暗闇はイヤだ
視界が黒く染まるのは怖い

今だってホラ、目を閉じればよみがえってくる
何度脳から抹殺しても、体が覚えている
刻み付けられた記憶

はやく

帰ってきて

はやく

俺を一人にしないで

はやく


「…土方さん…」


第二夜


自分の部屋を見上げると、まるで人のいる気配が無かった。
まず、電気がついていない。だから嫌にひっそりとしていて、いるはずの彼を思ってため息をついた。


日頃、ああしたいこうしたいという願いは、それこそ掃いて捨てるほどあるにも関わらず、いざ叶えられるとなると、中々決まらないもので。
相手は本当に叶えられるのだから尚更。
あちらも残り二つの願いを叶えなければいけないからここを離れるわけにはいかなくて、俺と彼の、奇妙な共同生活が始まってから何日かたった。
何日とはいっても、まだニ・三日だが。

不思議なのは、夜、暗くなると、ふらふらと外に出ていくこと。
出ていくとはいってもあちらは魔術師、ドア・トゥー・ドアならぬウィンドウ・トゥー・ウィンドウ。こちらが唖然とするくらい、ためらいなく窓から飛び立っていく。
一応補足すると、本当に「飛び立って」いくのだ。
見ているこちらの胃が痛くなる。

そうして、朝になると部屋に居るのだから、これまた不思議なことだ。
最初は、他人と同じ空間にいるのが嫌だから出るのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。
不思議に思いつつ、聞きはしなかった。
そこまで踏み込むべきではないような気がするし、とくに困っているわけでもないし。


そんなこんなで今日はバイト、いつもは6時には上がれるのだけれど、あんまり混んできたからヘルプとして残って、今はその帰り道。
まぁ手当ては貰えるらしいし、こういう事があると知って飲食店系を選んだのだから仕方がない。
結局上がれたのは九時を回った頃で、マンションについたのが、今、十時になるかならないかといったところ。

もう誰も出歩いていない廊下をぬけ、鍵を開けて中に入ってみると、人のいる気配。
パチリ、電気を着ければ現れる黒い塊。

(…寝てんのか?)

それはソファーに横になっている魔術師で、そっと近寄って見れば、その目はしっかり閉じられている。

「…総悟?」

こんなところで寝ては風邪をひくと思い、肩に手を当てて起こそうと、したら。

(っこの馬鹿!)

触れた肌は、外気にさらされたガラスのように冷たかった。
その冷たさにゾッとして、急いで暖房をつけると、かなりの本気で総悟を起こしにかかった。

「ぉい!総悟!」

何度か声をかけると、やっと目を覚ましたらしく、ゆっくりと目を開いた。
そして、半開きのままこちらに視線をよこす。

しばらくお互いに何も言えないでいると、総悟が、俺の服を確かめるようになぞった。

「…土方さん…?」

呟いたその顔が、今にも泣き出しそうで、頼りなくて。
うん、と言いながら、頭をくしゃり、かき混ぜた。
いつもなら、気安く触らないで下せェとかなんとか、さんざん悪態をついてくるのに、今は為すがままで、なんだか調子が狂う。

「夢…を、見て…」

どこを見ているのか、あるいはどこも見ていないのか、総悟は視線を中空に留めたまま、話し始めた。

ソファーに座り直して、俺も横に座って。
俺は総悟を見て、総悟の瞳はガラスのようにただ部屋を映していて。

「学校…行ってるっていったでしょう?」
「ああ」
「…あれね、半分嘘なんでさ」


世の中には才能がある人ってのがいるでしょう。スポーツでも、勉強でも、何でも。
俺がいた世界でも、みんながみんな、魔術師になれるわけじゃないんです。そりゃあきちんと手順をふめば、ちょっとした魔法なんかは使えるけれど、魔術師と名乗れはしない。
俺はたまたま才能があったらしくて、まだ物心もつかない頃に、今の師匠に弟子入りさせられたんです。誘拐されて、無理矢理だったけど、あそこにはそういう子供がいっぱいいたもんだから、寂しくはありやせんでした。
何のためにって、師匠が自分の研究に使うために決まってるでしょう。


