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九十一本...「トンネル」





「早稀ちゃんおはよー」

「おはよー」

「あれ、なんか顔色悪くない? 大丈夫?」

「大丈夫。遅くまでテスト勉強しちゃっただけだから」

「早稀ちゃん頭良いんだから、これ以上平均点上げないでー!」

「期待に応えて頑張ります」

「だめー!!」


そのまま話を切り上げて自分の席に向かう。先ほど言われた通り、私の顔色は悪いのだろう。あまり眠れていない。テスト勉強が理由というのも本当だが、勿論それだけじゃない。金曜日、あの時私の部屋に現れたあれ。気が付いた時にはいなくなっていた。正確に言うと私は意識をなくし、目が覚めると日は沈みきっており、部屋には誰もいなかった。夢だったのかと思ったが、それにしては起きた時の怠さや、気持ち悪さ、部屋に残る嫌な感じがとても夢には思えなかった。そんなこんなで土日も最悪だった。次に何時現れるのかと怯え、眠る時には電気を点けたまま眠り、まったく休んだ気がしない。テスト勉強もずっとリビングでやっていた。両親には不思議に思われたが、そんな事構っていられなかった。今なら丸井の気持ちが分かる。自分のテリトリーに異質なものが紛れる恐怖が。しかしそんな思いとは裏腹に、金曜日に現れた後は、一度もその姿を見せなかった。


そして考えなければいけないのは、あの幽霊がどうして私の部屋に現れたのかだ。金曜日に見た真田の背後に立つ姿と、あの幽霊の言っていた「あの人に近づいたら許さない」って言葉から、あれが真田に憑りついているというのは感じ取れる。だけどなんでそれを私に言いに? …あの幽霊って、恋人に殺されちゃってそれが原因で、その恋人と似た人に憑りついて殺しちゃうんでしょ? そこまでしちゃうぐらいなんだから恋人を恨んでるはずだし、その恋人に似た人も恨みの対象になっているはず。まさか一番最初に科学室であの幽霊を見た時、私も一緒にいたから、私があの幽霊の邪魔すると思ってる? そういえば金曜日も窓から覗いてる時に目が合ったし。…邪魔をしないように警告でもしに来たのか。邪魔なんてするわけないのに。むしろ二度と関わりたくないんだし。


…七不思議の内容って確か、憑りついて最後には殺しちゃうんだよね? 幽霊って本当に人に憑りついて殺せるものなの? そもそも真田以外にも憑りつかれた人なんているんだろうか? まぁ七不思議だし、学校の怪談なんて作り話なのは分かるけど、火のない所に煙は立たないって言うし、多少なりとも何処かに事実も交じっているはずだ。あの幽霊の恐ろしさだって身を以て知っている。だけど真田がこの先、殺されるというのは想像できない。まだ現実味が湧かない。これだけ色々見ていても、それでもまだ、人の死に対して現実味が湧かないのだ。そのせいで真田をどうこうしたいとも思わない。それで自分に被害がくるなら尚更だ。私は自分が助かるならば、知らん振りできる。




もう本当に関わらないと自分自身にもう一度誓い、今はもう少しで始まるテストへと集中する事にした。


「早稀ーおはよー」

「おはよー」

「ねぇ、テストどうしよう…」

「勉強して来なかったわけ?」

「したけどさ、解らない所が解らなくて、どこから手をつけたらいいか分らなくて、自分が何をやってるか分らなくて…」
「あんた夏休みが終わってから授業中、何してたの?」

