昨日はあんなに暑かったのに、今日の風は少しだけ冷たい。と言うのも、今朝方までしとしと雨が降っていたから。
学校帰りの帰り道、少し濡れたコンクリートを辿りながら駅まで向かう。よく隣にいる山崎は部活の試合が近いと言って、バトミントン部へ行ってしまったから、今日は一人の帰り道。

放課後の太陽がかなり傾いた今の時刻はだんだんと薄暗くなっていく。秋の夕暮れは本当に早くて、それに従うように気温も冷え込んでくるのだ。

「へっくしゅ」

ずずず、鼻をすすって思うことは、暖かいモノが食べたい。

(そうだ、今夜は鍋にしよう)

そうと決めたらスーパーで買うものを頭の中で決めて、今日は少し大きい店に行こうなんて考えたりして。
何鍋がいいだろう、土方さんは何が好きだったっけ。もつ鍋もいいけど、キムチ鍋も美味しい。
実は中学の頃から自炊せざるを得なかった境遇にいた俺は、一般男子高校生よりはずっと料理が得意だったりする。

晩御飯は特別な理由が無い限り俺の担当で、朝食もよく用意してみたり。だって俺の作ったものを食べて土方さんが生きているなんて、当たり前だけどどうしようもなく嬉しいのだ。以前それを言ったら苦笑していたけれど、少しだけ耳が紅く染まっていたのを覚えている。

頭の別半球でそんな思い出を考えていたら、図らずも土方さんの働く交番の最寄駅で降りてしまった。

(だってここは食材がよく揃うんだから)

別に恋人に会うために降りたわけじゃないと自分に言い訳をしながらいつもの改札にICカードをかざした。


それなのにわざわざ遠回りまでして、交番の見えるところを通ろうなんて考えてしまって。別に乗り込もうなんてわけじゃない、こっそり遠くから覗くだけだ。
普段どんな顔をして仕事してるのだろう、よく考えて見れば私生活の土方さんのことはたくさん知っているけれど仕事中の姿は初めて会ったときとこの前の秋祭りなど数えるほどしか見たことがない。

学生の多いこの街の人ごみに紛れてそれとなく視線を向ける。気付かれたりしたらどうしようなんて余計なことに気持ちが高まって変に期待する。

(…あ、)

そこには、『ただいまパトロール中』と書かれた看板の文字とその下にはマスコットキャラ。当然ながら交番には人がいなかった。

(…当たり前、だよな)

勝手に期待して空振りし、滑稽だ。仕方ないと気を取り直して目的地のデパートへ向かった。

地下食料品街は予想通り人がごった返していた。駅前と変わらないくらいの人の多さに想像はしていたけれどやはり驚く。ここは値段が安くて有名でその上夕方のタイムセールもあり、主婦と店員の活気のある声で溢れかえっている。
男子高校生なんてどこにもいないけれど、そんな中俺も負けじとセール品を漁るために突入した。
なんとなく鍋が食べたいと思っただけなのに、こんなに頑張っている俺。くだらないけれど、なんだか楽しい。

八百屋のおじさんは大サービスで半額以下の値段で売ってくれたし、隣の肉も飛びつくくらいの値段でさらにおまけをしてくれた。今度また来たらもっとサービスするよなんて言われて、本気か冗談かわからなかったけれど。


「…っと、買いすぎた、かな?」

レジまで大混雑だったから予想以上に時間がかかってしまった。両手いっぱいのビニール袋をぶらさげてとぼとぼと駅まで向かう。
暖かかった店内とは変わって地上はふるりと震えるくらい冷え込んでいる。もう一枚着てくれば良かったと帰り道の今になって考えた。

「総悟?」
「…へ?」

見慣れた声に振り向くと、なんと予想外にもそこには土方さんがいた。パトロールの真っ最中らしく、制服の上にコートを着たまま自転車に乗っている。土方さんの隣には、おそらく同僚の人が同じ格好で自転車に乗っていた。

「お前どうした?こんな時間に…」
「あ、そこのデパートに買い物に行きやして、…へっ、くしゅ」
「馬鹿、なんでこんなに薄着なんだ」
「す、いやせん」

ふわんとかけられたのは土方さんの着ていたコート。ほわりと温まる体と、土方さんの匂い。
ただのコートじゃない、土方さんのだからこんなにも安心する。

「15分待てるか?」
「…え?」
「俺、コレ終わって簡単な書類書いて終わりだから。駅前で待っててくれたら一緒に帰れる」
「ほん、と?」
「それとも待たないで先に帰ってるか?」
「う、ううん!一緒に帰る!待ってるから!」
「わかったわかった、じゃあ後でな」

苦笑しながらじゃあ、と別れた直後にほわんと心が暖まる。さっきは会えなかったけれど今会えたから結果オーライ。信号待ちをしている間自転車の後姿を見ていると、あ、同僚の人が何か言っている。それに土方さんが言い返して、あれはきっとからかわれているのだ。くすりと苦笑して、コートの端をきゅっと握り締めた。



「土方さん!」

本当に15分きっかりでやってきた影に、思わず慌てて駆け寄ってしまった。だってまさか、一緒に帰るなんて学校を出たときは思いもしなかったから。

「今日は鍋でさー」
「だからそんなに大荷物なのか。ほら、持ってやるよ」
「あ、自分で持てやすって」
「遠慮すんなって、こうすれば」
「あ、」

お互い外側に買い物袋を一つずつぶらさげて、反対側の手はきゅっと握られた。指先一つ一つの神経が反応して、ドキドキする。繋がっているのは指先なのに、心までこんなに温かい。

こんな幸せ、絶対手放せない。


end.


-------------------
素敵なレジスタンス小説を書いてくださった春希様に捧げます。大好きです!
(ぎゃあああ!あああありがとうございます!本家万歳…!!/和音)


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -