私の飼い主である男から、ある日ヴェルゴと共にこの島へ行くようにと言われた。
普段は私の自由を制限し、外出さえも許さない男が何故急にそんな事を言ったのか、それは島へ来てから理解した。
どうやら、此処で行われている非道な化学実験を見た私の反応を楽しみたかったのだろう。
島から帰った私に向かって、いつも男は笑いながらどうだったかという言葉を掛けるのだ。
「来てたのか」
何の前触れもなく掛けられた声に、私は肩を竦めた。
「…駄目だった?」
足音もなく近付いてきた彼は、笑うでもなく怒るでもなく私の方を見た。
「何の用も無く来るような場所じゃねェだろう」
何の用もない、という言葉に私はふと笑って見せた。
用があって此処に来ているわけではないと、彼は初めから見抜いているようだった。
「私はここが好きなの」
初めこそ嫌悪した非道な実験にも、もう慣れ初めてしまっていた。
それにドレスローザに居る時と違って、この島では言動も何も制限されることがないのだ。
「ドレスローザは相変わらずか」
彼が、ドレスローザという異質な国についてどれほど知っているのか私にはわからなかった。
でもその口振りから、時折誰かしらが様子を伝える事もあるのかもしれない、と思った。
「まあ、いつも賑やかみたい」
まるで、自分には関係のないような言い方になった。
実際、出来るのはいつも城の中にあてがわれた一室から城下を眺めるぐらいで、街の様子などほとんど知りもしないのだ。
ただ、街の人々はそれほど悲壮を抱いてるようには見えなかった。
「…私には少し、息苦しいけど」
これは、本来なら、言ってはならない言葉だ。
あの国で、あの男に拾われた。
寵愛を受けている、と誰もが言った。
端から見たらそうなのだろう。
だから、私が、そんな言葉を口にするのは許されることではなかった。
それでも何故か、彼を前にして口に出してしまったのだ。
「今の言葉」
誰にも打ち明けるつもりのない、心の奥底に沈めていた想いだった。
本当に、何故今そんな事を言ってしまったのか、自分にもよくわからなかった。
「ジョーカーには黙っといてやる」
彼は、表情も変えずに、静かにそう言った。
「…ありがとう、シーザー」
心臓の、脈打つ音が聞こえた。
口に出来たのは、そんな言葉だけだった。
背を向けた彼の姿を見ながら、速まる鼓動にただ戸惑うばかりの自分を恨めしく思った。
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