吐息の触れる距離。
信じられない。
今すぐにこの腕を離して、いつもみたいに笑って誤魔化して、ぎこちない幼なじみの関係を続けてほしい。
俺は本当にそう思った。
つう、と冷たい涙が頬を伝う。目の前の彼が息をのむのが分かった。
同時に俺は、信じられない感覚に襲われた。
床がぐらぐら揺れているような、まるで難破しかけている船の上にいるかのような、そんな感覚。極度の緊張状態に陥っているからだと、頭のどこかが弾き出す。
(あ、あ、)
なんで?
なんで、俺はそんなに緊張しているの。
なんで、この人に両腕を掴まれているの。
なんで、俺は泣いているの。
なんで、なんで、
俺は、この腕を振り払おうとしないの?
今すぐにこの腕を解放して欲しかった。
だのに、ずっと腕を掴んでいて欲しかった。
(溺れる――)
俺が勝手に頭を混乱させていると、唐突に、本当に前触れなく、土方さんの手の温度が消えた。
「…っ!」
そうして次の瞬間、それは頬に当てられていたものだから、俺はビックリして目を見開いた。
そして土方さんの瞳を直視した瞬間、今度は息のつまる思いがした。
(や、だ。この人、)
俺相手に、何て目を
しているんだと、いよいよパニックを起こしそうになって、その時、土方さんが魔法からとけたようにハッと目をあわせて。そして焦ったように身を離した。
「ぁー、…悪い、どうかしてた」
土方さんは苦笑しながら吐き出すようにそう告げると、気まずい空気を誤魔化すためか、マグカップに手をのばした。
(あ…)
涙を拭くのに一生懸命になっていた俺だが、そのマグカップを見違えることはなかった。
土方さんはその中身を少し口にすると、眉をひそめ、もう冷めてるから違うのを持ってくると言って部屋から出ていった。二つのマグカップを持って。
(あーあ…)
俺はプールから上がったときのような脱力感を覚えて、ずるずるとベッドの側面を滑った。
人差し指で唇をなぞってみる。
(間接ちゅーは規約違反?)
さっき土方さんが飲んだのはココアだ。つまりあのマグカップは俺が使っていたもので、あの人はそれを知られないようにおかわりを持ってくるなどと言ったのだろう。
いっそ
キスしてほしかったのに、なんて。
気まぐれにそう考えて、何故か、また。
涙が一粒、そっと頬に跡を残した。