「…あの、さ」
「何ですかィ?」
「使うって、…何に?」

途方もない話だった。
それを話す総悟が、何の感情も感じさせずにするものだから、余計に悲しかった。

「一つは、助手」

なら、もう一つは。

「…それか、人体実験」

俺が目を見開いて彼を見ると、目を合わせた総悟が、自嘲するように口の端を上げた。

「これ、」

言いながら掴むのは、自分の髪の毛。

「地毛じゃありやせんよ。染めたわけでもないけど。…分かりやす?こっちで言う遺伝子操作ってのです」

俺が尚も言葉を失っていると、総悟は儚げに笑って見せた。

「魔術師は常に上を目指すものなんでさ。だから、その為には、からだの基礎から作り替えることだってやっちまうんです。…あ、ちなみに俺は助手側ですよ。実験に使われたやつらは…まぁ人間の形はしてやせんからね」

「…見たのか?」
「…何を?」
「作り替えられる、夢」

やっと言葉を取り戻して聞くと、総悟はきつく唇をかんで、ゆっくり頷いた。
もうずいぶん昔のことなのに、と苦笑まじりに続ける。

「昔だとか、そんなん関係ねーだろ…」

絞り出すように告げると、総悟はちょっと驚いたように目をまん丸くする。

幼い、と思った。
まだこいつはこんなに幼いのに、


「暗いのが、怖いんだろう?」


目を合わせたままそう問うと、総悟はえ、と言ったままカチンと固まった。
その頬は僅かに赤い。

(…バレないとでも思ったのかよ…)

半ばやけくそになって、ガシガシと頭をかくと、そのままの勢いで総悟、と呼んだ。

「アレだ、今日から二人で寝よう、な!」

総悟はしばらくポカンとしていたが、言葉の意味をやっと理解したらしい、軽蔑するような表情。

「…地球人にはそういう趣味の野郎がいるとは聞いてやしたけど…まさか土方さんがそれだとは…」
「ちげーよ!つか、どこの情報だそれは!」

やけくそになると、人は強くなる。
根拠のない勢いほど強いものはない。

こうなれば強行突破だと、彼の腕を引きながら寝室に向かう。
風呂に入ってくるから先に寝ててもいいぞと言えば、何とも言えない表情で、まだ心の準備がと返された。

「だからちげーっつってんだろ!……俺がついててやるから、怖くねーからお前もちょっとは寝ろ」
「―っ!あ、んた、ばっかじゃねーの…」
「馬鹿っていうやつが馬鹿なんだよ馬鹿。早く寝ろ」
「うっせーよ馬鹿。……あの、それ、」
「二つ目の願いだよ、ホラこれでいいだろ」
「………命令なら、」

仕方ないですよねィ、言うのと同時に、少年は手を鳴らす。
次の瞬間、シングルベッドがキングベッドになっていた。

「うぉい!ふっざけんなよテメー足の踏み場もねーじゃねーか!戻せ!」
「…加齢臭は勘弁して下せェ…」
「しねーよ!…ぉい、寝るな、おいっ!」


…寝やがった。
なんたる可愛いげのないガキだ。

(…しかしまぁ…)


あどけない寝顔や、風呂から上がってみれば、譲歩したのかダブルサイズになっているベッド。

(捨て犬?いやいや、どっちかってぇと、猫か?)

可愛いげがないのが可愛くて、放って置けない。

横に寝転がって、電気を消す。
彼の寝息に変化のないことに安心すると、そっと、その髪に触れた。

お前はさっきあんなこと言ったけど
俺はこの髪が好きだよ


触れた指先、跳ねた心臓。

何かが色づいた気がした。



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