あ、と思った時にはもう遅かった。
それは道の横のちょっとした坂道を、コロコロと転がって。

だから、何も考えずに言葉を発した。
俺が考えうる中では極めつけに合理的で、もっともだったから。

そしてその瞬間に固まった土方さんを見て、あれ?と思った。
自分が言った言葉を反芻して、

思わず、赤面した。





土方さんがおかしい。

いや、この人は常から一般離れをしているが、それにしても。

「……」
「……」

(何、この気まずい空気)

先程、土方さんにアイスを貢がせた。
そこまではよかったのだ。
俺が、距離を見積り違って、土方さんの指をくわえてしまって、それから、おかしい。

(気分悪くしちまったんですかねィ…)

そりゃあ幼なじみの男に指をくわえられれば気分も悪くなるだろうし、動揺もするだろう。

しかし

そう、しかし、なのだ。

言っちゃ悪いが、こちらもかなり動揺している。

土方さんがアイスを選んで、そして口に放り込んだ。
選んだアイスは俺の嫌がる(だって酸っぱいじゃないですかィ…)柑橘系を避けたのだろう、イチゴ味。
くりゃり、かき混ぜられた髪は、何だか熱をもったような気さえする。

アイスが、しゃりり、溶けた。

まだ、大丈夫。
これくらい、少し親しい友達どうしならできること。
だから、まだ。

あなたの優しさに甘えた、俺の甘い線引き。




(…あ……あーあ、)

意識の疎かになっていた足が道端の石につまづき、ワイシャツの胸ポケットから、生徒手帳がこぼれ落ちた。

あ、と思った時には既に遅し。

道のわきの坂をコロコロ、転がっていって。
一人でとろうとすれば、俺も生徒手帳の二の舞になるだろう事は、いくら俺でも分かる。

だから、

「土方さぁーん」
「…何だその間延びした呼び方は」
「ん」
「は?」

竹刀入れとスポーツバックを地べたに置いて、右手を、少し前方を歩いていた土方さんに向かってつきだす。

「手、」
「…はぁ」

何でこの状況分かんねぇかなぁと顔を上げて、気持ち睨み付けて一言。

「手、つなぎなせェ」

その瞬間の土方さんといったら、まさに見世物。

ピタリ、固まって、唇を一瞬噛むと、何でだよ、と絞り出した。

言われて、自分が言ったことを反芻、もれなく赤面。

ヤバいヤバいヤバい!

「せっ、生徒手帳、が、落ちたんでさぁっ!」

俺、さっき、何、なんて言った?

「俺はあんたと違ってMじゃねぇんで、坂を転がったって何も嬉しくねぇんです!だから、ありがたく手をお貸し奉りなせェ…っ!」

声、震えてない?
大丈夫。
顔、隠せてる?
多分、大丈夫。

これは、まだ、友達の域?

「俺だって坂なんぞ転がりたくねぇよ!しかも“お貸し奉れ”って何だ!」

何だってお前はそう他人をいびる語彙だけ豊富なんだ、とぶつぶつ呟きながら、左手を差し出してきた。

内心ホッとしながらも、俺に更なる問題。

え、何コレ。
俺が土方さんの手を掴むわけ?

普通相手が先に手を差し出したら、その手を掴まないだろうか(普通掴む)。

仕方なく土方さんの手を乱暴に掴むと、俺を落としたら殺す、と遺言を叩きつけて坂を降り始める。

一人で降りれば転んで泥まみれになることは必須だが、手を掴んでもらったおかげで、わりと直ぐに生徒手帳を取り戻せた。

繋がった手から心臓の音が伝わらないかと、ひやひやしながら降りていたから、左手で生徒手帳を確保した瞬間、安心したのかもしれない。

「あ」
「っおい!」

死ぬ気で踏ん張っていた足が、ずるり、滑って。

(ッ、落ちる――)

そう思ってギュッと目を閉じた瞬間、なぜか上に引っ張られる感覚がした。


「……へ」


恐る恐る目を開けてみれば、目の前に広がる白。
両腕に、土方さんの大きい手に掴まれる感覚。

「…何やってんだよ」

頭上から声がして、目の前の白が遠ざかる。
白は、どうやら、土方さんのワイシャツだったらしい。

未だ固まりっぱなしの俺。

怪訝そうに見つめてくる土方さんをおもいっきり蹴りとばすと、悪態も受け流して足早に、というかむしろ走る、に近い速度で帰り道を急ぐ。

(え、ええ、え、何、何、なに)

抱きしめられた
抱きしめられた

土方さんに

そりゃ、俺の脅迫まがいの遺言(落としたら殺す)が産み出した、事故なのだろうけど。

地べたに置いていた荷物をとると、そのまま自分で自分を抱きしめた。
一瞬。

そして目をギュッとつぶって、後ろから焦ったように駆けてくる土方さんの足音を聞いていた。

蝉がやけに煩い。

地面もジリジリとして、太陽もギラギラとして、煩いったらない。

それでも一番厄介なのは、外に飛び出るんじゃないかと疑うほど煩い俺の心臓と、ほてった顔。

ああ、これだから夏は


うざったくて
困る


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