秋の、そうですねぇ、確か夜だったと思います。あの独特の潤った冷たさから推測するとね。
俺はこうして、両手に姉上を抱えて……ああ、そうか、そんな言い方もありましたね。そうです、姫抱きです。
俺はいつもの真っ黒い隊服を着ていまして、姉上はそれと正反対、真っ白い着物を着ていました。真っ白な布地の上、肩からすーっと菊の刺繍があるんです。白く艶やかな糸でさされていました。
綺麗なコントラストだと思うでしょう? 白と、黒。決して相容れないものの代表ですよ。それを周りから似ている似ていると言われる姉弟がそれぞれに纏っているわけです。まるで対になるよう造られた人形のようにも、見えるかもしれない。ふふ、やっぱりそう思いました?
でも、違うんです。俺だけだったんです。
ええ、秋の夜のね、えらく遠い、かっこよく言わせてもらうと『彼方』とかそんなんでしょうか。まあつまり生き物の、否、世界の果てって所に俺はいました。
両手に姉上を抱えて、ぽつり、立ち尽くしていました。
辺りはちょっと不気味なくらい真っ白。何もかもを受け付けないあの『白』ではなく、全てを飲み込んだような濃厚な『白』です。果てのない『白』が敷き詰めてあるんです。薄く不格好な長方形に細切れにされた、小石のような『白』、がね。そして俺が立っていたのは河原でした。白い小石ばかりの河原に、黒い点がポツン、とあるんです。笑えるでしょう?


そこに陽は、さしていました。
さらさらと、さしているのです。



姉上はちっとも重くありませんでしたよ。さらさらと降ってくる陽と同じ物質でできてるんじゃないかと疑うくらいなのです。あんまり強く抱きすぎたなら、ふわりと浮かんでいってしまうんじゃないかと不安になるくらい。
ああ、陽ってやつは本当にさらさらと落ちてくるんですよ。
半透明の石の粉末のように。今思えば、足元の白と似ていたような気がします。つまりは個体だったんでしょうね。
だからこそ、さらさらと、微かに音をたてたりなんかしていて。
真っ白い世界で、馬鹿みたいに突っ立って見てましたねぇ。
一言も外に出さずに、ですよ? だって、姉上は眠ったように動かないものだから、話したって、返してくれないんです。


そうして不意に横を見ました。
陽の行方を追って視線を動かしたら偶然目に入ったんですがね、『俺』がいたんです。
もちろん、俺が分身したみたいに二人いるだとか、そんな馬鹿なことじゃあ、ありませんよ。
子供の頃の俺が、ええ、ええ、今だって子供だと言われても仕方ないでしょうがね、五歳くらいの『俺』がいたんです。
水のない川底に、それはそれはつまらなそうな顔をして座っていました。
俺は姉上を抱えたまま、じいっと、見ていましたよ。そうして、思わず瞬きをしてしまったのです。
『彼』は、つまらなそうな顔なんて、していなかったものですから。少しでも僅かにでも刺激を与えたなら、ぷつりと切れてしまいそうな、そんな顔をしていたのです。
その危うさで、ゆっくりとした動作で小石を拾い上げるのです。一つ、一つ。俺は息もできませんでした。『彼』の邪魔になるような事は、あの世界の法則では不可能とされているんじゃないかと思うくらいです。心臓の音さえも『彼』に遠慮していたように思います。

どれくらいたったでしょう。相変わらず陽はさらさらと落ちてきて、『彼』は五つほど、小石を積み上げていました。
子供ながらに真剣だったのでしょう、こちらを見向きもしません。

はてさてそうこうしているうち、風が吹いたわけでもないのに、その積み上げられた小石が崩れ落ちてしまったのです。
『彼』は叩かれたように一瞬目を見開きました。それから全身の力が抜けていくのが見えました。カサともカチャともつかない音が、『彼』の足元の白から聞こえました。肩が震えているようにも見えました。
どうやら『彼』は泣いていたのです。
滴が『彼』の頬を伝います。あんなに一生懸命に積み上げた小石が崩れ落ちてしまったのに、泣き叫ぶことはありませんでした。
静かに、静かに、泣いているのです。さめざめと泣いているのです。諦めたように。

その時でした。
姉上が、がくん、と重くなったのです。
そう、そうなんです。あんなに重さを感じさせなかった彼女が、いきなり。
俺は吃驚して、それでも姉上を落とすわけにはいかないでしょう? 一緒に座り込んでしまいました。
するとね、姉上はますます重くなるのです。
ずぶり、ずぶり、俺の体は小石だらけの川底に呑まれていきます。
さすがに怖くなって、姉上を置いて立ち上がったわけです。
俺は身を引き裂かれる思いでした。いいえ、いっそ引き裂いてほしかった。
姉上は川底に横になっています。
すると、どうでしょう。今まで水も流れていなかった川底に、さらさらと流れ出したのです。
何がって、あなた、水ですよ。
水がさらさら、さらさらと流れ出したのです。
そこで、俺は不思議に思うわけです。
姉上の姿が見えません。
川底に溺れてしまったのかしら、思ってのぞいても、見えないのです。
ええ、不思議でしょう?
川の水はちょっと不気味なくらいに透き通っているのに。
だのに、川底が見えませんでした。もしかしたら川底なんてないのかもしれない。

ふいに、『彼』が笑うのが見えました。
泣きそうに眩しそうに顔を歪めました。それはそれは綺麗に笑っていました。
透き通るような、そうですねえ、例えるなら、彼女のように笑ったのです。
そうして、手にしていた小石を放り投げて、ゆっくりと入っていきました。
その河に、ですよ。


とうとう『彼』も見えなくなってしまいました。すぐに見失いましたよ、だって音も出さずにいってしまうんだから。
いよいよ俺一人になってしまって、途方にくれるわけです。
いっそ、走り出してしまいたかった。
だのに、ずっと立ち止まっていたかった。




静かに、静かに、泣いていました。さめざめと、泣いていました。





……………………
(『彼女』は死んでしまった、『彼』も死んでしまった、とうの昔に殺してしまった、)
(ねえなんで僕は、)
(どうして、)
(だれか、)


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