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あと八十六本...「夜はお静かに」
体調が最悪のまま学校に向かい授業を受け、放課後を迎えた。顔色が最悪だったためか友達に会った瞬間物凄い勢いで心配されたが私は元から騒ぐ性格でもないし、時間が経つにつれ顔色も戻って来たためか、昼休みには周りもすっかりいつも通りに戻っていたと思う。勿論今朝の光景は頭にちらつくが自分に害はない、ただあそこにいただけ、むしろあれは夢だ、と思い込むことでなんとか1日を終えることが出来た。帰りは今朝とは違う一本手前の道から帰ろうと決め、私は電車を降りた。階段を下り改札を出る。
「朝岡」
そこで私を呼ぶ声が聞こえた。とっても覚えがあるこの状況…しかしその声は赤髪の持ち主ではなかった。とっても嫌な予感がする……よし。聞こえなかったことにしよう! 私は何も聞こえなかったので気にせずそのまま家に向かって歩き出す。だが私を呼びとめた奴がそれを許さなかった。私の右肩を掴みもう一度私の名前を呼んだ。
「朝岡」
はぁー、肩まで掴まれちゃ聞こえなかったということには出来ない…。仕方がないので振り返るとそこにはやっぱりというか、真田が眉間に皺をよせ立っていた。…どうでもいいがこいつはこういう顔しかできないのだろうか? というか部活はどうした? …あーめんどくせー……。とりあえずこんな所で待ち伏せしているくらいなんだから何か話があるんだろうし、言い合いをするより立海生が通る可能性を考えて移動しよう。そのまま数日前、丸井に連れて行かれた駐輪場の方へと歩き出す。多分真田も付いて来ていると思う。私は立海生がいない事を確認して数日前と同じ場所で立ち止まった。後ろへと振り返ると先ほどと同じ顔で私と同じように立ち止まる真田。
「急にすまない」
「…何か用?」
「……昨日あった出来事の全てを丸井に聞いた。あの科学室から始まっていたのだな」
「…うん」
そう、あの科学室から始まっていたのだ、あの出来事は。夢のようだけれど現実の話。科学室にあるテレビ画面に魅入られ、背後から近づく気配に背筋を凍らせた。あの鉄臭さ、雫が滴る音、呼吸も忘れるかのような狂気。今この場で立っている事が奇跡のようにさえ感じる。その全貌を丸井に聞いたのか。あいつには協力させるために一度、全てを話した。その上で私に何を言いに来たのだろうか。
「朝岡、お前に助けられた。礼を言う。ありがとう」
「、………」
「確かに言われてみればあの科学室以降、体調が思わしくなかった。それ以外にも背後から視線を感じたり、誰もいない所から声が聞こえたりということもあった」
「……それでも真田はまったく、不思議に感じなかったの?」
「気のせいだと思っていた」
「っ!!」
にぶっ! こいつ、めちゃくちゃ鈍い!! 少しくらい可笑しいとか思わなかったのかな!? あんなすごいのに憑りつかれてて気のせいとか!! もう呆れを通り越して笑えてくるんですけど!!