「たすけてー早稀チャーン!!」


教科書を広げようと思ったところで友達がやって来て、結局勉強を教えるハメになる。まぁ、教える事で自分でも理解度が高まるしね。


「おはよー! ちょっと聞いてよ、二人ともー!!」


…まーたうるさいのが来た。携帯片手に騒がしく教室内に入って来たかと思ったら、これまた騒がしく声をかけてくる。


「おはよー」

「おはよーどうしたのー? あっテスト勉強してないんでしょ!?」

「…それもある…」

「あんた達、本当に何しに来てんの?」


エスカレーター式で高校に上がれるとはいえ、流石にこのままじゃ、やばいんじゃないの? しかし当人たちはそんな事、関係ないらしい。話に夢中である。


「東京の中学に通ってる友達がさ、帰り道にブログ用に写メ撮ったんだって。だけどよく見たら自分の背後に、あるはずのない手が映ってんの!」

「うっそ! 心霊写真!?」

「……」

「そう! 撮った後に気づいたらしくてさ、凄いの撮れたって送ってきたんだよ! 見て見て!」


そう言って手に持っていた携帯を操作し、それを私の机に置いて私たちに見えるようにする。そこに映っていたのは女の子の二人組。仲良く身を寄せ合い、右側の女の子が手を上げて居る事から、この子が携帯を握って撮影しているのだろう。そして確かに二人の間から薄くではあるが、手の指らしきものが五本映っている。


「うわぁー完璧心霊写真じゃん!」

「合成とかじゃなくて?」

「えーそんな事するような子じゃないよー!」

「東京の友達って事は此処、東京なの?」

「うん。二人の後ろにトンネルあるでしょ? 出口が見える数メートルほどの小さいトンネルらしいんだけど、其処が心霊スポットなんだって。たまたま其処で撮っただけらしいんだけど、見事に映っちゃったらしいよ!」

「へー心霊スポットかよぃ」

「!!」


通常ならば聞こえないだろう声が聞こえた。私たちは一斉に振り返る。其処にいたのは、本当ならばいる訳がない赤髪の人物だった。


「ま、丸井くん!」

「どうしたの、丸井くん!?」

「ん? たまたま通りかかったら面白い話してっし、聞いてた」

「面白い話なんてそんなー!」

「あっ丸井くんも画像見る!?」

「おう!」

「……」


たまたま窓側の一番後ろ通るってどんだけだよ、コイツ! ちらっと此方見て笑ったのバレてんだよ!! 通りでさっきから甘い匂いがすると思った。前から思ってたけどこいつは何時もガム噛んでるからやたら甘い匂いがする。というかまさか、今朝のメールも無視したからこんな事したとか言わないでしょうね…? ちらりと周りを見渡すと教室にいる女の子たちが此方を見ている事が窺える。幸いなのは私個人ではなく、私たち三人の所にいる事だ。そのおかげで嫉妬の視線はそこまで集中していない。丸井はそれを分かっていて、今この瞬間に話しかけてきたのだろう。今この場で此奴の携帯を叩き割ってやりたい…!


「おっ?」

「どうかした丸井くん?」

「此処知ってるぞ。東京に遊び行った時、其処の地元の奴と通った。確か近くにストテニがあるんだぜぃ」

「へぇー!」

「丸井くんも行った事あったんだね!」

「おう! 確かに先が見えるトンネルなんだけど、薄暗いし気味悪かったなー。心霊スポットだったのかよぃ」


あんた怖がりだもんね、という言葉は飲み込む。そんな事を口から滑らした日には一日中問い詰められる気がする。面相なのはごめんだ。そう思った時に丁度チャイムが鳴り響く。…うっわ全然勉強してないじゃん。私は良いけど、この子たちとこの赤髪は平気なわけ?しかしそんな心配は本人たちにとってはどうでもいいらしい。丸井はじゃあなと声をかけ、自分の席に戻って行く。二人も笑顔で丸井を見送っている。


「やーん! まさか丸井くんと会話できるなんて思ってなかったー!」

「ほんとぉー! あー格好いいよー!」

「…分かった、分かったから席に戻りなさい」

「はーい」

「はーい」


そう言って、頬を赤らめながら自分の席に戻って行く。はぁー、まったく。メール返さなかった腹いせに話しかけてくるとか最悪…。このまま点数悪くて赤点になればいいのに。そこまで考えて先ほどの携帯に映っていた手とトンネルを思い浮かべる。確かに合成写真じゃないの? と言ったけれども、色々なモノを見てきた身としては、もちろん心霊写真の可能性も否定できない。だけど東京のストテニに行く用事もなければ、心霊スポットに行く用事もない。合成写真だろうが本物の心霊写真だろうがどちらでもいい。私には関係ない。





東京の心霊スポットなんて、関係ない…。










真田どこいった
(2013/07/01)



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