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あと八十九本...「赤い」




今朝から何人もの人に心配された。自分のクラスメイトもそうだし、他クラスの友達にも昨日の騒動の話は広まっていたらしい。おまけに朝っぱらから真田がもう一度謝罪をしに、教室内に現れたのだ。流石に昨日の騒動の原因を知っているからか嫉妬の視線がなかったのが唯一の救いだ。だが真田は私の姿を見た瞬間に大慌てで、そちらの方が大変だった。そりゃそうだろう。顔色は自分でも引くくらいに悪いし、首には包帯が巻かれている。首の事は親にも友達にも自分の不注意でぶつけて腫れたために、包帯を巻いているとか無理がある言い訳でなんとか誤魔化した。だが真田は自分が昨日負わせた怪我と勘違いしたらしい。まぁ、原因は真田にあるから間違いではないんだけどね。それでもこちらも誤魔化し、なんかとお引き取り頂いた。なんてしつこい。とりあえず私は、こんな事に構っている暇はない。今は急いでやらなければいけない事が出来た、私が生きるために。




放課後の人影がほとんどなくなった校舎内の影、そこに目的の人物がやって来た。


「俺は、今までメールも電話も無視してたくせに、一方的にいきなり呼びつけて、部活遅刻させるお前の方が恐ろしいぜぃ」

「私の命が懸かってんのよ」

「まじでこいつ自分の事しか考えてねぇー!!!」

「一応真田も助かるんだからいいでしょ。それよりも友達とかクラスの子に科学室の幽霊の対処法とか退治法を聞いたけど知らないって言うし…。いくら考えても何も思いつかないし、後はこの話を話せて、信じてくれるだろうあんたしかいなかったのよ」

「まぁ、真田自身に憑りついてるなら真田とそんな話も出来ないし、放課後の霊を見たテニス部なら信じるかもしれないけど、お前との接点、あれしかないし。そもそもお前自身が嫌がりそうだしな」

「とにかく、このままじゃ私も真田も冗談じゃなく殺される。あんたも追いかけられて殺されそうになる怖さは分かってんでしょ、丸井」


私の最終手段。友達だってこんな突拍子もない話を真面目に聞いてくれるとも思えない。私と接点があって、今回の話を信じてくれる人といったら丸井しかいなかった。本当ならあの科学室の幽霊に会ったあの後から真田には関わらないと決めていた。それでも偶然か必然か、真田と関わってしまう。そもそも窓辺であの幽霊と目が合った時から目を付けられていたのだと思う。それならもう逃げられない。あの恐ろしい血相で「殺してやる」と言ったのだから、もう本気だ。それならば私が殺されないためにしなくちゃいけない事、真田からあの幽霊を引き剥がして退治する事だ。そんな事出来るのかは分らない。それでもそうしないと……。丸井が言うには今朝の朝練で、いつもよりも真田の調子が悪いと幸村、柳が話していたそうだ。真田にも影響が出始めている、それ以上に私の命が危ない。もう完璧に目を付けられた。もう逃げていても意味がなくなってしまった。どうにかしてあの幽霊を退治しないと、私が殺されてしまう。


「俺も朝岡からメールで詳しい内容を聞いた後に、オカルト研究部とかいう怪しげな部に入ってる友達に聞いてみたんだけどよ、その殺された女の後に殺した方の男も自殺したっていうぐらいしか分らなかったぜぃ」

「殺した事を後悔したとか、怖くなったとかで自殺したって事…?」

「それかその殺された女が憑りついたり、呪い殺したとか」

「…退治方法には繋がらないわね…」

「ていうか、真田に憑りついたって事は本当に七不思議の幽霊が存在したって事だろぃ? おまけに内容が、自分を殺した恋人と似た人に憑りついて殺す。そんな風に七不思議が広まってるんなら、真田の前にも憑りつかれた奴がいるって事、だよな?」

「…いる、はずね。その人はどうなったんだろう本当に殺された? それとも何か解決法を見つけて引き剥がした?」


何か、何かあるはず。いや、ないと困る。


「………あー分っかんねー!!」

「………」

「……なぁ、やっぱり幸村くんとか柳にも相談した方が良いんじゃねぇか? あいつ等なら何か良い案が思いつくかもしんねぇ。…真田は仲間だから当然だし、お前にだって俺は助けられたんだから力になってやりたい。お前は幸村や柳どころか俺とも関わりたくねぇんだろうけど、それでもお前は俺に相談してきた。本当にやばいと思ったからだろぃ? お前たちの命が懸かってんだ。朝岡だって目立ちたくないから関わりたくない、とかもう言ってらんねぇ状況だぜぃ。分かるだろぃ?」

「………」

「きっとこれ以上は、首絞められた、なんてもんじゃ終わらねぇ」


丸井は真っ直ぐに私を見つめて言う。丸井も図書室の手の騒動で幽霊に関する恐怖は分かっている。だからこその言葉なんだと思う。テニス部に相談した方が良いという丸井。そう、なのかもしれない…。このまま退治法を見つけられず、またあの幽霊が現れてしまうのを待つより、賭けに出た方が………


