「メリークリスマス!」

カラフルなリボンにまみれて飛び出してきたのは

危なっかしくて、イタズラ好きで、それでもどこか憎めない、そんな少年



職業、魔術師



第一夜



「……はい?」

この状況が分かるだろうか。

いつもの朝、今日から大学は冬休みで、だからいつもよりはゆっくり起きた。
違いはそれだけだ。いたっていつもの朝だ。

だのに、この状況は何だろう。

目の前に仁王立ちしているのは見覚えのない少年。おそらく、いや、確実に初対面であることには違いない。
だってこんなに整った容姿をしているやつなら、一発で覚えるはずだ。

サラリと流れる蜂蜜色の髪に、世の女たちが羨むだろう、溢れそうなほど大きな紅の瞳。
小さめの口は、先ほどクリスマスの挨拶をしてから全く開ける気配をみせない。
何やら満足しているような、得意気な表情をしている。
なぜだ。

そしてその格好がさらに疑問である。
上から下まで真っ黒で、とんがり帽子に、引きずるほど長いローブを身につけている。
そのローブも不思議なもので、一見ノースリーブのタートルネック。腰から下はチャックを開けたような状態だから、動く度にその裾がユラユラと揺れる。
そしてそのおかげで、妙に短い、ホットパンツのようなズボンと、一見ニーハイなロングブーツが見える。
どんなファッションだ。

対して俺は起きたばかりであるから、ベッドの上にやっと座ったところで。
時計を見る。
まだ朝の八時だった。

「えーと…」

とりあえず名前と目的と、どうやって鍵がかかったこの部屋に入ってきたのかを問いただそうとしたら。
そいつは、ふと思い出したように言葉を発した。

「おめでとうございます、あなたは18638人の候補者の中から幸運にも選ばれました。そこの魔術師はあなたの願いを叶えるためにやってきたのです。それではあなたの願いを聞きましょう。ただし三つだけ」

何やら懐から取り出した紙を見ながら一気にそう言うと、くしゃりとその紙を潰す。
次に手を開いたときには、それは消えていた。

「そういうことなんで、パッパとお願いしまさぁ」
「えっ、ちょっ、まっ待て、お前ちょっと落ち着け!?な!?」
「…あんたがね、土方十四郎さん」

名前を呼ばれ、ハッと目を合わせると、そいつはニヤリと嫌な笑みを浮かべて。

「土方十四郎、大学二年生。ただいま一人暮らし中、ちなみにクリスマスは誰かと過ごす予定無し。最後のはちぃと意外ですねィ。女ウケしそうな顔なのに」
「うるせーよ!なんだお前アレか、ストーカーか何かか?」
「うわー自意識過剰にもほどがありまさぁ。大体俺、男ですぜ」
「じゃあ何なんだよ…」

さすがにやる気が削がれて、諦めたように問えば、あちらはさも当たり前かのように何かを差し出してきた。
ちょうど、高校生が持つ学生証くらいの大きさの紙。
受け取って読んでみれば、そのあまりの内容に愕然とした。

「俺、魔術師なんで」

学生証とはうまい例えをしたものだ。
それはまさに「学生証」だった。ただし、聞いたことも見たこともない名前の学校の。
何やら「魔法学校」とも書いてある。

「…マジシャン?」
「うん。まじゅつしって書いて、マジシャンって読むんでさ」
「いやいやいや、無いだろそれは!」
「うっせーなァ、本当だってば」
「だってお前、これ日本語じゃねーか!日本に魔法学校なんてあってた…ま……あれ?」

嘘だろ?

再び紙面に目を向ければ、すべて英語で書かれていて。

「そんなの、簡単にかわりやすよ」

少年がパチンと指を鳴らせば、フランス語に変わる。

…え?
何、この状況。

「…まぁ、物は試しって言うでしょう?」

一つ、願いでも言ってみなせェよ。
言われて、それもそうかと考え直す。
考え直してしまうあたり、もうこいつの流れに乗せられているのかもしれないけれど。
叶えられなかったらとりあえず警察に連れていこう、そう思って、改めて部屋を見れば、嫌でも目に入る色とりどりのリボン。
なんのサービスか知らないが、こいつが「飛び出してきた」ときに一緒に出てきたものだ。
部屋を埋め尽くしている。

「あー、じゃあ…」

言いながら、ふと疑問が浮かんだ。

「飛び出してきた」って、どこから。

確か、中空から。

それって、つまり

「リボン。全部綺麗に無くしてくんねぇ?」

つまり

「了解」

少年が指をパチンと鳴らす。
と、瞬きをする間に、リボンが全て消えていた。

「完了しやしたーってあんた、もっと願い無かったんですかィ?魔法使って掃除って…」


つまり、こいつは本当に。

魔術師ってことになるじゃないか?


「…マジかよ…」
「大マジでさぁ」

なぜかドッと疲れを感じて、ゆっくりと座り直す。

「…なんで?」
「クリスマスだからじゃないですか?」
「いや、まだクリスマスじゃねーし」
「え!嘘!!」
「…あと何日かあるけど」
「まぁ…いいでさぁ。試験に支障は無いはずだし…」
「試験?」

やっと知っている単語が出てきたから繰り返しただけなのに、彼は叩かれたように、ガバリとこちらを見てきた。
そうして、いかにもイタズラがバレた子供のような表情をみせるから、どうにも追求したくなってしまって。

「は、天からのクリスマスプレゼントってわけじゃあ、無いらしいな?」
「……う、…」
「言えよ」
「…ぇ……あっ!」

じりじりと遠ざかるその手をガシッと掴むと、ビクリと肩を揺らして、顔色を伺うようにチロリとこちらを見る。
そうして、多分に焦っているからだと思うのだけれど、ポワンと顔を赤くするものだから、何だか悪い気がして、パッと手を離した。

「…つまり、その…卒業試験みたいなもので…」
「はぁ、」
「何も知らない異世界人に、自分が魔術師であることを信じてもらい、願いを叶えてくるって内容なんでさ。だから、あと二つ、願いを言ってもらわないと…」
「…もらわないと?」

瞬間、彼の目から光が消えた。
そうして、唇をギュッと噛むその様が、嫌に可哀想に思えたから。

「…言いたくないならいいけど。分かったよ、あと二つな」

言えば、驚いたように顔をこちらに向けて、その拍子に被っていたとんがり帽子がパサリと落ちて。
蜂蜜色の髪が揺れる。

その顔が嬉しそうに、本当に嬉しそうに綻ぶのを見て、何故かこちらまで嬉しくなって。

「お前、名前は?」
「…総悟」



彼の力になれればいいと思った

なりたいと思った


「よろしく頼みまさぁ、土方さん」





こうして。

魔術師のいる生活が始まった。


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