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あと九十四本...「ビデオ」




あー、まったくあいつは、と口には出さないで悪態をつく。昨日はあの後、丸井は自分の自転車を回収するために、私の家の最寄駅まで一緒に帰った。ちなみに聞いた話によるといつもは面倒だから電車通学だが、昨日はあそこで私の事を待つために自転車で来たらしい。どうやらいつもと違う駅で降りて待っている事で不振がられる、と思ったのだろう。なので学校から距離も離れていないために、自転車で来たそうだ。一応改札から出て来ても見えにくい所に立っていてくれたし、その点については感謝だ。ちなみに運動部なんだから毎日自転車で来いよ、と言ったら朝から疲れたくないと返ってきた。まぁどうでもいいが。そんな訳で一緒に帰ったのだが、下校時刻から時間は経っているが最終下校時間までには余裕があったために、昇降口や校門にも生徒の姿はなかったのが幸いだった。


帰りは丸井の感謝の言葉から始まり、ほとんど一人で延々と話していた。適当に流していると聞いてるのか、と迫ってくるので騒がしいったらない。どうやら自分でも薄々感じていたが、私の頭の中で丸井は容赦をしなくてもいい対象になったらしい。辛辣な言葉が容赦なく出て来る。しかしあいつは一つ一つに反応を見せるが、どうやら傷ついてはいないようなので、余計にどんどん容赦がなくなっていく。そんな感じで二人で駅まで行った。しかし図書室の手は解決したために、もう丸井とはこのように話す事はなくなり、前のような挨拶をするだけの関係に戻り、今後一切関わる事はないだろうと思っていた。そしてそれを望んでいた。ところが寝る時間より少し前、丸井から今回の件について感謝のメールが来る。そこまでは良い。適当に返信もした。しかしメールはどんどん来る。もう今回の件には関係ないどうでもいいメールばかりが来る。面倒になって電源を切ってやったら、朝からずっと睨まれ続け、どうして返信しないんだ、返信しろ、話しかけに行くぞ、ごめんなさい嘘です、エンドレスエンドレス…。お前は女の子かとぶん殴りに行きたくなった。とりあえずあいつは私との約束を今でも守っているらしく、話しかけに来ないのは褒めてやる。しかしこうもメールがくると、そろそろ着拒してやろうかとさえ思う。

そんな感じでやっと四時間目が終わった。お昼は私も友達もお弁当派なため、教室内で空いている机を拝借し固まって食べ、昼食後は持ってきたお菓子を分け合って食べている。ふとブレザーのポケットに手を入れると、ある事に気づく。


「あれ? …携帯がない」

「え? 携帯!?」

「嘘! 落としちゃったの!?」


ブレザーのポケットに携帯が入っていなかったのだ。鞄にも入れてないし…最後に使ったのいつだっけ?


「四時間目は科学室で授業だったでしょ。始まる前に携帯を弄ってたし、その時までは確かにあった」

「あーなんかめっちゃ嫌そうな顔して携帯見つめてたもんね」

「迷惑メール?」

「うん」


丸井からのどうでもいいメールだから、あれは迷惑メールだ。あの時、また丸井からメールが来て面倒になったから電源を切ったんだ。その時にポケットに入れないで教科書と一緒にテーブルの下にある荷物置きに置いて、帰りは教科書だけ適当に引っ張り抜いて来た。…完璧に科学室だわ。あんな所に置かないで、直ぐにポケットに入れれば良かった…はぁー…。


「多分科学室だろうから取ってくる」

「私も行くー」

「私もー」

「良いよ、お菓子食べてな。それに一人の方が早いし」

「早稀ちゃん冷たい…」

「早稀ちゃんの分のお菓子も食べてやるー!」

「行ってきます」

「まさかのスルー! 嘘だよー!!」

「ちゃんと残しとくからねー!!」


本当に馬鹿で可愛い、友達にそんな事を思いながら教室を出る。しかし忘れたのは私だが、物凄く面倒だ。食後だしあんまり動きたくないが、自分が悪いのだから仕方ない。人の間をすり抜け科学室へと向かう。後20分ほどで授業も始まるし、何処かのクラスが授業で使うだろうから科学室も鍵はかかっていないだろう。階段を上り切り科学室に辿り着く。扉は半分開いており、中から物音が聞こえる。先生か、次の授業の準備をさせられている日直の生徒だろう。そう思い足を踏み入れると、どうやら後者だったようだ。科学室には真田がいた。向こうも突然入ってきた私に気付いたようだ。


「…朝岡、だったか? どうしたのだ。次の科学室での授業はA組だが」

「私は四時間目に授業があったんだけど、その時に忘れ物しちゃって取りに来た」


そう言いながら自分が使っていたテーブルまで行き、荷物置きを確認する。…やっぱりあった。そのまま今度こそポケットに入れた。顔を上げると真田は、次の授業で使うだろう実験道具を用意している。見た限り、四時間目で私たちがやったのと同じ実験のようだ。そういえば真田とはあの時の放課後に会ったっきりだ。丸井も言っていた通り、図書室で勉強会が続いているのならば、あの女の子の幽霊に会う確率は低いだろう。お互いに親しい訳じゃないから詳しい事は分らないけれど。


