元々、教師ってやつが嫌いだった。
自分のどこにその根拠を見い出しているのか、あの偉そうな態度や上から物言う様がどうしても好きになれなかった。誰だってそんな時期の一つや二つ、あってもおかしくないと思う。
しかしさすがに高校生ともなれば、尊敬できる先生もいたりするわけで、だから根っからの教師嫌いも幾分矯正されてきた、のだけれど。

一番前の、ど真ん中の席を割り当ててもらうのは簡単なことだった。誰も教卓の真ん前に居たいなどとは思わない。皆が興味を持つのは、六列七行に並ぶ席の内、どれだけ教卓から離れられるかなのだ。
しかし俺は教卓の真ん前こそ先生からすれば死角になることを知っていたから、自ら進んでここに座っている。

それまでは計画通り順調に進んできて、これから快適な学校生活を送れるかと、思っていたのだけれど。

「……」

目の前、カツカツと軽快にチョークを鳴らし、別段難しくもない教科書の問いを解説していく彼。

『あ、そうだ、今日から教育実習生がくるから』

思い出すのは、今朝、ホームルームの最後にどうでもよさそうに付け足された言葉。
そうだ、って先生、俺にとっては一大事なんですけど。

その話によると、どうやら今日から何人かの教育実習生を受け入れて、時々授業も担当させたりするらしい。
教育実習生の授業なんて分かりにくいに決まっているじゃないか。それに、教育実習生が、自分は現役大学生で年が近いからと、むやみに絡んでくるのも好きではない。

(うー…帰りてぇ…)

一番前の席を選んだ自分を呪いたくなる。
今は数学の時間で、教育実習生が授業しているまさにその時。名前や何やらの自己紹介は寝ていて聞いていなかったから、どこの誰が授業しているのか全く分からない。授業が始まってからずっと顔を伏せているから、その人の容姿すら分からない。

それは子供じみた反抗心ではなくて、自分の容姿のせい。栗色の髪はまだいいのだけれど、青い瞳はどうしようもない。初めて会う人は皆、この日本人にしては珍しい容姿について必ず何か言うし、時には中傷されたこともあって。
教育実習生とは、たったの二週間の付き合いだから、お互い嫌な思いはしない方がいいと思う。

さっき腕時計を見たら、もう授業が終わる五分前だったから、あと少しでこの居心地の悪い時間も終わるはず。
そう思って、そっとため息をつくと、ふいに休みなく聞こえていたチョークの音が止んだ。

(終わった!)

それを勝手に授業の終わりと解釈し、体の緊張をゆるめたら、

「答え合わないな…どこで間違えた?」

少し焦ったような重低音と共に、ふっと人影がノートを覆った。

「わっ、」
「あー、ここサインじゃなくてコサインか。えーと…沖田?勝手にノート見て悪……」

(、しまった)

目があった、なんてもんじゃない。
推定距離は三十センチ。

おそらく問題を解きながら解説していて、答えが合わないと気付いたのだ。そして、一番前のど真ん中、つまり一番近くにいた俺のノートで計算過程を確認した、といったところか。

体の緊張をゆるめたのがいけなかった。思わず顔をあげてしまって、かなりいいタイミングであちらも顔をあげてたから、バッチリ目があってしまって。

その時初めて「先生」の顔を見たわけなのだけれど、切れ長の目が、俺を視界に入れた瞬間、驚いたように見開かれるのを見て、俺は静かに顔を伏せた。

狙ったように鳴るチャイム。

「先生」がミスした箇所を手短に伝え、礼を済ませると、沖田、とさっきの重低音でよんできた。

「…なんですか?」
「あぁいや、その目、」

(やっぱり、きた)

次に来る言葉は経験上分かっている。唇を噛んでその言葉を待っていると、「先生」はなぜか沈黙した。
どうしたのかと顔をあげると、再び「先生」と目があった。
そうしたら、彼はふっと笑って、

「綺麗だな」

と、それだけ言うと、授業道具を抱えて、足早に教室を去っていった。



後に残ったのは、呆けたように立ち尽くす俺。
たぶん、信じられないことに、顔は赤いと、思う。


たったの二週間
それっぽっちの付き合いなのに


(は…はじめて、言われた……あんなこと…)

パッと黒板の端を見ると、まだ彼の名前が残っていた。自己紹介の際に書いたのだろう。

(……どかた?)


たったの二週間

タイムリミットつきの出会いは、唐突に、確実に、加速していく。


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