斬られた、らしい。
斬りあいの最中は興奮状態にあるから気付かなかったが、右足の足首より少し上の内側、血が、ぷくり、見える。

夜番の見廻りから帰ってきて、部屋で隊服を脱いだ時初めて気付いたこと、歩いても違和感を感じなかったことから、寝れば治るような傷であろう。

(足首の腱でも斬ろうと?それにしてもマニアックな所を斬るもんだねィ…)

とりあえず血だけでも拭おうと思い、完璧に飾り物となっている薬入れに手をのばす。
いつも傷の手当ては山崎にやらせたり、土方が勝手にやったりするものだから、薬の使い方なんて皆目分からない。
だから薬入れを開いて目についたもの、綿棒を2、3個掴んで座りこむ。

それで傷をなぞると、うまい具合に血が消えた。

何だか嬉しくて、もう一度、ぐっとなぞる。

気持ち強めにやったのが悪かったらしい、ますます血が出てきた。
真っ赤な血。
動脈血か。
もったいない。

わき上がる背徳感。
やめられない。

血が、つぅ、と足を伝った。

「う、わ」

少しやりすぎたらしい。

(いてぇ…)

ふと我に返れば、傷はじんじんと痛みを訴えていて。
なに興奮状態に陥ってたんだと、おかしくなって、唇を歪めた。



歪めて、頭をよぎった。



先ほど斬った浪士。
最期に、ぽつり、こう呟いて。
『いてぇ…』
こちらを見た。
それから、ゆっくり倒れた。

今、思い出した。
あれは、あの目は、



(俺を、蔑む…)



心底、蔑んで、拒絶した、目だった。

『人殺し』言われても
『幕府の犬』言われても
自分に向けられるのは、怯え、恐怖、絶望、あるいは狂気。

蔑まれた。

な、んで

俺は、おれは、

おれ、は、


「ーッ!」


何も考えてなんかいなかった。
ただ、そうしなければいけない気がした。
そう、赤ん坊が無意識に親を求めるような、そんな。
生きる、ために。


左腕に、剣を突き立てた。










「…総悟、」

障子の向こうから聞こえるのは、あの人の声。

「ッ、…来ないで、下せぇ」

剣を持つ右腕が震えて、傷が、広がる、広がる。
畳に落ちる命のカケラをじっと見つめて、あの人が、土方さんが帰るのを待った。

「…総悟…」
「……来るなって、」

言ったのに。
あんたは。
いつもそうして、俺が必死に守っている溝を、簡単に越える。

「お前はどうしてこう…」

俺を視界に入れて、おそらく突き立てた剣の先を見て、あんたは眉間にシワを作る。
俺が何か言う前に、障子を閉め、近づき、剣を慎重に取り上げる。
毎度ながら、その一連の動作は称賛に値する、と思う。

そのまま、何も言わずに抱きしめてきた。
暑い。

「なぁ、傷の手当て、するぞ」
「いいです」
「よくねぇよ…」
「痛くねぇもん」
「痛くねぇわけねぇだろ」
「俺が殺した奴は、もっと痛かった」

そう言えば、土方さんは益々強く、俺を腕におさめた。

「ひじかた、さん」
「……」
「いてぇ、から、…ねぇ」
「……やっぱ、いてぇんじゃねぇか」
「……」

あんたがあんまりキツく抱き込むのが痛いんですよ、とは言わない。
黙って左腕を差し出す。

土方さんはため息を落として、それから薬と包帯と、清潔な布を取り出した。
血をふきながら、再び説教。

「大体、跡が残ったらどうすんだ」
「どうだっていうんですかィ」
「……」

急にだんまりを決め込んだ土方さんは、黙々と薬を塗り込んみ、包帯を巻き終える。

じっと、土方さんの手を見ていた俺は、ゆるりと視線をあげた。

(あぁ、)

そうして土方さんの顔を認めた瞬間、思わずニヤリと笑みを浮かべてしまったのが、自分でも分かった。
土方さんの怪訝そうな顔は見ないふり、そっと頬に右手をそえた。土方さんの、頬に。

(あんたの方が、痛そうだ)

「あんたはごちゃごちゃ考え過ぎなんでさぁ。俺の事くらい適当にしなせェ」

重ねて、あんたに心配されるほど落ちぶれちゃいねぇや、と言えば、土方さんの額にピキリと青筋の入る様が見てとれた。


きっと、これからも恐れられるのと同じくらい、蔑まれるのだろうけれど。
俺が、真選組の剣であるかぎり。
思考を持たずに、ただひたすら斬る、剣。少なくとも敵にそう思わせる、剣であるかぎり。

でもね、だからこそ

(あんたは何処へだって行けますよ

あんたの剣が、ついていきますから)


「いいんです」

包帯が巻かれた左腕に、視線をまわして、ぽつり。自分に言い聞かせるように。

「だって、これでしか、生きられない」

視線を再び土方さんの顔に戻すと、やはりまだ痛そうだった。

ごめんなさい

心の隅で、謝った。


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