お疲れさまでーす、という気の入らない挨拶と共に終わるのは、意味があるのかないのかよく分からない、いわゆる「班長会」なるもの。
待ちに待った修学旅行、しかし明日は最終日で、そのほとんどを新幹線の中で過ごすだけだというのに。
きっちりしっかり最後の班長会をこなし、自分の部屋に戻りながら、土方は妙に湿っぽいため息を落とした。

(…戻りたくねぇ…)







関西、九州、沖縄のグループに別れて行われる修学旅行は、高校生活において最も楽しみにされる行事の一つだ。
自分たちの高校では、これが高校一年生の時に行われる。それが意味するところは、来年からは旅行なんて浮わついたことはさせませんよ、受験一色ですよ、ということであり、つまり、この修学旅行は高校生活において、まさに最初で最後の一大イベント。

そんな一大イベント、たまたま土方は関西コースを選択したわけで。
そして、たまたま幼なじみの総悟も、同じく関西コースを選んだわけで。
そして何の陰謀か誰の嫌がらせか、最終日の前日、つまり最後の夜を、土方と総悟、二人きりで過ごさなければいけなくなったわけで。

高校の修学旅行の分際でホテル宿泊というのもどうかと思う。
カードキーを滑らせてロックを解除しながら、土方はとりあえずもう一度ため息をしてみた。

カチャ

見た目に反して軽い音で持ってしまったドアの鍵を、後ろ手にかける。
いつもの癖でそうしてしまってから、オートロックだったことに気付き、改めてこの部屋はホテルの一室だということに気付き、やはりため息。

部屋の中に満ちるのは、あの、ホテル特有の明かり。
頼むから白色光にしてくれ!と何度思ったことだろう。
なんだか妙なムードが漂って、良くないと思う。
それは土方が総悟に、知られざる良からぬ想いを抱いているからなのかもしれない、けれど。

良くない

非常に、良くない

この、状況は


バスルームからシャワーの音が聞こえているから、多分総悟はそこにいるのだろう。
土方はそこまで思考を行き着かせて、やっと深呼吸をした。
それから足早に移動してベッドの端に腰かけると、BGM代わりにとテレビをつける。
自分がいつも家で見ているのと全く同じCMを見ると、不思議と落ち着いて、ノロノロと制服を脱ぎ始めた。
そうして、ネクタイを弛めながら、土方はまた頭を悩ませるのだ。


総悟とは小学生の頃からの幼なじみで、だから家も近く、家族ぐるみの付き合いをしている。
いつまでもガキで、頭は空で、だのに時々妙に自分を追い詰めるようなことを考えていたりして。
放っておけなくて、ずっと一緒にいて、言うなれば兄弟のような存在だった、のに。
いつからだろう、総悟に向ける視線に、少なからず欲が入り交じるようになったのは。
いつからだろう、総悟が他のやつと話していたりするのを見て、面白くない、思うようになったのは。

否、いつからかなんて、問題じゃない。

問題は、そう。

今、この状況である。


制服から部屋着に着替えた土方は、鳴り止まないシャワーの音をBGMに、いよいよ頭を抱えだした。
だってどうしろってんだ、お泊まりなんて小学生以来だし、あーもー誰か部屋変わってくんねぇかな…。

いっそ泣き出したい、思い出したところで、バン、とドアが開く音。

バタバタと急ぎ慌てる物音。
部屋を侵食する熱気。湿気。

それから、あ、という間の抜けた感嘆詞。

「何だ、土方さん戻ってたの」

悪いかよ

いつもの俺ならこう返す。

しかし

こんな非常事態に、いつものように頭が回る

はずが

ない。

「?土方さん?」

かくり、小首をかしげると、濡れた蜂蜜色が、首にするりと軌跡を残す。
のぼせたのか、ほんのり赤らんだ頬が、白い肌とコントラストを成していて。
ふき忘れたのか、首から胸に、水滴が伝い落ちて。


ああ、何だってお前は

こんなにも簡単に、俺の数年間に及ぶ血の滲むような努力と決意とを、粉々にするんだ


「ぅ、わっ…ちょ、ひじかたさ…ッ!?」


誘ったのはお前

そういうことにしておこう


今はただ、このどうしようもない熱を、ぶつけたい。


シーツに縫い付けた両手首に改めて力を加えると、ふるり、震えた総悟に、口角が上がるのを感じた。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -