「好きなんでさぁ…」


今日は雪かもしれない。
それは今朝のニュースで、結野アナが今日はこの秋一番の冷え込みですと言っただとか、そういう論理的な意味ではなく。
一秒後に、この雲一つ無い晴れ渡った空から雪が降ってくるのと同じくらいあり得ないことが起こった、ということである。

そこまで考えが至ったところで、銀時は、止めていた息をやっとはいた。






きっかけなんて、あって無いようなものだった。

いつものように、いつもの駄菓子屋に向かっている時のことであった。
今日は寒いから甘味をたんまり買い占めて家に籠ろう、ヒッキーを極めよう、と固く決め、向かった駄菓子屋。
吐いた息が白く存在を示すのにうんざりしながら歩を進めていると、実に非日常的なものが目に入った。
非常にらしくない行動をとっている見知った顔が、視界に映りこんだ、とも言える。

らしくない。

非常にらしくない。

あの沖田くんが、堂々とサボっていないなんて。

ここで注目すべきは「堂々と」という部分で、つまり沖田くんはサボっているのだけれど。
いつもなら、サボりが仕事ですみたいな態度に、ポーカーフェイスを乗っけているのに。
これはどうしたことだろう。
駄菓子屋のドアの横の壁に寄りかかりながら、伏し目がちに、辺りをうかがっている。

まるで、何かから逃げてきたように。


「よっ、沖田くんじゃん」

彼の彼らしくない挙動は見ないふり気付かないふり、とりあえず鉄壁の営業スマイルで声をかけてみる。
はっきり言うけれど、俺はあの黒い集団が好きじゃない。なんかやだ。無理。ジンマシン出る。
でも沖田くんとはトモダチだし、まぁ銀さんもそこまで悪い人間じゃないと自負しているし。
挨拶くらいするのが人情ってやつだろう。


「……旦那ァ…」


だから、きっかけなんて、あって無いようなものだった。
きっとその時、沖田くんは何かでいっぱいいっぱいになっていて、たまたまちょうどよく、俺が通りかかったから。

たまたまちょうどよく、吐き出し口をみつけたのだ、彼は。























大切な人がいた。

自分の身を捨ててでも、と思える人がいた。

いつしか、それが「好き」という感情に変化した、けれど、さほど驚かなかった。

簡単なことだ。
感情を押し込めて、それを悟られないように振る舞うのには慣れている。

簡単なことだ。
俺一人、我慢すれば良いのだから。そうすれば、このひどく居心地の良い場所にいられるのだから。

壊すわけには、いかなかった。


「でもっ、もう無理でさ…っ!」
「……」
「苦しい、んです。俺が苦しいだけならかまいやせん、でも、その気持ちを隠すことすら出来なくなってきて、迷惑、かけて、」
「…沖田くん」
「もう駄目でさ…俺、もう、もう、どうたらいいのか分かんねぇ…ッ」

ポロポロと涙を落としながら綴られた言葉は、やけに痛々しい。むき出しの感情だ。必死に言葉を選んでいる。

そのらしくない姿に、くらくらと目眩を覚えながらも、とりあえず壁によりかかってみた。
この暗い路地裏には、太陽の光もとどかない。人気もない。さすが警察、江戸の地理には長けている。
ここなら誰かに話を聞かれる心配もないだろう。

「ぁのー、沖田くん、今さらなんだけど……お相手は、誰?」

問えば、ぴくり、動きを止めて、ゆっくりと顔色をうかがうように目線をあげる。
一瞬目が合うも、叩かれたようにバッと目をそらされ、躊躇うようにキュッと唇を噛んでいる。
それから、絞り出すように告げられた名前は、俺に多大なるショックを与えるに値するもので。

「ひ、ひじ、かたさん…」
「…」
「…」
「わ、」
「わ?」
「…わんすもあ」
「……一回でいいでしょうが」

あまりにもショッキングな内容だったため(色々な意味で。いや、常の執着っぷりからすれば当然の人物だったのかもしれない)、一瞬自己防衛機能が働くものの、すぐにその名前と画像が脳内で一致する。
あぁ、なんだ、彼ね。

