もともと好きも嫌いもあまりないやつだったから、少なくとも俺に関心があるらしいことに、安心していたのかもしれない。

あいつが自分からアクションを起こすのは、それこそ近藤さんか俺に対してだけだったから。

だから。

あいつが当たり前のように万事屋から出てきて、親しげな様子であの野郎と二言三言交わすのを見たときは、思わず立ち尽くしてしまった。




「――えぇ、じゃあまた」

そう言うと、総悟は踵を返す。
ちょっと待て、最後の顔は何だ。端から見ればただの気の抜けた顔かもしれない。が、あれは完璧に微笑んでいた。

総悟が、誰から見ても「笑った」と認識されるような顔をするのは、あれは意図的につくった表情で本人の気持ちとは全く関係ない。
もともと感情を表に出さないやつだから、自然な表情というのが上手くなくて、それが可愛くて仕方なくて。
最近は近藤さんや俺の前でたまに見せるくらいには、成長したのだけれど。(俺には敵意をむき出しにしてくる)

そこで、何故、万事屋の野郎が紛れる。

何をしているんだと自分にツッコミながら、近くの電柱に身を寄せ、万事屋を睨む。
フラフラとやる気のなさそうに手を振り、階段に足をかける総悟。
早く降りちまえ、思った矢先、万事屋が何か思い出した風に彼の腕をとる。
振り返って不思議そうに万事屋を見上げた彼の耳に、怪しい笑みを張り付けた万事屋が口を寄せて、

「―っ総悟!!」

気付いたらもう声をあげていた。
カッと頭に血が集まったような気がするが、構っている暇も余裕もない。

でかい目をさらに真ん丸くしてこちらを見てくる総悟。
対して万事屋は、ニヤリと嫌な笑いを浮かべていて。

(…野郎…)

「仕事中に何してやがる!」
「…ぁー、」
「ったくテメーは…いいから早く来い」

電柱に潜む俺に、気付いていやがったのか。
ギロリと睨みをきかせてやれば、万事屋はチロリと舌を出して家の中に消えた。

パタパタと小走りで近づいてくる部下。

知り合ってまだ何年もたっていないやつにそんなに心を許すって、そんなのありか?

俺は十数年かけて、やっとここまで漕ぎ着けたのに。

「ちぇっ、仕事仕事って、あんたァ過労死志望者?」
「んなわけねーだろ」
「…ノリが悪いなァ土方さんは。旦那は馬鹿みたいにリアクションしてくれんのに」

「旦那」の響きにピクリと眉をひそめながら、何でもないように煙草に火をつける。
屯所までの道を二人で歩きながら、ちょうど煙草が半分になったところで、何気無い風に聞いてみた。

「…お前さ、あいつのこと気に入ってんの」
「は?あいつって誰でィ」
「…万事屋」

無理やり何かを押し出すように、その忌々しい名前を吐き出せば、総悟は虚をつかれたような顔をして、ただ一つ「はぁ、」と溢した。
こちらは今更その質問が気まずく感じられたから、焦って取り消そう、と、して。

「まぁ…好きか嫌いかって言われたら…好きですかねィ」

ピシャン、と冷水をぶっかけられたような気がした。
そのショックで心臓は小さくなって、だのに煩く鼓動を刻みながら、身体中をコロコロ転げているような気がした。

そして心臓があったところには絶対零度の固体が座り込んで、冷たい冷たい血を全身に送っているのだと思った。

そうじゃないならなんで

こんなにも世界は冷たい。

震える指先。
暗転する世界。

核心に触れるのが怖い。
もし総悟が「そういう」対象として万事屋を見ているなら、その時点で俺の負けだ。
万事屋が総悟を好いているのは一目瞭然なのだから。

「…なぁ、総悟…」
「何です?」
「…もうあいつに近づくの、やめとけ」
「はぁ?何であんたにンなこと指図されなきゃ…」
「近藤さんのためだよ」

そう言うと、総悟は先までの反抗的な態度が嘘のように大人しくなる。

あぁお前は本当に可愛いよ

お前が他の誰かのものになるくらいなら
それを阻止するためなら
俺は何だってできる

幸いなことに、万事屋は俺たち、つまりは近藤さんの敵である攘夷浪士と繋がりがある。

それを指摘すれば、総悟は黙って頷いた。
どころか、俺に微笑んでみせる。
俺が近藤さんのことを第一に考えていたのが嬉しかったらしい。

(…っ、)

それを横目に、俺も口角をあげてみた。
とても、総悟みたいには笑えなかった。

後ろから、大型トラックが猛スピードで走ってくる。
それを確認して、車道側を歩いていた総悟の腕をグイッと引っ張った。
轢かれんぞ、言いながらトラックが二・三台続いたのをいいことに、自然な様で抱き寄せて。

「ひじか…」

何か言いかけた総悟は、しかして口を閉じると、黙って体をあずけてきた。
その蜂蜜色に指をくぐしながら、俺は重く湿っぽいため息を落とす。


今、こいつの近くにいるのは俺なのに
一番近くにいるのは俺なのに

これじゃ、満足できない

どうしたら分かってもらえる?

どうしたら伝えられる?

俺は臆病で、お前が受け入れてくれなかったらどうしようと
それを思うと、もう、どうしようもないんだ

だってホラ、

この気持ちはどこまでも重くて暗い


建前に隠された本音は、

未だ燻ったまま。


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