ちくしょういい度胸してんじゃねぇか。
土方のくせに。

うつ向いて歩いているせいか、視界をチラチラ、右手が横切る。
土方さんの、右手が。

そのたびに心臓が不規則に跳ねて、体なんて火がついたようにカッと熱くなる。

ちくしょう
土方のくせに、こんなに俺を動揺させるなんていい度胸してんじゃねぇか。

ちくしょう
土方さんのせいだ


土方さん、だから





「……」

何が悲しくて、デパートの入り口で一人、たむろってなければいけないのか。
たむろってる、というよりは、待っている、わけなのだが、それにしても。

右手には待ち人が残していったピーチジュース。
もう半分ほど無くなってしまっていて、しかし缶の冷たさは損なわれず。
この缶がぬるくなったならば、直ぐにあの人をおいて帰ってしまおう。
と、何回目かの決意をした後、いやに真っ白い入道雲を睨んだ。




「あー…もしかして今日って七夕か?」
「…みたいですねィ」

大きい通りを抜けて、商店街に入る。そのアーケード街を抜ければ、すぐ俺と土方さんの住む団地につく。
はずだったのだが。

視界に広がる色とりどりの細長い紙切れと、笹の緑。
紙切れを覗きこめば、願い事がぎっしり。

いわゆる、七夕。

今年は晴れててムカつきまさぁ。いや何でだよ!と会話を繋げながら、日にちなんて気にしないもんだなぁと妙に納得。
部活ばっかりやっているものだから、日にちの数え方といえば、何日後に試合、それから何日後には…といったぐあいであり、そしてこの方が便利なのだ。

しかし七夕と気付いたところで何か感慨にひたる気もなく、早く帰りましょうや、と振り向いて、

(…何、この人)

見れば土方さんは何を思ったか百面相をしてみせる。
何を悩んでいるのか眉間にシワを寄せ、嘆息の後に、何やら決心したようにこちらを向いた。

(…おもしれぇ人)

ヘンな土方さん、と視線に野次る意をこめれば、ふいに目をそらされ、腕を掴まれた。

「なっ何しやがんでィ!」
「いや…ちょっと」

アンタにとってはちょっとでも、こちらにとっては一大事なんでィ!と心の中で叫びながら、ほてった顔をどう誤魔化そうか必死に考えているうちに。




「…」

これである。
早口で言い含められ(何を言ってたかなんて忘れた)、土方さんは『三分、待ってろ』を最後に、もう十分は俺の前に姿を表さない。
アーケード街の真ん中らへんに位置するデパートは、人の出入りが多く、端的に言うと、居づらい。

仕方なく辺りを見回していると、遊んだ帰りだろうか、男子中学生が二人、だらだらと歩いているのが目についた。
それはまるで

(ちょっと前の、俺らみてぇ…)



土方さんと知り合ったのはいつだったろう。気付いたら側にいて、そのまま高校まで一緒になってしまったものだから、これが世に言う腐れ縁か、と思っていたのに。
高校の部活といったら、まるでメンバーを洗脳せんとするかのような内容。
俺たちには部活しかないんだと、そう洗脳させるような。
まぁ我らが剣道部メンバーは大抵推薦で入ってきたやつで、部活をするために高校にきたようなものだけれど。
そして俺だって、その一人なのだけれど。
それにしたって。

離れて初めてありがたみが分かる、とはよく言ったものだ。
高校になって、土方さんと離れて、初めてこんなに一緒にいたのか、と気付いて。
それが少し寂しいとか、女をとっかえひっかえする土方さんにイラついたりとか、するうちはまだ良かった。
目があったときには笑ってくれたりとか、たまに会った時には必ず話しかけてくれるだとか。
全校集会の表彰式なんかで、生徒会副会長のあの人が、剣道で賞をとった俺の名前を呼ぶ時、だとか。
そんな時に、胸が苦しくなって、でも同時に嬉しい、と思ってしまったときには、もう駄目だと思った。

駄目だ無理だ

だってどうしたらいい

こんな厄介な気持ちかかえて、俺は



はぁ、とため息を落とした。
それは妙にしめっぽいもので、ムカついてピーチジュースの缶を投げた。
運よく、燃えないごみ、とかかれた箱に吸い込まれた。

まだ来ないのかよ、と後ろを振り向けば見慣れた黒髪がデパートから出ようとしていた。
イラつきをそのままに、さぁ何と罵倒してやろう、と意気込んだところで、

ふいに、呼吸の仕方を忘れた。

だって
土方さんの手に、袋が、二つ。
最近人気のアクセサリーショップの、袋、が。

それはどう見ても、同じ大きさのアクセサリーを入れたもの。
きっと、お揃いの。

きっと、彼女と、お揃いの。



気付いた時にはもう、全力で走り出していた。




(最近、あんまり噂、聞かなかったのになぁ…)

土方さんに女がいる、という噂。

全力で走れば、さすが運動部、もう団地まではあと少し。
前を見れば上りの坂道はもう終わるところで、そこからは、勢いよく下りの坂道。

気を抜くと緩みまくる涙腺を恨むと、歩き出しながら思った。

分かっていたじゃないか。
土方さんの女の影なんて、今に始まったことじゃない。
俺たちは男で、幼なじみで、だから何もなければ、しなければ、一緒に居たって誰も怪しまない。

決めたじゃないか。
この気持ちは、心に深く埋めたまま、掘り出されることは、決してないのだ、と。

「土方のバカヤローが…」

だからって、一緒に帰っているその時に、彼女へ七夕のプレゼントとは、どういうことなのか。
これは幼なじみ故に抱く苛立ちなのか、それとも。

「ちくしょう…っ!」

噛み潰すように吐き出すと、一気に坂を駆け降りる。
あぁいっそ。
風にでも、なってしまいたい。


ちくしょう、土方のくせに。
土方のくせにいい度胸してんじゃねぇか。

こんなに苦しくて、痛くて、もどかしくて。
もう全部投げ出したくなるほど。
それなのに

それなのに、嫌いじゃ、ない、なんて。
アンタを嫌いになれない、なんて。
アンタを好きな自分が、嫌いじゃない、なんて。

冗談じゃない。

坂道を抜ければ平らな道、立ち止まって振り返ればアンタは見えなくて。
それに苦しくなって、でも安堵して。

しばらく下を向いていたけれど、思いたったように再び足を進めた。

コンクリートには、ポツリ、水の落ちた跡。
じわり、太陽の光がそれを薄めて、

ふいに、消した。


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