とても残念だけどね、の続き


(何でィ、これ…)

押し倒されている。
取っ組み合いの末でも何でもなく、本当に「押し倒され」ている。
両手首を封じられ、上から、やけに真剣な顔つきでもって見下ろされて。

「土方…ひじかたさん?」

声音を変えてみても全く反応を見せない彼に、ため息をつく。

「ちょっと、冗談もここらにしとかねーと、笑えやせんよ」

そう言いながら、両手首の重しである土方の手を振りほどこうとしたら。

「っ」

胸の真ん中、心臓がヒュッと冷たくなる。


うそ

この人

こんなに力強かった?


もう一度、体を浮かせてみようと試みる。
が、それも徒労に終わった。

土方はそれでも動かない。
さすがに怖くなって、チロリ、土方の顔を伺おうと、視線を上げた、ところで

「っ!?」


(…うそ…)

スローモーションみたい、に、土方の端正な顔が近づいてくるのを、半分ぼやけた頭で認識。

それから、

離されて初めて、唇がくっついていたのに気付く。

異を唱える間も無く再び重ねられるそれに、カッと頭に熱が集まる。

「ん、っふ……」

キス、されている、らしい。
自分が当事者のくせして、面白いほどに現実味がない。

いつの間にか侵入してきた舌が、煙草の苦味を連れてきているというのに。
頭が押し付けられている枕の柔らかさを、感じているというのに。

二人分の熱の暑さが、じわり、じわりと身体を乱しているというのに。

現実味がないのだ。

むしろその熱が、意識と感覚を遮断しているのかもしれない。

しかして、ちゅっ、と軽いリップノイズを立てながら唇が離れれば、その感覚と音に、ぐわん、と意識が舞い戻ってきた。

「なに、すんでさ…ッ!」

総悟は、まるで泣いているときのように声を震わせて、やっと異を唱える。
もう、冗談にはできない。
唇からはどちらのものとも知れない唾液が伝い、酸欠のためか潤んだ瞳は、泣きそうになりながらも土方を睨む。
その赤に射られた土方は、ハッとしたように目を見開くと、苦しげに顔を歪めてみせた。

「……ごめん、」

もう、色々、無理。

耳に唇が触れるか触れないかのところでそう告げられて、総悟はピクンと肩を震わせ、いよいよ泣き出したくなるのだ。

(ずるい…)

そんな甘い声で、そんな残酷なことをいうなんて。

あんまりじゃないか。

ぐるぐる。混乱。パニック。

それでも、壊れ物を扱うように触れてくるその手に惑わされる。
錯覚してしまう。

再び近づいてくる、それはもうよく見知った顔に、総悟は胸の真ん中を締め付けられたような痛みを感じた。






服を丁寧に脱がされ、外気に触れた体がピクンと震える。上だけ裸にされて、総悟はどこを見たら良いのか分からないといった様子で暫く視線を漂わせ、仕方なしに自分を押さえ込んでいる張本人にその視線を当てた。
当てられた方には煽っているようにしか見えないのが問題なのだが、総悟にそれが分かるはずがないし、分かったところでどうしようもない。

総悟は心臓が耳元に移動したかのような錯覚を覚えた。
あんまり鼓動が煩くて、このままいくと心臓が口あたりからコンニチハしてしまうのではないかと、総悟がいつになく真面目に考えていると。土方は、おもむろに総悟の腰をゆっくりと撫で上げた。

「っ」

ゾワッ、と今まで感じたことのない震えが背筋を走り、思わず背を反らせると目の前の男は何が嬉しいのか口の端を上げてみせる。
そしてそのままの口の形で、本当に何でもないように、左胸の乳首に唇を触れさせた。

「ちょ、っ…!」

そんなとこやめて下せェ、言おうとして、寸でのところで飲み込んだ。
だってこの台詞はない。
どこの小娘だ。

総悟がそんなことに頭を悩ませ時間を消費している間に、土方は調子づいたのか、いよいよその飾りを口に含んだ。
含んで、その形を確かめるように、クチュ、と舌で押しつぶす。

