔だったしそれなりの対応はしてたけど、仁王は人見知りだからなぁー」

「人見知り?」

「テニス部入部当初はまじで全然しゃべんねぇし無愛想だし……でもそれなりに日にちがたって試合したり合宿したりするうちに普通に話すし、普通に笑う事もするようになったぜぃ」

「全然想像つかないけどね」

「まぁ、テニス部以外の奴はそう思うだろうな。それは仁王の事を好きな女子も同じだろうぜぃ。だから余計に仁王に近づくんだ。話したくて笑った顔が見たくて、って仁王ファンが言ってた」

「そんでもってそれに比例して仁王は女子がウザくて鬱陶しくなるわけか」

「うわ、俺が遠まわしに言おうとした言葉、直球だな。まぁ、確かにウザくて鬱陶しくなって女子が苦手になったわけだ。人見知りをより拗らせたな。そんでもって盗難事件とかもあったしなぁ」


そう言って丸井はその時の事を想いだしたのか深い溜息をついた。盗難事件って…まじかよ。私は話に耳を傾けながらも目の前にある本棚から何冊かの本を引き抜いた。


「シャーペンから始まり消しゴムやらいっその事、筆箱ごと」

「うわぁ……」

「ノート類も無くなってたはずだぜぃ。後あいつが盗られて1番ショック受けてたのはシャボン玉とお面だな」

「………」


その台詞に私は丸井にちらりと視線を送った。なんだそれ、そんな表情をしていると思う。だが気にすることなく続きを話し出す。


「去年レギュラーで縁日に言ったんだよぃ。大会も終わってたし息抜きにな。そん時に買ったやつを持って来てサボってる時に遊んでたらしいんだが、いつのまにかなくなってたんだと」

「………」

「お前が何を言いたいか、なんとなくわかるぜぃ」


まぁ、前者は盗られた場合困る物なのだが、ぶっちゃけ後者はどうでもいい。その考えが伝わったのだろう。私が口を開くよりも先に丸井が釘を刺す。


「そんなわけで仁王は女子が苦手な訳だ。だからあいつの睨みも気にすんなよぃ」

「いや、別にどうでもいいし。あいつに睨まれようが私には何も関係ないし」

「だよなー。お前全然気にしなさそうだもんな」

「それなのに私に仁王のことを話した理由は?」

「……」


今度は体ごと丸井に向ける。資料を探すついでとばかりに話を聞いていた。本当は仁王と一緒に丸井もいなくなってくれれば良かったのだが、一応こいつも私と同じで資料を探しに来たわけだから見つけるまでここを動かないだろうと思い、何も言わなかった。確かに先ほど仁王が私を睨んだことは事実だがそんなことで私が傷つかないことは、丸井本人でさえわかっているようだ。それなのに仁王自信にとってトラウマともいうべきことをわざわざ付き合いの浅い私に、丸井自身が話す理由はなんだ? 


「別に。普通に世間話? 特に隠しておきたいことじゃねぇし、お前だって自分から他人にべらべら話したりしねぇだろぃ?」

「まぁね」


そう言って手の上に広げている本を閉じた。そして手元にある数冊の本を揃えて持ち直す。本人の言っている通り特に理由は無いのだろう。それなら別にいい。そう思い、選んだ本の貸出手続きをしようと一歩踏み出す。


「それじゃぁ」

「おう」


そのまま丸井の横を通り過ぎカウンターに向かって歩き出した。そんな私の後姿を丸井が難しい顔をして見つめている事なんて気づきもしなかった。










ホラー要素が1ミリもない
(2014/01/08)



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