額に落とされた口付けに、彼はくすぐったそうに身をよじった。
「よせ、***」
「マスターお風呂上がりのいい香りがするね」
「…何でこうもお前は人の話を聞かねェんだ」
既に時刻は夜半を過ぎていて、研究所内は一部を残し消灯されていた。
無論この部屋にも大きな灯りはなく、あるのは壁に等間隔に付けられた小さなランプだけだった。
それらは薄ぼんやりと灯るだけで、今、目の前にある顔を、はっきりと映し出してはくれなかった。
「マスター」
「……どうした」
名を呼んでから、少し間を空けて返ってきた返事を不思議に思っていると、既に彼の瞼が閉ざされていた事に気が付いた。
「ううん、何でも」
もう眠るのだろうか。確かに最近忙しそうにしていたし、だからこうして一緒に寝るのも久しぶりだった。そんな事をもやもやと考えているうちに、いつの間にか再び開いたその瞳と目が合った。
「眠れないのか」
囁くような彼のその問いに、私は小さく頷いた。
「…全く手の掛かる奴だ」
ふう、と吐かれた溜め息が私の額に掛かってそのくすぐったさに身をよじると、間もなく彼の細い腕が伸びて来て、私の体を抱き寄せた。
「…相変わらず胸板薄いね」
気恥ずかしさを紛らわす為に出た私の言葉に、間髪入れずもうしてやらねェぞという彼の声が返って来た。そんな他愛のないやりとりが可笑しくて、思わず顔が綻んだ。
「でも、あったかい」
彼のその薄い胸板にぴたりと耳をくっつけると、ゆっくりと規則的に脈打つ心臓の音が聞こえた。
こうしているうちに眠ってしまいそうだ。
少し重くなった瞼を閉じた後で、背中の違和感に気が付いた。
「…私眠くなってきたところなの」
「おれは目が覚めてきた所だ」
私を抱き締めて後ろに回された彼の手が、するりと寝間着の中に入って来たのがわかった。
そうしてその手は、容易く下着の留め金を外した。
「ちょっと、マスター」
「わざわざ人のベッドに入って来たお前に拒否権が無い事ぐらいわかってる筈だ、***」
「……じゃあ優しくして」
「何言ってる」
おれはいつだって優しいだろう、と彼は一体何を根拠にしたのか知らないがそんな事を言った。
「…嘘ばっかり」
本当に優しいなら眠り掛けた人間の服をわざわざ脱がせたりしない筈だと私は思った。
でも、体の線をなぞる彼の指先の心地良さに、それ以上何も言うことが出来なかった。
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