「ぃや、だ…やだ、土方さっ…!」

とても快感とは呼べない微妙な感覚に胸の奥がザワザワと乱されて、総悟は混乱する。

そんな総悟を知ってか知らずか、土方は大袈裟なくらいに音をたてながら、まるで舐め溶かそうとするかのように左胸の飾りを蹂躙する。
それが徐々に固さをもってきたのを感じた土方は、総悟、とやけに優しく名前を呼んだ。

呼ばれた総悟は本当に泣きそうな顔をして、それでも視線を下に向けた。
瞬間。

「っやだぁ…」

目を合わせた土方は、そのまま舌先で乳首をつついてみせる。
見せられた総悟は恥ずかしいやら土方がやらしいやらで、ポロリと涙を溢した。

たぶん、それがきっかけ。

総悟の反応に気をよくした土方は再び乳首を口に含み、先より少々乱暴にそれを弄る。反対の胸のそれは指でこねたり、摘まんだり、押しつぶしたり。
そんなことをしているうちに、初めはただそこを弄られるのが嫌でくずっていた総悟が、触れられる度に苦しげに浅い息を吐くようになってきた。

(な、に、何、これっ…?)

「っぁん!」

唐突に出てしまった常より高い、そして甘い声に、総悟はバッと自分の口を抑えた。

どこの小娘だよ、思いクツクツと笑うのは土方。

「っゃ、そこっ…ひぁんっ…や、だぁっ」

羞恥からか混乱からか、ポロポロ涙を溢しながら嬌声混じりに訴えてくる総悟に、土方はドクリと下半身に熱が集まるのを感じた。
誰が、こいつがこんなに乱れるなんて想像できただろう。

土方は、心の中で誰に向かってか悪態をつくと、乱雑な様で総悟のズボンに手をかけた。
スウェットのズボンは片手で用意に下ろすことができるが、総悟が最後の抵抗か何か、土方から逃れようと必死に暴れた。

土方はそれに軽く舌打ちをすると、総悟の足と足の間に滑り込ませていた右足の太股で、グッと股間を押してやる。

「っあ…」

にわかに怯えるような表情をした総悟は土方の嗜虐心を煽るには十分すぎるもので、土方は人の悪い笑みを浮かべると、リズムをつけながら二度三度と、そこに刺激を与えて。

「ひ、っぁ…ゃ、ひぁんっ!」

明確な快感を連れてくる刺激に、総悟はいやいやと頭を振りながら土方から逃れようと体を捩る。
それはどう見ても自分から快感を求めて体をくねらせたようで、真っ赤な顔で、潤んだ瞳で、しゃくりあげながら喘がれて、そんなことをされては。たまらないのは土方である。

今や顔を伏せている総悟の顎をぐいりと上げ、一度優しく唇を触れさせると、呼吸の仕方を忘れさせるような勢いで口内を荒し始めた。
耳を覆いたくなるような水音が室内を満たし、堪らず総悟がギュッと目を瞑ったところで。

「――っ!? ンヤ、ゃあん…っ!」

いつの間にか自身を直に握られ、怖いくらいの快感が背中を一気に駆け上がる。
もともと性に対して淡白な総悟は、もちろんそこを他人に刺激されるのも初めてで、土方の大きな手にその形を確かめるようになぞられて、カァッと頬が上気したのが自分でもわかった。

だって。

先の愛撫のせいで、それはしっかりたちあがっていたから。

どころか。

イヤらしい染みを下着につけて、いて。


「っゃだよ…土方さ、ぁあっ」
「……、ごめん…」

唐突に、止まっていた手が総悟のそれを上下に扱き、乳首への刺激ですでに爆発寸前だったそこは、おもしろいくらいに急速に高められていく。
ぐちゅう、と鈴口を抉られれば悲鳴に似た嬌声を漏らし、力の入らない足が頼りなくシーツを泳ぐ。
快楽と、混乱と、熱さで霧がかった脳内に、土方の声が浸透していく。

