こんな夢をみた。
俺は昼下がりの町中を、特に目的もなく歩いていた。その日は非番で、だからいつもの隊服は着ていなかったのだが、帯刀をしないわけにはいかないので、やけに黄色い太陽の光に、黒く反射する物騒なモノを腰に下げていた。道行く人々が何でもなさそうに俺を見た後、少し驚いたように二度見するのは、おそらくこの刀のせいだろう。
空には雲一つなく、まさに快晴であった。
太陽はさらさらとその光を地上に注ぎ、耳の中でキィンと音が跳ねるほど、静かな昼だった。目に映る人々は、賑やかに商談やら会話やらを進めているのに、不思議なことだ。不思議なのが可笑しくて、茶色の地をガリ、と削り削り歩いてみた。
そしてここは暑いも寒いもない、否、どちらかといえば暑いに属するのだろうが、あんまり心地よいので、ふわふわと、まるで淡い雲の上を歩いているような気分になったりもした。非常に穏やかな気分だ。

ふと、とある茶屋が目に留まった。
否、茶屋というよりもむしろ、店先の椅子に座っている真っ白な猫が、ハッと視線をひきつけたのだ。
綺麗だ、と率直に思った。近くに寄るも、気付いているのかいないのか、振り向きもしない。
仕方なく正面にまわってみれば、やっとその瞳が俺を捕らえた。
知らずに嘆息する。
その瞳は、赤と言うには暗すぎ、朱と言うには明るすぎる色をしていた。俺は言葉遊びがあまり好きではない。つまり種類でいえば、赤であった。血のような、なれど、一滴の汚れをも感じさせない、赤であった。
真白の毛並みはふわりと体を覆い、その儚さと相まって、淡雪を思い出させた。

「綺麗でしょう」

奥から、その店の主人が出てきた。煙草をはみながら、よほど自慢の猫なのか、嬉しそうに話しかけてくる。その低い声は、鼓膜を緩やかに震わせた。なぜだか以前に聞いたことのあるような、だのに今初めて聞いたような、不思議と耳に馴染む声であった。
俺は曖昧に頷くと、再びじっくりと視線をその白にあてた。
俺には目もくれなかったのに、猫はその主人を目に入れると、尻尾をゆるりと泳がせる。水面を撫でるようなその仕草もうっとりするような美しさと清さを思わせて、俺はまた飽きずに嘆息させられる。

「人見知りでね」

主人は弁解するように言うと、新しく懐から出した煙草を口に挟むと、マッチで器用に火をつけた。
ムッとするような、慣れ親しんだ臭いがたちこめて、俺はホッと息をついたのだけれど、白猫は気に入らなかったらしく、主人を恨めしげに見た後、ツツ、と店の奥に入っていった。

「近いうちに、首輪でもつけて、繋いでやろうかと思っているんです」

主人は黒い着流しの袷をただしながら、口元にしっとりと笑みを浮かべ、自分に言い聞かせるようにそう、呟いた。
猫を繋ぐなんてあまり聞かないのだが、何故だが納得してしまった。あの猫は特別だ。一級品だ。その辺の野良犬なんぞにちょっかいをかけられたら、などと考えるだけで目が眩むような怒りを覚える。

(怒り…?)

猫に、たかが猫に、何故ここまで思い入れしてしまうのだろう。
全く見当がつかないが、それもまたあの猫の魅力かと思い、あまり長居するのも気が引けたものだから、その日はそれで、店を後にした。




後日、再びその店に赴くと、どこにも白は見当たらなかった。
主人に聞けば、死にました、と言う。
死にました。
昨日、死にました。
目は間違いなく悲しんでいるそれなのに、口元にしっとりと笑みを浮かべ、死にましたと言う。
口にした後に、融けるように甘い笑顔を浮かべて見さえする。
俺が言葉につまっていると、昨日火葬致しましたと、要らない知識まで吹き込む。死因は窒息、繋いでいた紐が、首を絡めたらしい。

(あれの瞳に合う朱色の紐を、わざわざ取り寄せたのです。まさかこうなるとは……。)

言いながらゆるりと笑みを浮かべる主人に、悪寒が走る。
だのに俺は同じように笑みを浮かべていた。
残念なことです、言いながら、しっとりと笑みを浮かべている。

滑稽だった。
羨ましかった。
愚かだと思った。
しかしそれは美しかった。
あの凛とした清さの、
なんと儚いことか。

嗚呼、俺も
俺もあの赤い瞳を

手に

入れられたら




もしかして。
俺はふと考えが浮かんで、じっと主人を見た。主人はその視線をまっすぐに受け、しっとりと笑ってみせる。
もしかして、猫の首を締めたのは、












(せっかくですから、あれの名前、聞いてもらえますかねえ)
(ええ、ええ、何かの御縁ですから)
(そうご、と言うのですよ)


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