「朝岡はそんな俺を助けてくれたのだな。自分にも危険が降りかかると知っていながら…」
「いやいや、危険が降りかかるとかじゃなくて、あんたのせいで既に危険が降りかかってたんですけど!?」
「なんだと!? 既に危ない目に合っていながらも俺の事を助けてくれたのか!」
「違うよ!? 合ってるんだけど違うよ!?」
「俺はお前にあんな怪我を負わせたのに………聞けば丸井もお前に助けられたと言っていたな」
「いや、あれは、」
「俺たちはお前に何度礼を言っても言い足りない」
真っ直ぐこちらを見据えて言い放つ。こいつ人の話、聞いてねぇー!! 助けてないし! 自分の命がヤバかったから自分を助けるために動いただけでぶっちゃけ自分だけ助かれば、真田があの女の子に憑りつかれてようが知ったこっちゃないし! 丸井の場合、自分に被害が来ることを考えて行動しただけで丸井だって二の次だよ!! というか、
「結局は真田があの女の子を説得させたんじゃん。私は何もやってないけど」
「それはお前も同じだろう。必死に説得していた。他にも丸井に相談してあの科学室に纏わる話など色々と情報を集めていたのだろう? 俺は何も気づかずいつも通り過ごしていたというのに」
そう言って真田は更に眉間の皺を増やし、自分の手を握りしめる。それから静かに頭を下げた。
「本当にありがとう」
「、………」
だから、私はそんなつもりで行動したんじゃないんだって。いや、あの高等部ですら恐れる真田に頭を下げられるのはとても気分が良いんだけれども。もちろんそんな趣味はありませんがね。まぁ、本当に真田を助けようと思って行動したわけじゃないんだけど、本人がそう勘違いしてるんだし何を言っても無駄みたいだからいいか…。そんな考えに至って溜息を吐く。
「まぁ、お互いに無事だったんだから何よりだね。というか私としてはあんな突拍子もない話を信じた真田にびっくりなんだけど」
そう言うと真田は下げた頭を上げ、更に眉間に皺を寄せた。その顔は睨んでるんじゃなくて、私が何を言ってるか解らないって顔って事でいいんだよね…?
「真田って霊とか、それが憑りつくとか信じてなさそうじゃん。それを同じ部活の仲間が言った事とはいえ信じたんだなーと」
「…もちろん話だけなら信じていなかっただろう。だが実際に俺はその出来事を見たのだ。起こったことを無かったことには出来ん…」
「まぁね…」
私も実際はそうだったし、今でもこれは夢なんじゃないかと思う。それどころかあれは本当に幽霊という分類で合っているのかすら疑問に感じる。あんなにリアルに見えて触れるなんて。…心霊現象なんてテレビの向こうの話だと思ってた。幽霊がいるかと聞かれたらそれは実際に見たことがあるわけじゃないから、分らないと答えるしかない。それでも心の中ではそんなモノいないって本当は思っていたと思う。他人から見たら私たちの会話は笑えるものだろう。でも実際に経験した私たちは笑ったりなんて出来ない。あれが幽霊だとしても、違うモノなんだとしても、今まで起こった出来事が、起こしてきたモノがただの人間ではないと私に教えてくれる。いや、教えられてしまった…。
「すまない」
「ん?」
いつの間にか下に向けていた顔を上げる。
「帰宅途中に呼び止めてすまなかったな。そろそろ帰るか」
「…そういえば、よく駅前で待ってたね。真田なら教室前で待ち構えてそうだけど。というか部活は?」
今日だって部活はあるはずだ。それ以前に本当に真田ならこんなとこで待ってないで先ほど言ったように教室前で待ち構えたり、むしろ教室内に入ってきて私の事を呼び出したりしそうだ。考えるだけでも恐ろしい! 確かにいつも眉間に皺を寄せ、鉄拳制裁とかやってるけどこいつもテニス部の一人だ。顔だってとても中学生には見えないがそれは他のレギュラーにも言える事。真田だってこんな難しい顔をしているがとても整っている。本人が騒がしい事を嫌うため表だって喚く子たちはいないが、ファンも多い。そんなのに教室で声をかけられるなんて中学生活が終わる。
「丸井が、朝岡は目立つことを嫌う故、校内で話しかけるのは避けるべきだと言われた」
丸井ナイス!
「この駐輪場の入り口からならば他の生徒にも見られることなく、朝岡が出て来るのを待てると」
「なるほど」
「……テニス部は色々な方々に応援して頂いているが、その中でも一部の女子が騒ぎを起こしてしまうこともあった。お前に怪我をさせてしまった時の事は周りが見ていたので例外だが、今回のことは表だって##NAME1##を呼び出すのは止めた方がいいと丸井が」
いつもこれだけ人の迷惑を考えられれば、一方的にメールを送りつける事もないだろうに!! その考える力を他の所にも! 他の所にも回そうよ!!
