カチリ、携帯を開くと、押し慣れた番号を機械的に押していく。

「……」

そうして、通話ボタンを押す前、やはり躊躇う。

あぁ、何だってこんな事になっちまったんだ。
俺たちは仲の良い幼なじみで、いつからだろう、それだけじゃ足りなくなったのは。

欲しいんだ。
欲しくて、たまらない。

だからさよなら、今までの俺たち。

頭の中、呼び出し音の向こう、不機嫌に携帯を持ち上げる彼を描いた。





「……」

土方十四郎、ただいま意気消沈である。

頭を支配するのは、脱兎のごとく遠ざかる彼の後ろ姿。

先ほどまで、総悟と一緒に帰り道を歩いていて、それなのに。
途中で寄ったデパートから出ようというその時、彼はこちらを見て、苦しげに顔を歪めた。
そして、それを不思議に思ううちに、遠ざかる彼。

(……今見たよな、絶対こっち見たよな)

つまり総悟は、俺の姿を認めながらダッシュで帰ったのだ。
呼び止めようかと思ったが、最後に見えた彼の横顔があまりにも必死で、だからその場で暫し固まってしまって。

(…ちくしょう、何だってんだ…)

結局一人で家まで歩き、今はベッドの上に座りこんでいる。
正確に言えば、座って、机の上に置いた携帯電話を睨み、思案しているのだが。

(…これは、電話するべきなのか…?)

帰り途中、いきなりダッシュで帰られたら、心配して電話するだろう。
普通の友達間でもするだろうし、俺たちは幼なじみなのだから尚更。
普通、心配するだろう。
実際、現在進行形で心配している。
でも。

自分の、彼に抱いている厄介な感情が、それを邪魔する。

俺は総悟のことを、ただの幼なじみだとは思っていない。
だから臆病になる。
友達の、幼なじみの線を越えないようにと。

我ながらめんどくさい感情だ、と笑って、ふと窓に視線を移した。
もう日は傾き始めていて、赤とも黄色とも形容しがたい色が、窓から溢れている。

その光景は、何か思い出させるものがあって、何だろうと考えてみれば、すぐに思い当たった。
忘れるはずがない。

(そういえばあの時も、こんな背景だったよな…)


先に述べたように、俺と総悟は高校に上がるや否や別々の道を歩み始め、会うことなんて全くと言っていいほど無くなった。
総悟は部活で何度か名前が上がることがあったが、高校になれば全国にいこうがさして騒がれない。
うちの高校の剣道部は、全国にいって当たり前だったから尚更。

俺も、これといって総悟と接点を持とうとせずに、高校生活を送っていたわけだが。
ある日、それは呆気なく崩れ落ちた。

始まりは、ひどく些細な。
ほんの、日常の一コマだった。


一年前、生徒会に入りたてだった俺は、予算を担当していて、その時は剣道部の予算を確認しようと、その顧問を探していた。
しかし担任をもっている学級にも、職員室にもいない。
仕方なく剣道場まで赴くと、何やら何時もより静かな雰囲気がただよっていた。
いつものかけ声や、絶え間なく聞こえてくる打ち合いの音がないのを不思議に思いながら、控えめに顔を覗かせると。
目に入ったのは向かい合う二人。
防具に書かれた学校名を見れば、片方はうちの高校だが、もう片方は他校であることがわかる。つまりは練習試合、といったところか。
この二人の試合が終わるまでは入れないだろうな、と気だるげに壁に寄りかかったところで、目の前、相手校の選手が一本を仕掛けた。
足も、呼吸も、腕も、何一つ問題がないように見えて、あぁこりゃ入ったな、と立ち直した、時。

「…一本!」

途端、ワッと歓声が上がった。
うちの高校側から。

(…嘘だろ)

あの体勢から、角度から、避けて更に一本をかすめ取った。
礼をして後ろに下がり、面をはずしたそいつを見て、どくり、心臓が妙に煩く鼓動を刻んだ。

知っている
知っている

だってあいつは、

面を横に置いて、手ぬぐいを頭から外すと、見えたのは夕日をキラキラと映し出す蜂蜜色。
くりっとした大きな目も、俺が幼いときから知っているもので。

俺が柄にもなく、意味も分からず動揺しているのを、その目で見たあいつは、何か言って、にこり、笑ってみせた。
聞こえなかったが、唇で読めた。

『ひじかたさん』

そう言って、あいつは、にこり、笑った。

思えば、それが始まりだった。
しかしこちらも男、あちらも男、更に幼なじみとくれば、まだ気持ちの自覚は無かったにしても、本能的に軌道修正を試みたのだろうか、それからは女をとっかえひっかえ。
皮肉なことに、相手には苦労しなかったものの、それさえもあいつの前では無駄に終わった。

高一から高二にかけての春休み、久しぶりに遊びに来た総悟は、一体何をしに来たのか、俺の部屋につくなりベッドに倒れこんだ。
もちろん、そのまま寝息をたてはじめる。

何やってんだと嘆息、しかして変わらない彼が嬉しくて、ベッドに腰かけ、その髪を撫でて。
ちょうど夕日が射し込んできて、蜂蜜色をさらに色で濡らして、そんな光景を見て、不意に思った。

好きだ、と。

それを抱くには間違った相手なのにもかかわらず、ことん、と心に落ち着いた。

あぁ好きなんだ、と。
総悟が好きだ、と自覚して、それから、全ての女と関係を切った。


そうして今にいたる。

携帯電話を片手に、半ば諦めの気持ちで番号を押す。
分かってた。
このままではいられないってことくらい。
この感情が彼を傷つけることになっても、もう自分では抱えきれないほどに大きくなってしまっていて。
分かってた。
もう、限界だったってことくらい。

本当に、何だってこんな事になっちまったんだと自嘲しながら、呼び出し音がプツリ、途切れるのを聞いた。

「……何ですかィ」
「…ぁー、さっき、どうした?デパートで。具合でも悪くなったか?」

心臓があり得ないくらいに早鐘を打っている。
ヤバイって、絶対これ音もれてる。

「具合悪いも何も、」

結構な空白の後、ポツポツと総悟が話し始めた。

「何で女に貢ぎ物してるアンタを待たなきゃいけねぇんですか。面白くもねぇ」
「…………は?」

…やっと話し出したと思ったら。
何を言い出すのか。
女に貢ぎ物?
俺が?

「…おま、誰も女に貢ぎ物なんて買ってねぇよ」
「へっ?だってアンタ、お揃いの袋…」
「それが何で女に繋がるんだ」
「……」
「…総悟?」

女に、なわけないだろう。
だってあれは、あの袋は、

「お前、明日誕生日だろ?だから…」
「!、ぁ…」

しどろもどろになる総悟に、思わず口角が上がるのを感じた。

これは、そういうことなのだろうか。
否、そうでなくとも、もう告げると決めたことだ。

好きなものは好きで
それが駄目であるならば、それはお前のせいで

無責任な事を考えながら、総悟、と極力優しく呼んだ。
返事は、なかった。

目を閉じて、携帯をそっと持ち直す。

一つ、分かっている事は、もう、今までのような関係ではいられないこと。


「総悟、」
「……何」





「好きだよ」




だから

さよなら

今までの俺たち


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