むねが きゅん とちぢんだきがして
ああこれがいとしいってやつか とおもった
(…ん、)
耳を澄まさずとも聞こえてくる、チュンチュンという声。
鳥かな。いやいや鳥じゃなかったらおかしいし、と一人ノリツッコミをかましながら、むくり、起き上がる。
暫く放心したように顔を斜め下に向けて、それから目を覆うアイマスクに手をのばした。
ずるり
(う、わ)
瞬間、襲いくる朝陽が痛くて、ギュッと目をつぶる。
朝陽がこんなに破壊力あったなんて。詐欺だ。
朝陽を拝める時間に起きるなんて、何ヵ月ぶりかの快挙。だからこんな殺人的な日の光に射されてるなんて、やってられるか、といわんばかりに、総悟は再び布団に潜りこんだ。
適度に暖まった布団が心地よい。
朝の屯所は静かだけれど、絶対に誰かは起きている。そんな気配が、総悟をゆるり、ゆるり、眠りに誘う。
「それ」がけたたましく鳴り響いたのは、総悟がちょうど、一つ目の寝息をたてようとしたときだった。
ジリリリ、ジリリリ
職業柄、例えば熟睡しているときでさえ、物音には敏感な方だ。
それは決して眠りが浅いとか、そのような種類ではなく、単なる習慣。体に染み付いてしまったもので。
それでも総悟が微動だにしなかったのは、音源がはっきりしていたから。
(っち、ひじかたのやろう、あとでころす)
そう、それは土方の携帯電話が、着信を知らせる声。
ジリリリ、ジリリリ
(ぁー、るせーな…)
思いながら、総悟はふと、あり?と思い当たるのである。
ここは総悟の自室で、昨日は夜番だったから、あの人とは会わずに床に入ったはずで。
そして今さっき起きたわけだから、今朝ももちろん会っているわけがなく。
つまり、だ。
(…っ、しゅみわりぃ…)
土方は、総悟が寝ている間に様子を見に来た、ということになる。
きっとその時に、ポケットから落ちたのだろう。
ジリリリ、ジリリリ
どうしようもなく火照った顔を持て余し、総悟は起き上がると、布団の上にちょん、と正座した。
アイマスクは布団の中のどこかに埋もれたらしい。
そうしてから、少し手をのばして、やかましく鳴き続ける携帯を手にとる。
ぱかり、開けると、見たことのない、でもおそらく真選組隊士だろうと思われる人物の名前が表示されていた。
残念だったねィ、今土方はいないんでさ。
心の中でそう呟いて、ずっと鳴られるのも迷惑だからと、電源を切ろうとした。
(あ、やべ)
思ったときにはもう、通話ボタンを押してしまっていた。もちろん間違って、である。
自分のどんくささを呪いながら、耳にそれを当てて、はて、と考えてしまう。
はて、何と言うべきか。
相手は何も言ってこない。当たり前か、仮にも上司だし、よりによってあの人だし。一隊士が気軽に声をかけられるほど、お気軽な人でもないし。
だから、ほんの、好奇心。
出来心、ってやつ。
「…はい、土方ですが」
言った瞬間、自分は何を言っているのだと携帯を逆に折ってぶっ壊したくなった。
興味本意とはいえ、だ。
あの人の苗字をなのる、だなんて。
まるで、そう、俺の苗字が土方になったみたいじゃないか。
つまりそれは、そういうことみたいじゃないか。
ああ有り得ない!
自分の心臓がいやに早鐘を叩くのも、からだの内側がカッと熱くなるのも、電話口の向こうから上ずった声で「…そっそうご!?」と聞こえてきたのも。
有り得ないったらない!
その声はこの携帯の持ち主のもので、それを聞いた瞬間、火がついたように胸がうずいて。
いよいよ動転した俺は、むちゃくちゃにボタンを押しまくって、気付けば逆に折られて壊れてしまった携帯が、目の前に。
あちゃあ、思うのもそこそこに、もそもそと布団に戻る。
寝てしまおう
寝てしまおう
だってあんまり有り得ないもんだから。
こんなに胸がきゅう、としめつけられるなんて、有りっこない。
きっとこれは夢だ。
だから落ち着いて、寝て、起きて、
それから土方さんに会いにいこう。