なんだ、だったらすぐ解決じゃないか。

「言えばいいじゃん。あれは絶対君のこと好きでしょう」

あの世話焼きっぷりには、見ているこちらが恥ずかしくなってくる。あれは、どう見ても。

言えば、しかして沖田くんの顔はますます曇る。

「…あの人の好きと俺のそれは、違いやすよ。だから質が悪いんでさぁ」
「へ、そうなの?」
「あれはね、父性愛みたいなもんでさ」

寂しそうに笑う姿も、すべて諦めたような言い方も、ひどく非日常的で。
だから、かもしれない。
つい、考える前に、浮かんだことをそのままにきいてしまった。

「…父性愛云々は今に始まったことじゃないよな?何で、今さら、」

きいてから、しまった、と思ったけれど、沖田くんは気を悪くした風もなく、キョトンとしている。
今まで考えたことがなかった、という顔だ。
それから、にへら、といつもの笑みを浮かべて、

「何でかな。俺も、あの人にとって子供のままでいるのが、気持ちよかったのかもしれない」

と、きれいな笑顔で言った。お互いどうしようもありやせんね、と続ける。
それは恋愛とか、そういうのとはもっと別次元にある、笑顔だった。

それを見て、あぁこいつホントに好きなんだなぁ、と思わされる。

そして、たまたまちょうどよく、転機は訪れた。

視界のすみに映り込んだのは、頭のてっぺんから爪先まで真っ黒なニコチン野郎(土方とも言う)。
なぜこんな人気のない路地裏にやつがいるのか、とか、なぜ俺と向かい合っている蜂蜜色を見つけた時に眉を寄せて、さらに早歩きになったのか、なんて。
考えずとも分かることじゃないか。

「沖田くん、」
「へ?ぅ、あ、旦那っ…!?」

まさに鬼の形相で向かってくる土方には気付かないふり、沖田くんの肩を両手でつかむ。
そして、全くの無防備だったのをいいことに、そのまま引き寄せて、


「ーっ!?」


キス、したように見えたはずだ。
土方には。

実際は唇の横の頬に唇を寄せただけで、沖田くんもキスされたわけではないから、どうしたらいいかわからないといった様子で固まっている。


「っ、万屋!何してやがる!」


この状況を打破したのは思惑通り土方で、走ってきたのだろう、息をきらしながら沖田くんを引っ張る。

「ひ、じかたさん、何で」
「お前こそ何してんだ、こんな所で」

きかれても、当たり前に沖田くんは答えられるはずがなくて、顔を赤くしてうつむく。
それを見た土方が、ますます眉をひそめる。

きっといいかんじに誤解していることだろう。

俺はそっと、その場から離れた。二人ともお互いでいっぱいいっぱいのようで、今のうちに去るのがいいと思ったからだ。



射程距離から脱して振り向けば、何やら顔を真っ赤に染めて視線をあちらこちらにさ迷わせ、泣きそうな表情で土方の腕からぬけだそうとする沖田くんが見えた。
対する土方は常からは考えられないほどの余裕の無さ。
いい気味である。

唐突に二人の攻防が止まって、沖田くんが唇を動かす。おそらく、何か言葉を発したのだれう。
この距離では、何を言ったかは聞こえないものの、その直後、目を見開いて、らしくなく目元を赤に染めたニコチンを見れば、予想がつくというもの。

(やっべ何俺、超いいやつじゃん)

悦に入って家路を急ぐ。




その翌日、大量の菓子類が万屋に届いただとかは、なんとも妙な話である。

その菓子に紛れるように入っていたカード。
走り書きというよりはむしろ、殴り書きで一行、『たんじょう日おめでとうございやす、だんな』。
その筆跡と言葉遣いから、誰がこんなものを送ってきたのかが分かった。

今流行りの、幸せのおすそわけ、というやつだろうか。

どうせ何か理由をこじつけようとして書いたのだろう言葉は、思いの外幸せを運んでくる。
それはきっと、書いたその人が幸せの絶頂にいるからだ。

考えるまでもなく、この「誕生日プレゼント」の真意は、昨日の礼だろう。あぁ見えて、なかなか教育が行き届いているらしい。

「誕生日」くらい漢字で書けよと、苦笑いと共にそのカードをポケットにねじ込む。

そうして、こんだけあれば一冬こせるかもと、菓子が詰め込まれた段ボールを抱き上げ、心を踊らせた。


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