ミーンミーン

馬鹿みたいに鳴り続けるセミの声が体感温度を上げていることは、もはや疑うまでもなく。
気まぐれで買ったアイスも、その甘さに嫌気がさしてきたところだ。
イライラして余計、暑い。
そして、

「土方さーん」

こいつが、

「それ、もう食べないんでしょう?」

今俺の体温を上げている、一番の理由。





「あ」
「…おう、久しぶり」

高校二年の夏なんて、部活と部活と部活で出来ているようなもんだ。
それは俺の幼なじみで、超ド級サボり魔のこいつにも容赦なく降りかかるわけで。

「…部活か?」
「あー、まぁ…」

そうして意外なことに、部活に限ってはこいつのサボりは発動されていないようで。
まぁうちは剣道部のいわゆる名門で、その主将を任されたとなれば、しかるべきなのだろうけれど。
加えてこいつ自身が全国連覇、国体にも連続出場となれば、やはりしかるべきなのだろう。

そして、これもまたしかるべきなのだろうか。

小学校の頃から…いや、物心ついたころから一緒にいて、それは学年が上がっても中学に上がっても同じだったのに。
高校に上がってからはそれぞれ違う部活、二年になれば俺は文系、あいつは理数科。
あれよあれよという間に、悲しいかな、接点は無くなるばかりなのだった。

「土方さん?」

過去に思いを馳せるあまり、どうやらフリーズしてしまったらしい。
不思議そうに覗きこんでくる、くりっとした丸い目、とどめの上目使い。

「ーッ!」

何でもない、と呟いて、足早に下駄箱へ向かう。
もともと総悟と鉢合わせたのが昇降口前だったから、すぐに自分の下駄箱に到着、ため息を一つ。

(…駄目だ…)

駄目だ無理だ。
うまくやれる自信がない。
俺は今、ちゃんと顔を作れているのだろうか。

頼れる幼なじみ、昔からの友人、あわよくば親友。
そのポジションに満足していないわけではない。
このポジションを失うわけには、絶対、いかない。

「ー総悟っ!」
「…へぃ?」

でも、

「一緒に、帰んねぇか?」

今くらい、これくらい、なら。
自分を甘やかしても、許されるだろうか。






そして話は冒頭にさかのぼる。
長い間、一緒に帰るなんてことをしなかった俺たちは、始めこそ何やら気まずい空気が流れたりもしたが、今はもうこれだ。

「土方ァー暑ィんですがー」
「うるせぇよ、お前がうるせぇから暑いんだ」
「暑さで死ね土方。あ、間違った。死ぬ土方」
「勝手に殺すなァァァ!」

お互いの近況やらを話して、それからは総悟の悪ノリに振り回される。高校生になってから接点が少なくなったなんて、そんなこと、感じさせなかった。

幼なじみ、だから。

「……」

急に無言になったかと思えば、先程ねだられて買ってやったアイスを咀嚼している。
しゃくしゃくと、ガリガリ君を食べる姿は、その行為ゆえか幼く見えるものの、奴を小さな頃から知っている俺からすれば、

(…成長、してんだよな……)

背丈や肩幅などは平均的な男子のそれより劣り、はたから見れば頼りないようにも見えるのだが。
それでも剣道を続けているおかげか、必要な筋肉はついているし、足腰も存外しっかりしている。
少し伸びた襟足も(さっきそれを指摘したら、剣道のときには結んでまさぁ!とやけに乱暴に返された)、着くずしているワイシャツから見えるこれまた細い首にパサパサとかかっていて、

ぶっちゃけ、かなり色っぽい。

(…あーあ、俺、ヤバくねぇ?)

末期だ。


「ー土方さんってば」
「うぉわっ!何だよ!」
「…アンタが何なんですかィ、そのリアクション」

お前が急に覗きこむからだろ!とは言えずに、だまって目で続きを促す。

「それ、もう食べないんでしょう?」
「あ?…あー…」

それ、というのは先程、総悟にガリガリ君を買ってやった際に一緒に買ったアイス。
アイスの実とかいう、フルーツ味の小さな球体アイスだ。
もともと甘いものは好まない、そんなに甘くもないのだろうが、二口で諦めた。

「いっこ、」
「は?」
「いっこくだせぇよ」

食べねーんでしょう?と重ねて言われれば断る理由もなく、心臓に悪い上目使いから目をそらしながら、アイスの箱を渡してやろうと……

(……は?)


総悟が「?」といった顔で見てくる。

いや、分かるよ?
分かろうとしているよ!?

総悟が口をぱっかり開けて、上半身を少しこちらに傾けていて。
少し長めの蜂蜜色の髪がパサリ、揺れて。

これは、口にアイスを入れろということだろうか。きっとそうだ。


(……こいつはさあ、ホントにさあ…)

ため息を落としながらアイスの実を一つ掴む。

そうして、総悟の口にアイスを入れてやる。
入れてやって、心の中でホッとため息をしたのもつかの間。

ぱくり

「あ、すいやせ……土方さん?」

距離を見積り違ったのか、総悟の唇が、一瞬、アイスを掴んでいた指を、かすった。


ただ、それだけ、なのに。

「ッ…」

もて余してしまった右手を総悟の頭にのせ、くしゃりとかき混ぜる。
何でもねぇ、と消え入りそうな声で告げて、総悟に背を向けた。

(だからヤバいって…!)

唇の柔らかさに目眩がした。
俺のを重ねてやったらこいつはどんな顔をするのか、なんて事に思考が飛んでしまって。

とてとて
とてとて

二人で歩く帰り道

俺が必死で越えまいとする一線をひょいと越えて、そのくせ君は知らん顔。

暑さと君に頭を悩ませる


帰り道


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