1/1




あと九十二本...「たすけて」




今週は最悪だった。月曜日に放課後の女の子の幽霊から始まり、今日の科学室の女の子まで。なんとも濃い平日だった。中でも貴重なテスト勉強時間が削られているのが痛い。テストは明後日からだし、土日でしっかり勉強しないと。家に帰ってからはまずどの教科から勉強するか、と家までの道のりで考えているとポケットの中の携帯が震えている事に気づく。とりあえず取り出して見てみるとメールのようだ。メール画面を開くとこれからテニス部でテスト勉強だけど地獄すぎると絵文字付の丸井からのメールだった。アドレスを教えてからずっとこの調子だ。返信は最初の数回だけでまったく返してないのに、懲りずにメールしてくる。そんなくだらない事を伝える暇があるならそれこそ勉強しろ、と心の中で思うだけで返信はしてやらない。はぁー面倒だ…。


そうしている間に家に着く。扉を開けると丁度、玄関にお母さんがいる。


「あら、早稀お帰りなさい」

「ただいまー。どっか行くの?」

「今日は卵が安くなるの忘れてて。ちょっと買って来ちゃうわね」

「うん。行ってらっしゃい」

「行ってきます」


そう言って出て行く。私はそんなお母さんを見送った後、自分の部屋に向かう。とりあえず五教科の中で一番苦手な数学から勉強する事にする。鞄の中から教科書とノートを取り出し、机に向かう。期末は範囲が広いから、中間で点数を稼いで置かないと。教科書とノートを開いた後は、そのままテスト勉強に没頭していた。








あれ、何時の間に寝ちゃったんだろう?どうやら気付かない間に自分の腕とノートを枕にし、寝てしまったようだ。勉強を始めた時と比べて室内は相当暗い。日はもうすぐ沈むのか、窓から見える空は赤くて黒い。そろそろ部屋の電気を点けなければ。寝起きの働かない頭で考える。しかしずっと同じ体制で寝ていたからか、思うように動かない。腕に力を入れる。あれ? と思ったところで気づいてしまった。思うように動かないんじゃなくて、動けない。体を動かすどころか、指一本さえ動かせない。なんだこれ。この事態でようやく、完璧に頭が覚めた。まさか金縛り? ちょっと冗談じゃないんだけど。こんなの初めてだし。とにかく唯一動かせる眼だけで状況を判断しようとする。視線をあっちこっちに向けていると視界の端に見慣れないものが映った。ほとんど視界から見切れていて何があるのか分らない。だけど、そんな所に物を置いてたっけ? そんな所に大きな物を置いてたっけ? そこまで考えて物とは違う、息遣いを感じる。部屋も薄暗いしよくは分らないが、絶対に何かいる。自分の部屋なのに自分の部屋じゃないかのような雰囲気。この異様な雰囲気は知っている。ごく最近に体験した事がある。最近なんてものじゃない。今日、科学室で体験した。汗がどっと噴き出た。部屋の中はエアコンが効いていて丁度良い温度のはずだ。むしろ高めに設定してある。それなのに寒くて仕方がない。


「…っ……ぁ、っ…」


声が出ない。そして悪い予感ほど当たる物だ。ソレが近づいて来る。必然的に私の視界に入ってくるという事だ。長い髪とだらりと垂れさがった腕が見えた。次第に青白い足や胸から下の制服が見えてくる。幸い机に突っ伏して腕を支えに横を向いているため顔は見えない。しかしお腹から何か生えている。そこから染み出した液体は、ブレザーからスカートの裾に伝わり滴り落ちている。床に点々と残るそれ。よく見ると指先からも滴り落ちている。…待って…待って、待ってまってよ!! なんだ、この状況。なんでアレが此処に居る? だってあれは、真田に憑りついてるはずで……。そんな事を考えている内に左右に体を揺らしながら机の横まで来る。つまり机の横に顔を向けているから顔の目の前だ。だけど目の前だからこそよく見える。カッターがお腹に刺さっているその様が。そしてお腹の右側から左側に向けて制服が破けている。カッターは美術で使うような太いもので、それが左側に刺さっている。これって右側から刺して、左側に切ったって事だよね…? そんなどうでもいい事ばかりが頭に思い浮かぶ。何か考えてないと、緊張と恐怖で押し潰されてしまいそうだ。それでも思い浮かぶのはそんなくだらない事ばかりで。余計に異常さが浮き彫りにされるだけ。誰か助けて…。


「……っ…」


体、動いてよ…。声、出てよ…。誰か、助けてよ…。


「………ぃ」


何か喋った。だけどよく聞こえない。


「……さな、ぃ」


何なのよ…。何が言いたいの?


「ゆる、さな…いぃ」


……何を…? 緊張と恐怖でうまく呼吸が出来ない。このまま意識を手放したい。お願いだから誰か助けて。お願い、お願い!


「ぜったい、に…許、さな…ぃ」


私が何をしたっていうのよ…だれか、たすけて……。


「…………」


思いが通じたのか何も喋らなくなる。そしてその場で左右に揺れていた体もぴたりと止まった。このまま科学室の時みたいに消えるのか? そう思って少しだけ自分を安心させようとしたその時、





「ぁの人に近づいたら、許さないんだからぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁ!!!」





目の前に迫った恐ろしい顔と叫び声。



全てが真っ暗になった。










キャラがいない
(2013/06/30)



prev - back - next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -