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あと九十本...「首」




何だかんだで色々あったテスト一週間前、それを乗り越え迎えたテスト。何時もより勉強時間が少なかった事もありとても心配だったが、返却されてみればそうでもなかったみたいだ。苦手な数学も前回とそう変わりはなかった。他の教科も心配するような点はなかったし、問題があるとすれば友達だ。赤点は無いにしろ、見るに堪えない点数だった。ちなみに丸井も赤点は無かったみたいだ。返却されるたびに騒いでいたし、メールまで来た(あいつの赤点事情など、どうでもいい)。そんな感じでテストが終わってからも回答の説明や、補習者への有り難いお言葉なので過ぎて行き、私の身の回りもあれ以来おかしい事は何も起きてはおらず、いつも通りの毎日が戻ってきていた。


「早稀ー早く食べよー」

「机、くっつけるよー」

「はいはい」


お昼になり、友達がやって来て近くにある机を拝借した。鞄の中からお弁当箱とペットボトルを取り出す。そこで飲み物があと僅かしかない事に気づき、面倒だが買いに行く事にした。


「飲み物買ってくるけど欲しいのある?」

「大丈夫!」

「私も大丈夫!」

「それじゃ行ってくるね」

「行ってらっしゃーい」

「早く帰ってきてねー」


鞄の中から必要な分の小銭だけ持ち、立ち上がった。教室から出て自販機まで歩く。昼休みという事もあり、購買に行くものなどで廊下は溢れている。階段を下りていくと近くに自販機が三台隣り合わせで並んでおり、他の離れた場所にも設置してあるため、お昼時でも難なく買うことが出来た。そのまま元来た道を戻って行く。教室の後方の扉前に辿り着いた所で、何やら中から怒鳴り声みたいなのが聞こえる。男子が騒いでるんだろうか? 昼休みなんだからゆっくりご飯ぐらい食べさせてよ、とそんな事を思いながら扉の取っ手を掴んだ手を右に動かし、扉を開けた。一歩足を踏み出し体を教室内に入れ、二歩目を踏み出した所で体が左側にある掃除ロッカーに叩き付けられた。


「っ!!!」


頭を思い切り打ち付けたようで、痛みでロッカーに寄りかかったままずるずると座り込んでしまう。何が何だかよく分からないが、右側から何か強い衝撃が来たようでそのまま左側にすっ飛ばされたみたいだ。そんな事を働かない頭で呑気に考えているが、頭が物凄く痛い。痛い、痛い、どうしてこうなった…?








「思いっきり腫れてるね。これで冷やして。大丈夫だと思うけど一応、念のために病院に行こうか。お家に電話した後にタクシー呼ぶから、ちょっと待っててね」


そう言うと保険の先生は傍に控えていた担任を連れて保健室から出て行った。その際私の横にいる人物に、少しの間見ていてくれと声をかけて行く。今この場にいるのは保健室のベッドで横になっている私と、そんな私の横に立っている真田だ。最悪に最悪が重なってしまった。


保健室で担任に状況説明をしていた話によると、ほとんどの部活は夏の大会を終え、引退しているがテニス部は別で、後輩指導として部活に参加しているらしい。そしてテスト明けの最初の朝練である今朝、朝練を遅刻した仁王を真田は説教しにB組を訪れたらしい。しかしのらりくらりと話をかわす仁王に焦れ、鉄拳制裁をしようと勢いよく手を振りかぶったところで私の登場だ。仁王が扉近くの席だった事もあり真田は扉前に居り、たまたま扉を開け教室に入ってきた私に肘が頭にぶち当たったらしい。どんだけ勢いよく振りかぶってんだよ。その後は友達が私に駆けつけ一緒に保健室に連れて行ってくれようとしたのだが、顔面蒼白な真田が私を抱え上げようとする。しかしそんな事されては私が顔面蒼白になる危機が待ち構えていると思い断ったのだが、自分のせいで私に怪我を負わせてしまったことにとても責任を感じてしまったからか、向こうも引かない。結局、騒ぎを聞きつけた担任がやって来て私は自力で立ち上がり、真田と担任に支えてもらう形で保健室に向かった。そして先ほどの会話に戻る。何だこれ。厄年? とりあえずこの状況をなんとかしたい。痛む頭を冷やしながらぐるぐると自分に降りかかる不幸とこの状況の打破を考えていると、今まで静かだった真田がいきなり頭を深々と下げた。


「すまない! 俺の不注意で関係ない朝岡を巻き込み、怪我までさせてしまった」

「……」

「申し訳ないと思っている…。本当にすまない!」


そうして先ほどよりも更に頭を下げた。だけどベッドで横になっている私からは真田の顔は見える。まだ顔は青くて、たまに見かける眉間に皺を寄せている厳つい顔は見る影もない。むしろその困惑した顔は歳相応に見えた。そして恐る恐る顔を上げ、ちらりと私の顔を窺がう。