「探し物は見つかったかのか?」

「うん。お邪魔しました」


とりあえず携帯を回収するという目的は果たせた。早く教室に戻ってもう一度お菓子でも食べる事にしよう。そう思い真田の横をすり抜け教室の前方の扉に向かう。すると丁度私が出ようとした扉の横にある、台に乗った大きなテレビの電源が入った。画面いっぱいに砂嵐が映し出されている。きっと私たちが四時間目に見たのと同じビデオを見るのだろう。そのための準備だろうと思い、さして気にせずそのまま通り過ぎようとする。しかし後ろの人物にとっては予想外の出来事だったらしい。


「む、なんだ? 」

「ん?」


真田の不思議そうな声を聞いて振り返る。


「なぜ電源を入れる?」


は? 電源? …もしかしてテレビの事?


「え、真田が入れたんじゃないの?」

「何? 俺は電源など入れていないが…」


そう言うと真田は扉に向かっていた私の横をすり抜け、テレビに近づき、台に置いてあったテレビのリモコンを手にする。リモコンもないのにテレビの電源って普通は、入らないよね。古過ぎて接触不良? そんな馬鹿な。


「…切れないな」 

「切れない?」

「何度押しても電源が切れない」


真田の手元を覗き込むと確かに電源と書かれている所を押しているのに、画面は変わらない。それどころか画面の下に付いている基の電源を押しても電源が切れる事はなかった。画面は変わらず砂嵐のままだ。するとテレビの下の台にあるビデオデッキから音がする。もしかしてビデオテープの調子が悪いのか? ビデオデッキは何も弄っていないのに、ビデオテープの巻き戻るような音がし始める。なんだこれ。壊れたんじゃないの? 四時間目の時は先生が普通に操作してて見れたんだけどな。そう思いながらテレビ画面に視線を移す。まだ砂嵐のまま。

…あれ? テレビを乗せているテレビ台の後ろ側にあるコード。そのコードは全てゴムで束ねてある。テレビから伸びているコード全てがだ。コンセントに伸びているコードは一つもない。え? だって今テレビ画面は砂嵐じゃん。ビデオテープの巻き戻る音もしてるよ。これって電源入ってるよね? ……どうやって電源が入ってるの? …ふと気づく、テレビの横の机に、四時間目に私たちが見たビデオテープが乗っている。今もビデオテープの巻き戻る音…してるよね? 違うビデオテープが入ってた?


「……ねぇ、先生に言って見てもらった方が良いんじゃない?」

「……うむ…そうだな。こうしていても時間の無駄になるだけだ」


そう言いながらも真田は手元にあるリモコンを手放さない。私もその場から動かない。いや、動けない。なぜだろう。なぜだか物凄く嫌な予感がする。なぜ? 未だ画面は砂嵐のまま、ザァーっと白と黒が混じり合っている。テレビから発せられる音以外は、何も聞こえない。お互いにじっと動かないままに画面を見続ける。すると、先ほどまでどんなに頑張っても電源を切る事が出来なかったというのに、それが嘘のようにいきなり、テレビの電源が切れた。一瞬前まで画面は黒と白の二色だったが、黒一色になる。それでも画面を見続ける。科学室には間違いなく二人しかいない。いないのに、絶対に二人以外にいるはずがないのに……。




「…真田、先生、呼びに…」

「……ああ、分かっている…」


それでも私と真田は動かない。動けない。画面から目が離せない。黒一色の世界に映る私と真田の姿。そのずっと後方で動く、何か…。ゆらゆらと左右に揺れている。少しずつ、本当に少しずつ近づいて来る。もう私も真田も口を開くことすら出来ない。画面を見たまま固まる。あれは何? あの、人の形をしながらも、異様な雰囲気を放つあれは何なの?若干下を向きながらも髪の間から見える目は、こちらを捕らえて離さない立海生とは違う女子の制服を着たソレは、危なっかしくも右に左に揺れ此方に一歩ずつ近づく。それに合わせてだらりと垂れ下がった腕も揺れている。ああ、何だこれ。何なんだ。意味が解らない。あと机二つ分。最近こんな事ばっかりじゃん。放課後の教室で女の子を見て、図書室で謎の手を見て、今度は科学室? 本当に何なんだ。こんな事なら携帯の存在なんて思い出さなければ良かった。きっと五、六時間目の授業の時に誰かが気付いて、職員室に届いたかもしれない。あと机一つ分。ねぇ、後ろの子のお腹の部分に真っ黒なシミがあるんだけど。そのシミの中心に何か、刺さってるんだけど。ねぇ、それカッターに見えるんだけど。おかしいよね? 実はまだ授業中で夢を見てるんでしょ? ねぇ、そうなんでしょ? もう真後ろ。そろそろ目を覚まそうか。ほら真田、あんたもさっさと私の夢の中から出ていきなよ。私は早く目を覚まさなきゃいけないんだから。早く、早く、早く、早く、早く、はやく……………




後ろのソレが顔を上げ、口を開く。





「…………みぃつけたぁ」





ねぇ、誰か、嘘だって言ってよ










真田がほぼ空気
(2013/06/26)



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