「部活の方は幸村に遅れると伝えてきた。もちろん部活も大事だが、今回の場合は朝岡に礼するのが優先だ」
「…もう、なんでもいーよ」
「?」
どっちにしたって私が何を言おうが、真田を助けたのは私になるならもう放っとこう。説明するのも疲れて来る…。とりあえず話は終わったのだ。真田はこれから部活に戻るんだろうし、私もこのまま帰ろう。そう思い声をかけようと真田を見上げると何かに気付いたかのように背後を振り返る。
「すみません」
そう言って頭を下げた。私は不思議に思い真田の背後に目を向けるが誰もいない。一歩横にずれ、真田で隠れていた視界に目を向けるが、そこには住宅街が広がっているだけである。一体誰に謝罪をしたのか。
「誰かいた?」
「?」
そう問いかけると真田は訝しんだ。
「今通り過ぎたご老人が夜はお静かに、と言っていったではないか」
「?」
「確かにここら辺は住宅街だ。これぐらいの話声でも響くのかもしれない。それできっと教えて下さったのだろう」
「………」
真田は何を言っているのだろう?
このまま真っ直ぐ行くとこの先には小学校がある。私も数年前まで通っていた。今は下校時刻も過ぎている上、この道は小学校の正門ではなく裏門に通じる道だ。それに駅が近いとはいえ、駅から出て右側は大きい道路が通っているため人が流れていくが、左側である此方は人通りが少ない。私もいつもは右側の道を使っている。おまけに私たちは駐輪場の出入り口を通り過ぎ、その横の歩道で話しているのだが、人通りが本当に少ないため誰かが横を通り過ぎれば記憶に残るぐらいだ。そう、記憶に残るのである。
今、通り過ぎた? 本当にまったくもって何を言っているのだろう。
つまり何が言いたいのかと言うと、
「私たちが話してる間に、誰一人として通り過ぎてませんけど?」
そう、誰も通りすぎてない。
「何を言っておる。杖をついたご老人が通り過ぎたではないか。先ほども俺の後ろから学生服を着た少年が夜はお静かに、と言って通り過ぎて行った。だから先ほども謝罪をしたのだ」
「…は?」
真田は何を言っているのか解らないといった顔だ。だがきっと私も同じ顔をしているはずである。こんな人通りのない道、横を通ればすぐに分かる。いくら話に熱中していたんだとしても、人にはとても聞かせられない話だ。そんな所に誰かが通れば少なくとも意識ぐらいはするはずだ。
「待って待って、男の子なんて通り過ぎてないと思うんだけど?」
「いや、通り過ぎたではないか。その際に注意をされたため謝罪をし、此処にとどまっているのもいけないと思ったのだ」
………確かに真田は帰ろうと言う前にすまない、と言っていた気がする。でもそれは私に言った言葉と思ってたけど、それはその通りず過ぎたという男の子に言った言葉だったわけ?
「私は見てないよ。それにさっき通り過ぎたって言ってたけどその人、杖をついてたんでしょ? なら音もするだろうしそんなに早く歩けないだろうから、流石に私も気づくと思うんだけど」
「…見ていないのか?」
「…だから見てないって」
「……だが声は聞こえただろう? 夜はお静かに、と言っていた」
「誰かが通り過ぎるのも見てないのに、声なんて聞こえるわけないでしょ」
「………」
「………」
お互い沈黙する。あー、これはきっと嫌なパターンだ。これ以上は掘り下げちゃいけない気がする。それは真田も同じだったのだろう。一度私から視線を外した後に深い溜息をつく。自分を落ち着かせようとしているのだろうか。そして静かに口を開く。
「…俺はそろそろ学校に戻らねばならない」
「……私も家に帰るわ」
そしてお互い駅に向かって歩き出す。もちろんもう振り返ったりなんてしない。
「気を付けて帰れ」
「真田もね」
ナニにとはお互いに言わない。そのまま私は駅を通り過ぎ、真田は改札へと足を進めた。ただ私は、自分には何も見えなかったのだとそれだけは幸運だったと思う事にした。
キャラが掴めない
(2013/12/29)
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