「……」

「……」


その姿はデカい図体に似合わず、親に叱られた子供みたいで一瞬吹き出しそうになるが、必死で真顔を保つ。しかしそんな私の心の中を知る由もない真田は、私が相当怒っていると勘違いしたみたいで慌てだす。


「すまない、場所を考えるべきだった! いくら謝っても謝り足りないぐらいだ! まったくもってたるんどる! かくなる上は朝岡、お前が俺に鉄拳制裁を、」

「いやいや、なんで私が真田を叩かなくちゃいけないの」

「それでなければ俺の気が済まん!!」

「あんたの気が済まないからって私に暴力をさせるなよ」

「いや、暴力などでは、」

「あんたみたく全員が鉄拳制裁で済むと思うな」

「……うむ…」

「はぁー…」

「!」


溜息をつけば揺れる肩。外野として見ている分には面白かったかもしれないが、自分に降りかかるとなると笑えない…。こいつ、生まれる時代間違えたんじゃない? 失礼なことを考えてみる。………というか…、


「とりあえず、怪我の方は病院に行ってみないと分からないけど、こんだけ普通に話してるんだし大丈夫だと思う。これからはもう少し周りを見て」

「う、うむ」

「病院に行ったらそのまま家に帰ると思うし、悪いと思うなら私の教室に行って須崎っていう子と戸野敷っていう子に聞いて、私の鞄を持って来て。担任に渡してくれればいいから。頭痛いし親が来るまで少し休む。そのまま教室戻って」

「……あぁ、分かった…」

「……」

「本当にすまなかった。」

「うん」


真田はもう一度頭を下げ、そのまま出て行く。真田なら休むっていえば、女が寝てる保健室には入ってこないでしょ、そう思って言った。頭はまだ痛むし、なんで私がこんな目に合わなきゃいけないんだとも思ったけど、真田も悪気があって私に怪我を負わせたわけじゃない。そんなのは分かってるし、誠意ある謝罪を聞いてまで怒るほど心は狭くない。むしろそんな事はどうでもいい。そんな事よりも真田と関わってしまった事の方が重要なんだ。頭を打ち付けた時は痛みと驚きで何も考えられなかったし、そもそも私から真田に関わったわけじゃない。保健室に付き添ったのだって真田が私に怪我を負わせたからであって、当然の行動だった。だけどアレにその事が認識できる? あの恐ろしい、真田に憑りついている幽霊は、ソレを分かってくれる? いや、無理だ。理由なんてどうでもいいんだ。あの幽霊は、私が真田から自分を引き離そうとしていると勘違いしてるんだから、理由がどうであれ、私が真田に関わるのが許せないんだ。


「…また、……っ…」


また、私の前に、あれが現れる…?


「……っ」


どうしよう、どうしよう…。次に現れたら私はどうなる? 今もどこかで私を見ているかもしれない。


「…もう、近づかないから、絶対に……絶対に近づかないから…だから、」


お願いだから、現れないで…。小さく声に出して呟く。傍から見たらおかしい子だろうけど、今は保健室には誰もいない。だけど、もしかしたらあの幽霊は私の事を見ているのかもしれない、と思ったら言わなきゃいけない。お願いだから届いて!







だけど私はその晩、恐ろしい「夢」を見る。


寝ている私のお腹に跨る、恐ろしい血相をした女の子。お腹にはやっぱりカッターが刺さっていて、其処から滴る液体が私のシャツを汚す。長い黒髪はぼさぼさでその恐ろしい顔に降りかかっており、それがより一層その女の子を不気味に見せている。その眼は私から逸らされる事は無く限界まで開かれ、その口は私への呪詛の言葉を並べ立ており止まる事は無い。声は出ない、体も動かない。女の子は自分の両手を持ち上げる。その指には自分のお腹から滲み出ている液体が付いていて、一滴、私の胸に垂れた。指は私の首に向かう。抵抗できない。首を捕らえた細い指は全体重をかけて締め付ける。呪詛の言葉は止まらない。苦しい、苦しい、苦しい、たすけてっ!!! もう関わらないから、お願いだから!!! 酸素が足りていなくて、頭がぼんやりしてくる。それでも私を呪う言葉は止まらない。そのまま恐ろしい少女は私の耳元で囁いた。




「絶対に、殺し、て、やる」




意識が途絶える。目を開く。室内は朝日の光で明るい。


あぁ、夢…


起き上がり鏡を覗き込む。


あぁ、夢…


その首は赤黒い。


あぁ、夢…だったら、良かったのに………




私は、その現実に絶望する。










須崎(スサキ)、戸野敷(トノシキ)
ヒロインの友達。今の所、苗字だけなので変換機能付けてません。
(2013/07/03)



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