「土方さーん」

後ろからよく耳に馴染んだ声が聞こえたと思ったら、続いてコテコテと小走りで近づいてくる足音も聞こえてきた。
俺は歩みを止めて振り返る。
と、

「ぶっ」
「うおっ」

駆け寄ってきた蜂蜜色と正面からぶつかった。ちなみに、ワンテンポ遅れての「うおっ」が俺だ。

「……そうやって急に止まる」

少しすねたように目を伏せ前髪を撫で付けながら離れたこいつが、先ほどの「ぶっ」の正体にして原因であるところの沖田総悟だ。

「あー、悪い」

呼ばれて振り向くのは当然だし明らかに追いかけくる足音を聞きながら歩き続けるほど俺はひどいやつでもないし、だから謝る必要などないような気もするが、総悟がむくれているのでとりあえずそう言っておく。
頬を膨らませ視線を斜め下に落としている総悟は、なるほど怒っているように見えなくもないが、すぐに俺の横に移動して一緒に歩き出すあたり、機嫌を損ねているわけではないようだ。

ホッとしながら、左隣を歩く総悟を見る。
後ろから駆け寄ってきたり少しすねてみたりする姿は、素直に可愛いと思う。思わず口角が上がりそうになって、慌てて平静を保つ。今の自分は相当だらしのない顔をしているに違いない。今みたいに、いきなりかわいいことをされると困る。

俺は諦めたように笑った。
男の部下がかわいくて困るやつなんて、きっと世界中で自分くらいのものだ。

「? 何にやけてるんですかぃ」
「いや、別に。そういやどうした? こっちはお前のルートと違うだろ」
「……別に、」
「ん?」
「早く終わったから、こっち、来たんでさァ」

それだけ、と言う総悟の頬はじわりじわりと赤くなっている。
うつむいたせいか前髪が顔の上半分くらいを覆い隠して、その表情は見えない。
しかし耳まで赤くした姿を見れば、何となく色々わかってしまうわけで。
というか他に解釈のしようがない。

(なんでこんな可愛いかな……)

一緒に歩きたいという理由だけで決して近くはない距離を来てくれたのだと思うと、愛しくてたまらない。
嬉しい、ありがとうと告げて頭をなでると、総悟は花が咲くように笑った。

それから仕事の進み具合とかよく見る野良猫の寝床を見つけたとか、そんなたわいもない話をしながら、

「ってちょっと待て」
「?」

屯所の目の前まで戻ってきて、そこで俺はガシリと前を歩く総悟の肩をつかんだ。
そのまま二人で向き合う。

「お前、誰だ?」
「は? いきなりどうしました、土方さん」
「俺の知ってる総悟は」

俺の知ってる総悟は後ろから近寄ってくるときには足音を消して飛び道具ぶっぱなすし、表情読み取れるのなんてきっと俺と近藤さんくらいのもんってくらい完璧なポーカーフェイスであんな風に頬を染めたりしないし、ましてや当たり前のように仕事の話なんてするはずがない。

ということを混乱した頭でどうにか伝えると、目の前の「総悟」は悲しそうな顔をして、それから抱きついてきた。
心臓が飛びはねる。
少し下からじっと見つめてくる赤い瞳はうっすら透明な膜をはっていて、今にも泣き出しそうなそれはまるで宝石のように美しい。
俺はぐらりと揺れるのを感じた。理性とか本能とか、そういうものが。

……夢だ夢だこれは夢だ夢なんだ!でもこのことは絶対忘れない!ありがとうございました!

「俺が、ニセモノだと言うんですかぃ? これは夢か何かだとでも?」

悲しそうな声だ。
やばい、こいつ、まじで可愛い。
俺が理性とか本能とかをぐらぐらさせている間に、「総悟」は諦めたような顔をして再び口を開いた。

「あなたが望む『総悟』はどっち?」
「は?」
「このまま俺を好きになってもらえればよかったんだけど。時間切れ、ネタバレタイムでさァ。」

いきなり声色が変わった。
途中から悲しそうな声ではなくなった「総悟」が、事務的に言った。

「あなたに冷たい総悟と、あなたを好きな総悟。あなたが望む総悟はどっち?」
「……」

つまり

俺は腕の中にすっぽりおさまっている「総悟」を見た。

つまり



口を開けば悪態ばかりの総悟か
すぐに頬を染める少女のような総悟か

サボりの常習犯で隙あらば命を狙ってくる総悟
真面目で仕事の話なんかもできる総悟

デレ?なにそれおいしいの?な総悟
いい嫁になりそうな総悟

安心して背中を預けられる総悟

俺のやんちゃしてた頃を知ってる総悟

憎たらしいガキだった総悟

姉上至上主義な総悟

よくわからないアイマスクを愛用する総悟

なぜか部下からは信頼される総悟

討ち入りの時にはいるだけで空気まで変えてしまう総悟

近藤さんの剣になると誓った総悟

剣を持たせたら誰よりも強い、総悟



そんな総悟が、俺は、――――







* * *

「土方さーん、朝ですぜー、なんちゃってー。朝日は拝ませやせん、ぜっ」
「っ、うぉい!!危ねーだろ殺すつもりか!!」
「よくお分かりで」
「よーし分かった。そこに正座しろ俺が介錯してやる」
「ところで土方さん」
「無視かよ」
「実は朝の定例会議始まってます」
「そ、れは……悪い、すぐ行く」
「貸しひとつですね、ざまあ」

朝だ。
紛れもない朝だ。
ということは、どうやらさっきまでの出来事はやはり夢らしい。ずいぶん可笑しな夢をみたものだ。疲れているのかもしれない。

日の光が眩しい。俺は布団から起き上がった。
起き抜けに刀を振り回されたので眠気もふっとんだが、さっきみていた夢の内容ははっきりと覚えていた。

(あれっ? 夢だよな、絶対夢だよな。こっちが現実だよな)

不思議な内容だったわりに妙にリアルだったからこれも夢か現実か疑ってしまい、いや総悟が寝込みを襲ってきたということは現実かと安心し、その理由に笑ってしまった。
総悟に寝込みを襲われて安心するなんて。

「総悟」
「はい? かりは返しませんよ」
「んなもんくれてやるよ。あのな、」






きみがすきです
ふいをつかれたのか、総悟は顔を真っ赤にしてバズーカを取り出したので、俺は結局会議に出られなかった。



*****
一度やってみたかった金の斧銀の斧ネタ。
つまり、土方さんのノロケです。笑


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