色とりどりのイルミネーションはそんなに嫌いじゃない。
最近は青色発光ダイオードなんて、その名の通り青く光る電球が増えているけれど、俺は従来の黄色や赤や、そんな温かみのある色の方が好きだ。

『クリスマス』

誰が広めたんだか知らないが、天人が持ち込んだ文化の中で、この行事だけは、何故か人々の心を強くうったらしい。あるいは商人の図太さの賜物か、祭り好きな日本人の性分か。
とにかく、約一ヶ月前から徐々に広がりを見せていたイルミネーション全線は、今日。今夜。つまりクリスマス当日。
見事に町を覆い、埋め尽くしていた。
ちょっと郊外まで出てみれば、江戸全体がぽっかり浮いたように見えるらしい。
光に包まれていて、まるで海に映る満月のようだ、と。

冗談じゃない。

こんな人工的な月があってたまるか、そんな大人げない反論をしてしまうのは、何も、クリスマスに仕事をしなければいけない事への反抗心からではない。
このクソ寒い中、よりによって一日中見回りを割り振られたからでもない。(当たり前だ、割り振ったのは俺で、今月の頭には決まっていたことだ)
その見回りが、隙あらば俺を亡き者にしようとする部下と一緒だから、でもない。

つまるところ。


「総悟、次はあの店で万引きしょっぴくから…」
「…俺、ここ…で……待ってやす…」
「…おい、仮にも上司の前で堂々と寝るな!」
「仮にもって…自分で言ってて…悲し…く、な……」
「話途中で寝るな!寝るなって、おいコラ!」

つまるところ、仮にもクリスマスを一緒に過ごせるというのに、全く乗り気でない恋人のせいで。
そして、クリスマスだなんて行事に振り回される自分自身もまた、気に入らなくて。

しかし結ばれて初めてのクリスマス、意識しない方が変だろう。
俺が馬鹿なのか、こいつにそういうのを求める方が間違っているのか。

もはやどちらでもいいが、解せないのは何故こんなにこいつは眠そうなのか。
いつもの、俺をおちょくる為にする昼寝とはまた違う。本気で眠そうだ。それくらい俺だって分かる。
ちなみに、誓って昨夜が激しかったわけではない。
どころかここ何日か、忙しさのあまり夜を共にしたことさえない。
一般人が休みだ祭りだと騒ぐときが、一番忙しい職業だから。

(いっそ泣きてーよ…)

「あー、総悟?」
「…ん」
「俺、ここらの店何件か回ってくっから、そこのショッピングモールの入ったとこ、そこのベンチに座って待ってろ、な?」
「…ん」
「……本当に分かってんのかよ…」
「…ん」
「……」

ここまで会話のキャッチボールが成立しなかったことはない。
思いっきり捕りやすく投げてやったのに、ふよふよと避けられた気分だ。

長いマフラーをぐるぐると巻き、それに顔の何分の一かを埋めた蜂蜜色は、ふよふよとイルミネーションに消えていった。
その後ろ姿が見えなくなると、俺はため息をついて町に視線を戻した。

空はもう真っ暗なのに、町はピカピカと輝いていて、その美しいコントラストに、部外者である自分でさえ頬が緩む。

幸せが凝縮されている。
そう思った。

体の中に留めておくには多すぎる幸せが、イルミネーションの光になって、町を覆っているのだ。
きっとそうだ。
だからこんなにも幸せな気分になれる。

らしくねーな、と自分に苦笑しながら、その輝く町に足を踏み入れた。









万引きなんて知ったこっちゃねぇ。
大体にして俺たちは対テロ用だ。帯刀している警察が町を巡回していると知って万引きに励むやつがいたら、その勇気をかって仲間にしたいくらいだ。

こんな荒んだ思考が働くのは、何も無駄にいちゃつくカップルをうんざりするほど目に入れたからではない。
クリスマスに一人だなんて可哀想、という慈愛に満ちた目でさんざん見られたからでもない。

理由であり原因であるのはつまり。

「何、じーさん、クリスマスプレゼント買いに来たんで?」
「沖田さんには隠しても仕方ないのう。ばーさんにな」
「ヒュー、お熱いこって。…あれ?じーさん香水変えた?」
「沖田さんこそ、それ、ホクロ増えた?」

(……、…何で?)

数十分前に思いを馳せる。
確かに総悟はかなり眠そうだった。はずだ。
あれは演技なんかじゃなかった。はずだ。

だのに、今この状況は何だ。
楽しげに、いつぞやの、文通事件の時のじーさんと話しているではないか。

つまりそういうことか。
俺よりもじーさんの方が優先順位が高いということか。
本気で泣きたい。

クリスマスに不似合いな黒いオーラを出しているだろう事は承知の上で、ずんずんと総悟に近づく。
彼はあと一メートルというところで俺に気付くと、パッと立ち上がった。

「お疲れ様ッスー早かったッスねー」
「…帰んぞ」
「へーい」

いつもの調子でからかってくるのを軽くかわすと、総悟はじーさんに手をふりながら挨拶していた。
早く来いよと思いながら何とは無しにそちらを見やれば、驚いたように目を見開いているじーさん。
意外に思って尚も視線をはずさずにいれば。

「沖田さん、今日は仕事で?」
「へ?あぁ、まぁ」

制服を来ている時点で分かれよ!というツッコミは心の中に留め、タバコでも吸おうかと、箱を取り出した。

「だって沖田さん、」

タバコをくわえ、じーさんに視線を戻す。



「『クリスマスは好きな人と一緒に過ごせる』って」


その瞬間の総悟といったら、一気にピキィンと固まって、一瞬で解凍して、耳まで真っ赤になって。
じーさんに荒々しく別れの挨拶をすると、暴発した鉄砲玉のように走り出したものだから。

「っおい、総悟!」
「来んな!」
「来んなって…」
「うるせーや!来んなったら来んな…っ!!」

イルミネーションの中、いい年した警察が二人で鬼ごっこ。
周りの視線を嫌というほど感じながら追い続け、やっと腕を掴んだのは屯所近くの路地裏。
さすがにここまでイルミネーションの波は来ていなくて、いつものように人目もなく、ひっそりしている。

しばらく息を整えてから見れば、あちらも体力の限界だったらしく、苦しげに肩で息をしている。



「…昨日…」

総悟がポツポツと話し出したのは、何分かたった頃。

「緊張、して。…あんま、寝れなくて…」

うつむいているから、その蜂蜜色が顔を覆ってしまっていて、表情は全くといっていいほど見えないのだけれど。

真っ赤に染まった耳と、震える声と、俺の隊服を頼りなさげに掴むきれいな指と。

色んなものが一気に押し寄せて、何だかもう、わけが分からないくらいに想いが雪崩れて。


目の前の存在が、とんでもなく愛しくなって。


その体が軋むくらいに抱きしめた。






(君と僕とが出会えたことが奇跡だろうと何だろうと、ただありがとう)



……………………
(君と僕とが…):RADWIMPS:ふたりごと


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