『……、ごめん…』

聞こえた瞬間、はっと目を見開いて彼を見れば、目の合ってしまったこちらが目眩がするほどに。
熱に浮かされた、雄の目をしていた。

『これから、もっとひどい事するから』


「んぁっ、ア、っふ…っムリ、もっ…ひじ、っか…ゃっ…」
「イケよ」
「っあ、ァ、ぁあッ…ゃ、ぃや…ア、ぁ!」

総悟がいやいやと首を振る度、蜂蜜色の髪が白いシーツの上を遊ぶ。
しかし否を唱えているのは微かに残る理性で、身体は土方の思うがままに高められていて。最後とばかりに、爪をたてる勢いで強くそこを弄られれば。

「ひゃうっ!ぁ、ヤあぁっーーッツ!!」

背中が反り、きれいな弧を描く。
ビクン、と身体が跳ねて、そうして、総悟は初めて他人の手でイカされた。

顔をシーツに擦り付けるように土方から顔をそらし、ふっ、ふと浅い呼吸を繰り返す。
その頬にするりと手を当てられ、総悟は射精のショックからか、ポヤンとした様で土方を見た。
チュッと軽い音をたてて、お互いの唇が触れる。その後も二度三度と、触れるだけのキス。
総悟はそれに応えるも拒絶するもなく、ただただポヤンと空を見つめている。
その様に、土方は少なからず罪悪感を感じていた。

(くそ…)

その思いを振り払うように舌で唇を割ると、総悟は何を思ったか、ふにゃりと自分の舌を押しつけてきた。

「っ、」

ぞわり、と背筋を何かが走った。
総悟は何も考えていなかったのだと、まだ脳が正常に機能していないのだと、分かっていても、どうしようもなく、そう、欲情する。

(くそっ…)

優しく抱いてやるつもりが

その自信もなくなってきた






「ふ、ぁ、ア」

ハンドクリームなんてものをローション代わりに、散々慣らしたつもりではあるけれど。

「っ総悟、力、抜けって…ッ」
「…ひ、ァ…っ」

やっぱり、元々受け入れるための器官ではないから。
ぎゅう、とシーツを握りしめ、顔を歪めて、痛みのせいだろう、まともに声も出せていない総悟を見て、土方はスッと目を伏せた。

「悪い、総悟…」
「は…っァ、あっ!?」

総悟の膝裏に手を添えると、無理やりに自身を埋め込む。
全て埋め込んで総悟を見てみれば、既に虫の息。

「っアンタほんっと…」

死ねよ、と。
こんな状況にも関わらず、いや、こんな状況だからこそ、総悟が吐き捨てようとしたら。
それを遮るように、土方が覆い被さってきた。

「ャぁっ…動か、ねぇでっ…!」

ぐちゅう、と音をたてて深くなったらしい繋がりに総悟が怯えるように異を唱えても、土方は総悟の肩に顔を埋めたまま動こうとしない。
また何かされるのかと総悟が身を固くしていると、しかして土方は、ただ「総悟」と呼んだだけで。

ただ、総悟、総悟と。
それがあんまり悲痛に響くものだから、総悟は瞬時に理解した。
理解してしまった。

(…あ…)

この人 終わりにするつもりだ

これっきりおれに近づかないつもりだ

ぜんぶぜんぶ 終わりにするつもりだ

おれを傷つけるくらいなら


「っ…ひ…」

(いや…だ、)

「ひじか…た、さ…」

死ぬ気で言い切れば、土方はガバリと体を起こして、食い入るように総悟を見た。
それを見た総悟は、くすりと笑った。
笑うしかなかった。




あんたほんっと

不器用だなぁ




ねぇ、俺のこと手放さないって約束できる?

ねぇ、もしできるなら俺、

このよく分からない気持ち、真面目に考えてやってもいいよ




自分のものとは到底思えないような濡れた声と共に訪れた二度目の絶頂と、その直後に見えた、快楽に顔を歪める彼。

それを最後に、総悟はプツリと意識を失った。


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