「丸井?」

「げっ!真田!!」

「こんな所で何をしている? 部活はもう始まっているだろう」

「さ、真田こそ何してんだよぃ…」

「俺は風紀委員の事で職員室に寄っていた。そんな事よりも、お前は部活にも出ないで一体何をしているんだ!」

「えっいや、俺は、その、」


どうやら真田に見つかったらしい。私は角を曲がった所に立っているために真田からは見えないのだろう。しかし足音がどんどん近づいて来る。…何も解決方法が見つかっていない挙句、丸井と二人で話し合うために人通りの少ない場所で会っていた。放課後でほとんどの生徒は帰宅についているか、部活動に参加しているため、周りには本当に誰もいない。あの幽霊は今も真田に憑りついているだろう。こんな人通りのない中で会ってしまったら………


「…朝岡?」

「…真田」

「…うわ……あっ、あー、教科書! こいつが教科書運ぶのを手伝ってたんだよぃ! もう一往復したら終わっから! な、朝岡!?」

「え、うん」

「早く運べって言われてんだ、もう行かねぇと! 終わったら直ぐに部活出るからよぃ!」


きっと丸井も同じ事を思ったのだろう。真田から私を引き離そうと必死になっている。そのまま私と丸井はその場から離れようとするが、またしても声がかかる。


「……それならば俺も手伝おう」

「はっ!?」

「……」

「朝岡は怪我をしている。俺が朝岡の分を持とう」

「えっ、いやいやいや!」

「朝も言ったけど、怪我なら全然大丈夫だよ」

「しかし、俺が朝岡に怪我を負わせたのは事実だ。俺が手伝うのが道理だろう」

「それなら俺が全部持つし! ていうか本当に早く行かないと、」


そこで丸井の言葉が途切れた。辺りを見渡す。


「………何だよぃ、これ……」


丸井が唖然と呟いた。


「……」

「何も、聞こえなく、なった………」


気持ち悪いぐらいの静けさ。放課後の校舎内、おまけに人通りが少ない所だが、直ぐ近くには中庭や部活に励む生徒の声などが聞こえていた。それがいきなり何も聞こえなくなった。音という音が何も聞こえない。今まで遠くから聞こえていた生徒の声、誰かが走る靴音、ボールの跳ねる音、風が木々を揺らす音、一瞬で何もかもが聞こえなくなった。まるで私たち以外の全ての人間がいなくなったかのような…。


「これは…一体何だというのだ」

「……」

「……」


真田の困惑した顔と声。私と丸井は目を合わせる。きっと、あいつの仕業だ。嫌な予感は当たってしまった。体中が緊張で強張っていく。


「む、何だ? ……水?」

「え?」

「真田?」

「……水の音が聞こえないか?」

「!!」


そう真田は問いかける。それと同時に真田を視界に入れた。しかし私と丸井の口は動かなく、動けなくなってしまった。真田を、いや、真田の背後を見つめる。左右に揺れるそれ。隣にいる丸井から言葉にならない、引き攣ったような声が聞こえた。二階の窓から見た時は明るかったけど遠かった。部屋に現れた時は近かったけど薄暗かった。こんなに近く、明るい所で見たのは初めて。赤い雫は真田の背後で滴り続ける。目が離せない。真田はこの異常な状況で、私たちの顔面蒼白な顔と自分の背後を見つめる視線に何かを悟ったのだろう。緊張した面持ちでその視線を辿ろうとする。そのまま足を引いて体ごと振り返った。


「っ!!」


振り返ったその先にそれはいる。左右に揺れる体、だらりと垂れさがった腕、見開かれた瞼、カッターが深く刺さったお腹、赤い赤い血を滴らせた女の子。こちらを見つめて佇むその姿は今にでも襲い掛かってきそうな雰囲気で、それでも私たちは一歩も動けない。口の端から赤を垂らしながらずっと何かを呟いている。そのまま左右に体を揺らし、足を引きずりながら一歩ずつ近づいて来た。動くたびに揺れる腕と長い黒髪。歩いた後に点々と続く赤。手足が冷えていくのが分かる。…殺される! そんな恐怖とは裏腹に少しずつ近づいて来ていた体は真田の前で止まり、あろう事か、真田の正面からそっとしがみ付いた。


「っ!!!」

「!!」


そのまま呟く。


「…な、んで…わたしは、………こん、な、にも………」

「………」

「………」

「……わた、しが……死ん、だ、あとも…こう、やって…ほかの……」


体を真田から離した。俯いていた顔がこちらに向いた。あっ、と思った時には迫る顔と体。






「ぉまえが、お前が、お前が、いるからぁぁぁああぁぁああああ!!!」




「朝岡!?」




「朝岡!!!」







いきなり飛び付いて来た体に受け身なんて取れるはずもなく、後ろに倒れこむ。そのままの勢いで私の首を掴み力を込め始めた。下から見上げた表情は血に濡れて赤く、その赤を口の端から垂らしながら、私を恨めしそうに睨み付けた。










文章が酷い
(2013/07/05)



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